学校の巨大図書館にて
——放課後
わからない事を調べるには図書館……可能性が有るとしたら、ここで探すのが最も手っ取り早く、最も確実であろう。
何せ、王立魔導学院の図書館と云えば、魔法関連の蔵書に於いて、バチカンの魔導教会公文書館と並ぶ、ヨーロッパでも最高峰の専門図書館である。
その蔵書に関して全てを把握している者など、まず居ないであろう。それ程に膨大な知識がここに集まっている。
だからこそプリーネはこの図書館で調べてみようと思った。
幸い、ここは朝八時から夜の十時まで利用可能で、他の校舎の多くが施錠されている休日であっても利用ができる。直ぐに手掛かりが掴めるとも思っていないから、時間をかけて調べ物をするにはお誂え向きだ。
一階から三階までが図書館である事は述べたが、各階で完全に仕切られている訳ではない。
壁沿いや室内の至る所に高くそびえ立つ太い柱に沿って、これでもかと言うくらいに本棚が連なり、その本棚に面して通路が網の目のように、かつ立体的に行き交っている。
柱の無い場所は、天井を仰げば吹抜けとなっていて、遥か上の方に格子状の天井が薄っすらと見て取れるほど。オリエンタルなデザインの天井ではあるが、あまりにも高い位置にある為、一階から見上げたのでは、よく判らない。
「はぁ……どこから手をつけたものか……」
プリーネは誰も連れて来なかった事を後悔しつつ、図書館の入り口に立って、切り立った渓谷の様な本棚の群れを望み、思わずため息をついた。
「確かに分類ごとに分けられてはいるけど……さすがにこの数じゃ根比べだよねぇ……」
そう言って、またぞろため息。
そもそもキーワードが『再生の魔法』、或いは『甦り』、『復活』といった類いのものしかない。
前者はそう呼ばれているからというだけで、本当にそんな名前の魔法なのかすら分からないし、後者に至っては、魔法の基本原則を考える限り、無縁としか思えないキーワードだ。
しかし、それらとは別に、唯一希望が持てるキーワードもあった。
(禁忌に関する資料があれば、そこから何か見つけられるかも……)
昼休みにディルクの言っていた事……。
「常識外れな魔法だから『禁忌』として扱われていて当然」
このキーワードであれば、かなり絞り込める筈だ。
「だったら、禁止されてる様な事柄について記した資料って事になるかぁ……」
無論、この膨大な本棚の中から、知りもしない決まったジャンルの棚を見つけ出すのは至難の技である。
「あの……すみません」
入り口から直ぐの所にあるカウンター。そこに司書の先生がいる。ここの管理者に訊いて調べるのが、この図書館では普通だ。
「何かお探し?」
銀縁眼鏡をかけた婦人が穏やかな口調で問いかける。細身の中年女性で、どこか学者っぽいインテリジェンスな雰囲気を漂わせている。
「あのぅ……禁忌……」
と言いかけて、プリーネは「もっと言葉を選べば良かった」と思った。
司書の先生は穏やかな表情から一変、急に眉をひそめたのだ。
(しまったぁ……。こんな剣呑なキーワードを出したら怪しまれて当然だよねぇ……)
彼女の鋭い視線が痛い。
「あ……じゃなくて……魔法に於ける禁止事項について、ちょっと調べたいと思ってまして……あはは……」
ぎこちなく笑って見せて、何とか取り繕う。
「魔法に於ける禁止事項……ですか。ふぅむ……」
まだ訝しげではあったものの、司書の先生は分厚い蔵書管理帳をパラパラと捲り、キーワードに関連する書籍の置かれた棚を探してくれている様だった。
やがて……。
「二階、第三十二区Bの六〇四にいくつか関連書籍が有りますが、数は少ないですね」
随分と細かい数字が並んだが、つまりそれだけ区分けが細かいという事だ。
「あ、ありがとうございます。探して見ます」
恐らく大丈夫だとは思うが、万が一、あれこれ突っ込まれても面倒だ。
プリーネは逃げる様にそそくさとカウンターを離れ、中央の螺旋階段から二階へ上がる。
図書館の二階へ上がるのは初めての事だ。
通路は思いのほか狭く、人がすれ違う際は身体を横に向けないとギリギリ肩がぶつかってしまうほど。
それどころか、本棚から見て通路の反対側は吹抜けになっている為、柵があるだけで、落ちたら一階へ真っ逆さま。オマケにかなりの高さがある。
それ以上に気になったのが、
「ここって下の階から丸見えじゃない」
直ぐ下の一階には、利用者が本を読める様に長机がいくつも並んでいる。そこに座る学生がこちらを見上げれば、スカートを穿いているプリーネのパンツは丸見えも良いところだ。
「う〜……」
仕方なくスカートの裾を片手で押さえて、できる限り覗かれない様にしながら、目的の棚を探して行く。
やがて本と本の間に挟まれた『604』と書かれたタグを見つけた。
関連書籍は確かに少なく、八冊ほど並んで直ぐに次の『605』というタグが挟まれていた。
「う〜ん……『禁止魔法薬とその歴史』、『魔導教会に於ける法整備』、『魔法を用いた猥褻事件の記録』……何これ? こんなのも有るのか……」
何となく面白半分に読んでみたい気もするが、今は関係無い。
「法律関係だと、ちょっと違うのよねぇ。再生の魔法ってくらいだから、魔法薬も関係無さそうだし……」
他の書籍もあまり関係は無さそうに見える。
「へぇ〜。『魔法を用いた猥褻事件の記録』って面白そうじゃね?」
突然、背後で声がしたかと思うと、プリーネの肩越しに手が伸び、その本を抜き取った人物がいた。
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