噂話

 この日も午前の授業は無事に終了した。

『無事に』というのも大袈裟かもしれないが、知識を必要とする座学に関しては問題無いが、こと実技に関しては極端に未熟というか、変な癖が身に付いているというか……他の学生たちから置いてけぼりになりがちなプリーネにとっては乗り切る事ができるか否か……毎日が徳俵に足がかかっている様な状況なのだ。

 それ故、休み時間返上で居残り……という事もままある。

 この日は定刻通りに昼食を取る事ができるのだから、プリーネにとっては『無事』という言葉こそ相応しかった。


 多くの場合、学生たちの昼食はわざわざ学生寮の食堂に戻る様な事はせず、校舎に設けられた購買部でサンドイッチなどの軽食を買う。

 中には学校の外へ繰り出して、ウィーン市内のカフェテラスでランチを取る者も居るが、そういった学生は稀である。

 プリーネもご多分に漏れず、購買部で玄米パンのサンドイッチを購入する。トマトとレタス、ハムの一種であるヤークトブルストを挟んでマヨネーズをたっぷりと塗ったもので、高級感こそ無いものの、味も悪くない。価格は学生にも親切な割安で、月々支給される生活費の少ないプリーネにとっては実にありがたいものだ。

 プリーネがランチを取る場所は、初めて授業を受けたその日から、ずっと変わっていない。

 もちろん、入学して日も浅いという事もあるが、図書館の目の前にある芝生に腰掛け、その場に植えられたコナラの幹を背もたれにしながら食べるのが好きだった。


「あ、プリーネ。いつもここで食べてるの?」


 独りぼっちでサンドイッチを頬張っているプリーネを見かけたニコレが、「やっと見つけた」とばかりに駆け寄って来た。


「うん。ふぉふぉふぃふぃ〜っふぇふふぁふぁ」

「ちゃんと食べてる物飲み込んでから喋ろうね」


 サンドイッチを口に入れながら答えたものだから、お母さんみたいな事を言われてしまった。


「いやぁ……ここ気に入ってるからさ……」

「確かに、ここは落ち着けそうだわ。てか、眠くなりそうじゃない?」

「それはまあ……言われてみれば確かに……」


 直ぐ近くにある棟の一階から三階は図書館になっているから静かなものだし、木漏れ日が良い具合に射し込んで来るので、暖かいこの季節は気持ちが良くて、お腹が満たされれば、ついウトウトしてしまいそうになる。


「こんな穴場があったとは……」


 などと、ニコレは神妙な面持ちで「うんうん」と頷いているが……プリーネに言わせれば、寧ろ今まで二年以上もどうして気づかなかったのか不思議なくらいだ。


「それはそうと聞いた?」


 ニコレはプリーネの隣りに腰を下ろすと、何やら思わせぶりな笑みを浮かべ、プリーネの顔を覗き込む。


「何を?」

「最近、校内で噂になってる魔法のこと」

「噂? 何それ?」


 一応、関心を持った様に見せてはいるものの、プリーネのその反応は飽くまで社交辞令的なもの。本音を言えば、特に関心がある訳じゃない。


 ——噂話なんて、大抵はくだらない内容


 そんな考えの持ち主であるプリーネは、その辺り現実的というか、かなりドライな性格でなのだ。

 しかし、ニコレの次に発した言葉で、プリーネの顔色が急変した。


「うん……何でも、動物だろうと人間だろうと、死んだ者を生き返らせる事ができるって魔法の話」

「死んだ……者を……?」


 ドクン——!


 心臓がひと際大きく脈打った。


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