プリーネのモップ
「それにしてもさぁ……」
ディルクはプリーネのつっけんどんな態度もお構い無しに、彼女が傍に立て掛けておいたモップを食い入るように見詰める。
「なに?」
ギロッの鋭い視線を送るプリーネ。その言い方も実に刺々しい。
「よくモップなんか乗りこなせるよなぁ。魔法を使いこなす事に関しちゃ、からっきしなのにさ」
「大きなお世話!」
魔法の扱いが未熟なのは自覚しているが、あらためて指摘されるとカチンと来る。それも、相手がディルクとなれば余計に腹が立った。
「でも、確かにそうだよねぇ」
ディルクの意見に賛同したのはニコレであった。
(ニコレまでこいつの言う事に乗らなくたって……)
と、内心、面白くないプリーネであったが、ニコレはニコレで、プリーネほどディルクの事を悪く思っている訳ではないのだから仕方ない。
「本来、モップなんて安定感無いし、魔力を注ぎ込んだって通常の箒ほど馴染まないからねぇ。ベテランの魔導士だって、乗りこなせる人はそうそう居ないよ?」
その事はプリーネも実家に居た頃から知っている。
魔法を扱う者にとって、箒は自転車に乗る様なもので、余程、高度な操縦テクニックを披露するという訳でなければ、普通は誰にでも簡単に扱える。
一方、モップやデッキブラシなどといった物は気性の荒い駄馬に乗る様なものだと言われていて、扱いが難しいだけでなく、スピードも出なければ小回りも利かない。
しかし、プリーネは長年、このモップだけで練習して来たからか、普通の箒のように乗りこなせるし、寧ろ普通の箒の方が扱いづらさを感じる程だ。
「多分、小さい頃から、ずっとこれに乗ってるからだと思う……」
「そういうものかねぇ……」
ニコレは半信半疑といった反応。
そんな反応になるのも分かる。プリーネだって確証は無いし、それどころか理論上、長い年月をかけて練習を積み重ねてゆけば上手に扱えるというものでは無いという事も知識のうえで知っているのだ。
要するに説明はつかないが、何故か箒よりもモップの方が相性が良いから乗っている……ただ、それだけなのである。
やがて教師に魔導器学専任の教師が来ると、出欠を取り、あとは指示に従ってゾロゾロとグラウンドに出て行った。
プリーネの苦手な魔導器学の授業とは言っても、今日は各々が持参した箒で飛行するといったもの。当然、プリーネは使い慣れたモップで授業を受ける事が許されているから、それほど苦労は無い。
生徒たちは教師の笛を合図に一人ずつ、決められたコースを飛行して戻って来る。
「次! プリーネ・アインホルン!」
プリーネの番が回って来た。
モップの柄に跨ると全身で意識をモップに集中させる。そうする事で、モップに魔力を注ぎ込み、自分の使い魔の様に操るのだ。
モップがフワリと浮き、大地から両足が離れる。
—— ピッ!
合図と同時にプリーネは上体を僅かに前方に屈める。
するとモップは彼女の意を汲んだかの如く鋭角に上昇し、前へ前へと加速して行く。
ただ決められたコースをぐるりと周回してくるというだけならば、どこの魔法学校でもやっている事だし、ここ王立魔導学院では入学したばかりの一年生だって楽々こなせる。
でも、プリーネが在籍しているのは三年生だ。当然、そんな簡単な事はしない。
コースの途中には狭い間隔で鉄柱が立てられ、スラロームの様になっているし、不規則な軌道を描いて、大小のボールが飛んで来る。それらを避けながらゴールしなければなからい、一種の障害物競技の様なものだ。
「よっと……」
早速、自分目掛けて飛んで来たボールをプリーネはモップをやや降下させて躱す。
タイムを計っているから、この間もできる限りスピードは緩めない。
「それにしても……」
思ってた以上にボールが飛んで来る。しかも、ゴム製だとか革製だとか、そんな甘っちょろい物じゃない。全てコールタールで黒く塗られた木製のボールなのだ。
それらがまるで弾丸の様に……それも時々カーブしたり、不規則な変化球で飛んで来るのである。
「あ、当たったら怪我しない? これ……」
ボールのみならず、スラロームとして使用している鉄柱だって保護カバーなどは一切巻かれていないから、激突すればタダでは済まないだろう。
(結構、スパルタだなぁ〜)
何度かヒヤリとする場面もあったが、プリーネは何とかゴールまでたどり着く事ができた。
「プリーネ・アインホルン。タイムは29秒6! なかなか好タイムじゃないか!」
いつも実技の授業ではデキの悪いプリーネだから、今回ばかりは教師も満足げだ。
(まあ、モップで飛ぶのだけはね……)
自分でも、まだまだ課題は山積みだと思うし、こんな事で安心なんて出来ない。
況してや特待生扱いで入学を認められたのだから、あまり恥ずかしい成績ではいられないと思っている。
もっとも……どうしてこんな自分が特待生扱いなのか、未だ理由がわからないのだが……。
ふと、次の生徒が飛行しているのが目に入った。
一方的な敵対関係にあるお嬢様ことデニーゼだった。
「やっぱり上手いなぁ……」
デニーゼは箒を使っているが、それにしたって飛び方に無駄が無い。まるでツバメの様だ。
「ヘルマ校長の厚意で入学させてもらったんだもん。あたしも頑張らないと……」
グッと拳を握り締める。
どんな理由があるのかは知らないけれど、戦災孤児となった自分を学費免除までして在学させてくれているのだ。両親の知り合いだったとは言っても、ヘルマ校長なりの厚意がそこにあったのは間違いない……と思ってる。
それならば落胆させる訳にはいかない。
入学が決まったその日から、プリーネが心に誓っていた事だった。
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