生理的に受け付けないヤツ

 八時半から一限目の授業があるから、殆どの学生はそれまでに寮で朝食を済ませ、各々の教室に入る。


「今朝は魔導器学まどうきがくからかぁ……」

 

 魔導器学というのは、魔法に使用する道具の扱い……つまり実技中心の授業になる訳だが、プリーネはこの実技中心の授業というものが苦手であった。

 別に勉強そのものが苦手という訳ではない。寧ろ知識を必要とする学科に関しては編入して来たばかりなのに、学年でも上位の成績に入るであろう程には優秀であった。

 が、実技となると、これまで正規の魔法学校で教わって来た事の無いプリーネだ。我流で習得して来たものが殆どであるため、基礎も出来ていなければ、十歳前後の子供でも出来そうな魔法でさえ、やらせようとするとメチャクチャだったりする。

 つまり魔導士見習いとしては、知識と技能という両面の釣り合いが取れておらず、恐ろしく偏りがある訳だ。


「箒持参……ね……」

 

 前回の授業で取ったメモに目を通しながら、箒……ではなく、モップを手に取る。

 箒は魔導士にとって最も基本的な乗り物である。

 普通ならば、どこにでもある箒を使用するのだが、プリーネは幼い頃から祖母に貰った、このモップを使用している。

 実家は爆撃によって殆どの物が燃え尽きてしまったが、唯一、これだけがほぼ無傷で残っており、プリーネはこのモップをただ一つの形見としてザルツブルクから、三百キロ近く離れた、ここウィーンまで大事に持って来たのだった。


 エステルライヒ王国の首都ウィーン。

 そのウィーン北東部に王立魔導学院は二〇ヘクタールもの広大な敷地を持っている。

 校舎は南北に長く伸びる第一校舎をはじめ、計八棟あり、全体的に白亜を基調としたバロック建築の様相で、長い年月で外壁は随分と霞んだ色になってしまっているが、正面から見るとヴュルツブルクのレジデンツによく似ている。

 敷地内は鮮やかな芝の間に石畳の歩道があちらこちらへ枝分かれしていて、それぞれの校舎入り口へと続いている。


 今朝のプリーネはいつもの白いブラウスに赤を基調としたタータンチェックのスカートといった出で立ちで、敷地内北の隅にある学生寮を出ると、そのまま裏門のある北西の隅に向かった。

 学生寮からは随分と離れてはいるが、そこに第六校舎と一周四〇〇メートル程のグラウンドがある。

 まずは第六校舎にある教室に集合し、その後、グラウンドに出て実技練習を行うという訳だ。

 教室に入ると長い黒髪に褐色の肌を持つ女子生徒が、


「プリーネ! こっちこっち!」

 

 ポンポンと自分の席の右隣りを叩いて、座るよう促した。


「おはよ〜、ニコレ」

「おはよ、プリーネ。今朝は遅刻しなかったね」

 

 ニコレと呼ばれた少女はニッと悪戯っぽい笑みを見せる。

 彼女はエステルライヒの出身ではなく、ザーリアーの同盟国、ウィトゥルス共和国出身である。プリーネがこの学校に来てから最初に仲良くなった友人だ。


「そんないつも遅刻してたっけ?」

「自覚無いんだから、ある意味図太い神経してますわね」

 

 ニコレの隣りからシルバーブロンドのポニーテールがよく似合う女子生徒が顔を覗かせて皮肉った。

 グリーンの瞳で少々キツめの顔だが、学年でもトップレベルの美少女である。


「デニーゼは相変わらず、プリーネには厳しいね〜」

 

 などとニコレは苦笑い。

 このデニーゼ・ハネルという少女……貴族の令嬢らしいのだが、どうもプリーネに対して目の敵にしているというか……事あるごとに突っかかって来る。

 別にプリーネの方は彼女に対して敵愾心の様な感情は抱いてないし、あまり気にしない様にはしているのだが、やはり毎度毎度、顔を合わせる度に嫌味を言われるのは気持ちの良いものではない。


「細かい事は気にしないのが、あたしの取り柄だからね」

 

 そう返して巧みに受け流す。これがプリーネとデニーゼ、お約束の流れだ。

 しかし、そのプリーネにも一人だけ、どうしても受け容れ難い人物がいた。


「よおっ! ここ空いてる?」

「なっ……⁉︎」

 

 プリーネは誰にでもひと目で分かるほど嫌悪感丸出しの苦々しい顔になった。

 プリーネの右隣り……丁度空いてる席に小柄な男子生徒が、今まさにプリーネの返事を待つまでも無く座ろうとしていた。


「空いてない!」

 

 プリーネは即座に返すが、もちろん嘘だ。

 しかし、彼は「まあまあ」と、気にも留めない。

 栗色のボサボサ頭にヘーゼルナッツの様な色の瞳。

 こういう優秀な学校であってもデキの悪い学生はいるもので、彼などはその典型であった。


「ディルク……勝手にあたしの隣りに座らないで!」

「いやぁ、プリーネの隣りが空いてるなんて、今朝はツイてるな」

「人の話を聞けぇ!」

 

 ディルク・クレッフェル……どこぞの金持ちのドラ息子なのだが、授業は頻繁にズルけるし、イタズラばかりしてるし、犯罪に手を染めないまでも、この不良少年だけは、どうもプリーネは生理的に受け付けなかった。

 それなのに編入して来たばかりのプリーネに気があるのか、いつもこうして近寄って来る。

 そして何よりもだ……。


「プリーネ・アインホルン……グギギ……」

 

 ニコレの向こう側からデニーゼが親の仇でも見つけたかの如く、鬼の形相で睨みつけてくる。


(ああ……もう! こいつの所為であたしがデニーゼから目の敵にされてるんだからね!)

 

 何を隠そう、ディルクはデニーゼの元カレ。プリーネがこの学校にやって来る前に別れてはいたらしいが、デニーゼの方はまだディルクに気があるらしく、「自分はプリーネの所為でフラれた」などと甚だしい言い掛かりをつけられ、それ故、デニーゼはいつもプリーネに対して辛辣な態度を取っているという始末であった。

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