第1話 魔導士見習い

プリーネという娘

「ハッ……!」

 

 プリーネは息を吹き返したかの如く、ありったけの息を吐き出して体を起こした。

 気がつけば見慣れたベッドの上。学生寮にある自分の部屋だ。


「またあの夢かぁ……」

 

 頭を押さえてため息をつく。

 パジャマ代わりに着ているTシャツも下着も汗でビッショリだ。こだわりで同じ黒で統一しているパンツだって、昨日、寝る前になって一度に洗ったばかりで替えも無いのに……。


「そう簡単に忘れられるはず無いよ……」

 

 八つ当たりでもするかのように壁に掛けられた簡素な時計を睨めつける。銅板にローマ数字を刻んだだけのそれは、午前四時半を指していた。

 部屋には今、自分が寝ている重々しいシングルベッドがひとつ。枕元にニレ材製のチェストとその上に置かれた古めかしいオイルランプ。そして棚のついた机とクローゼット。カーテンは日に焼けて、本来なら深緑であったろう色が淡いグリーンになってしまったシロモノ。

 入寮して二週間しか経っていないこともあって、飾り気など一切ない……まるで修道女の部屋みたいに地味だ。

 カーテンの隙間からは学校の敷地と市街を隔てた石壁と、その向こうに戦車が二台、三台は横並びになれるほどの広い通りが見えるが、まだ早朝という事もあって、街灯に照らされた一部しか見て取れない。


「まだ食堂は……開いてないよね……」

 

 彼女の部屋は、この学生寮の最上階である四階の隅に位置するのだが、一階には学生が朝晩と利用する食堂がある。ここは寮母さんがたった一人で学生たち全員分の食事を作っているというのだから驚きであるが、さすがに食事の時間帯は決められているため、好きな時間に食べられるという訳ではない。

 

 さて……いい加減、このお話の主人公について語らなければと思う。

 彼女の名はプリーネ・アインホルン。

 今年で十五になったばかりである。

 深い湖のようなコバルトブルーの瞳を持ち、ブロンドの髪はいつもツーサイドアップにしている。バストはそれなりにあるのだが、同年代の女子に比べて小柄で、おまけに童顔であると来ている為、初対面の人からは四、五歳幼く見られる事が多いというのが彼女のコンプレックスでもあった。

 プリーネは母親が魔導士の血を引いている為、一般の人間と異なり、魔法を使う資質を持っている。事実、祖母や母からは簡単ではあるが魔法の使い方を教わってきた。

 この、魔導士というものは魔法を使える人間の血筋にのみ呼ばれる……正確には、知識と技術を修めた者がそう呼ばれるのだが、中には正規の教えを受けずに独学で技術を身につけ、それを悪用している外道や邪道と呼ばれる者もいる。

 が、そういった外道や邪道は大抵、基礎というものができていない為、大した力を持たないというのが一般的である。

 プリーネが二週間ほど前に入学した、この学校も王立魔導学院と呼ばれるヨーロッパにおける最も権威ある魔導士養成学校で、本来であれば十三歳になる年に一年生として入学し、十七歳になる五年生の十二月末に卒業という事になっている。

 しかし、プリーネの場合は校長の特例措置として編入扱いで三年生の途中から入学ということになった。

 理由は……実のところ、プリーネにもよくわかっていない。


「どうして……」

 

 二週間経った今でも度々首を傾げる。

 確かにプリーネも以前から、この学校に憧れていたのは確かなのだが、入学に至る経緯がなんとも不可解なのだ。

 

 北暦一九四三年 ヨーロッパのみならず、世界規模で一大戦争が行われていた。 ヨーロッパではザーリアー第三帝国が周辺国に侵攻し、瞬く間にヨーロッパの半分近くを占領したものの、この頃になると連合国の大反攻作戦が開始され、各地で市民を巻き込む激戦が繰り広げられていた。

 ザーリアー第三帝国は、ヒンケル総統を指導者として成立したクロイツ党による一党独裁政治が敷かれているが、これはヒンケル主導でザーリアー第三帝国が世界でもいち早く大恐慌を抜け出した事によって国民から絶大な支持を集めた事による。

 やがてザーリアー帝国はその高い技術力、工業力をもって最新鋭の兵器を量産し、強大な軍事力を手にする。そして、ヒンケル率いるクロイツ党に反発する勢力を国内外問わず、武力をもって排除して行き、王立魔導学院のあるエステルライヒ王国もその力を恐れ、開戦から一ヶ月と経たずしてザーリアー帝国に併合された。


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