子供たちが鳴いている(4/10)

「で、手紙にはなんて書いてあったわけ?」

くぐもった声で尋ねてきた三沢に、「犯した罪を償いたい、そう書かれていました」と、私は偽りなく答えた。

田中さつきの手紙はいつも便箋一枚ほどで、悔恨の情が繰り返さるばかりだった。彼女が心を開いて長文を連ねたのは、私が別居している娘の話を書いたときだ。

「罪を償いたい、か……」

三沢は冷笑し、軽くなったカップをソーサーに戻した。陶器同士のぶつかる硬質な音がレコーダーに刻まれる。

「三沢さんは、裁判の経過をご存じですか?」

「死刑だろ。そんなこたぁ知ってるよ。新聞にも書いてあった」

箱の中で残りわずかになったタバコをつまみ上げ、三沢は乱暴な言葉を投げた。

「まだ刑が確定したわけではありません。それは一審での判決です。被告側が高等裁判所に控訴して、被告人は控訴人になりました。ですから、田中さんの量刑はまだ軽減される可能性があります」

「……ったく、めんどくせえな。裁判の仕組みなんて興味ねぇよ」

私の言葉を振り払う感じで、紫煙が吐き出される。複雑な螺旋模様を描いた煙りが、天井に行き着く前にあとかたなく消えていく。

「誰もが面倒くさいと思うかもしれませんが、刑事事件の裁判は、慎重に、正しい手続きをもって進めなければなりません。人一人(ひとひとり)の命が懸かってますから」

「記者さん、人一人って、それ、さつきのことだろ。あんた、間違ってるよ。その前に、人二人(ひとふたり)が殺されてるんだから。人一人殺したら死刑。それでいいじゃねえか」

いらだちを隠さずに、うなじにかかる髪を梳きながら三沢は言った。

「この国では……日本のいまの司法制度では、人一人の殺害ではたいてい死刑にはなりません。長くて無期懲役です」

「知ってるよ。それも十年くらいで出所できるんだろ。甘過ぎんだよ。さつきは二人殺したんだから死刑。はい、それで裁判もおしまい!」

前と同じ仕草で長いタバコをもみ消し、「田中さつきの知人」は自分の知識を披露した。

私は冷静さを保つつもりで一呼吸置いて、小さく咳払いする。

「正確に言えば、出所ではなく、仮出獄です。保護観察下に置かれますから、けして自由の身ではありません……そう、たしかに過去の判例では、二人を殺害したら極刑が多いですね。でも、裁かれるべきは殺人の動機であって、加害者の命ではないと思います」

反応を待つつもりで発言を止めたものの、三沢は腕を組み、口を結んだ。

「……おっしゃるように、命は命をもって償うべきかもしれません。人一人殺したら死刑――その言い分も分かります。確かに、殺人犯の改悛が中途半端なまま社会復帰するのは問題あるでしょう」

感情を刺激しないよう、声の調子を穏やかにして、相手の主張に同意してみせた。

椅子の座り心地が悪いみたいに、三沢は脚組みを変えるだけで、やはり何も言わない。

照明に手が加わり、ガラスに店主の影がぼんやり映っている。

「三沢さんが事件を知ったのは、新聞かテレビのニュースですか?」

返事はない。「答える必要がない」という面持ちで、視線を窓の外に向ける。

「事件が起きたときには、田中さんは縁が切れていたのですか? その半年前まで、あなたは田中さんの傍にいたはずですが……」

薪のはぜる音が響く。

問いかけを閉ざし、私は三沢の目線を追った。ガラスについた雨粒が、斜めにスライドした後で別の雨粒にかき消されていく。遠くで車のブレーキランプが揺れている。

「記者さん……さっきの話の続きだけどな。無期懲役と死刑の間に別の刑罰があっていいと思うんだけどな。こんなこと、オレが言うのもナンだけど……専門家のあんたの意見を聞かせてくれよ」

「終身刑ですか? 死刑ではなく、自然死するまで刑務所を出られないという、言葉どおりの無期懲役……絶対的終身刑ですね。私は専門家ではありませんが……」

「そう、終身刑。それだよ。そういうことだ」

気持ちを前のめりにして、三沢は語気を強めた。

「そういう議論もあって、殺人事件で家族を失った遺族が署名を集め、日本にも終身刑が導入されるよう司法に働きかけている事実もあります」

「犯人にとっては、死刑と終身刑とどっちがつらいだろうな。まぁ、オレもこんなとこであてどなく暮らして……ある意味、終身刑みたいなもんだけどさ」

そう言って、三沢は初めて声を出して笑った。

「田中さつきには終身刑が妥当と思うのか?」というストレートな質問を飲み込み、渇いた喉を水で潤す。このままでは、取材ではなく、結論のないディスカッションになってしまう。

「ところでさ、手紙のやりとりって言ったけど、塀の中のさつきと面会してないわけ?」

「はい。それは弁護士と田中さんの親族の方しか出来ませんので」

「田中さつきに親族はないだろ。あんたが血のつながりのあるフリして会ってやりゃいいじゃないか」



(5/10へ続く)

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