6.飛んでウスラヒ

◆3ー6ー1

 

 

 

 翌朝、ずいぶん早いうちに目が覚めてしまった。

 

窓の外は暗かったが、読み方を憶えた針時計を見れば、間もなく日の出ということも分かる。

 

 

たづな(今日でこの世界ともお別れか……。

ホントに帰れんのかな……)

 

 

 毛布を払いのけて、たづなは上体を起こした。

 

考えてみれば、地球とつながっていたのであろう空間の穴は、この世界へやって来た際かき消えてゆく所を目撃していた。

 

今日、向かう予定の空域に、同じようにその穴が律儀にも再び現れるという保証はどこにもない。

 

 だとしても、不思議と不安はなかった。

 

仮に今日がだめだったとしても、いずれチャンスはあるだろう。

 

もしかしたら、科学が進んで、自力で地球へ帰れてしまうかもしれない。

 

昨日の決闘を経て、彼にも余裕を持つということが備わってきたのだ。

 

 だから、このどうしようもなくおさえがたい胸騒ぎは、そういった不安からのものでは決してなかった。

 

【ピピピッ】

 

 何かに急かされるように起き上がって、常夜灯のほの青い光をたよりにブーツをはく。

 

【ピー ピー ピー】

 

 例によってくつの内側がふくらみ、彼の足に固定された、直後。

 

【カチャ……】

 

 

カーラ「たづな……たづな……」

 

 

たづな「……カーラ?」

 

 

 静かにドアが開き、声を低めたカーラが忍び足で入ってきたので、たづなは何事かと身構える。

 

 

カーラ「起きてたの、ちょうど良かった。

出発する準備して、静かにね」

 

 

たづな「あれ、もうそんな時間?」

 

 

 急きこみがちなカーラに、起床の時刻を間違えてしまったのかとこちらも声を低めて聞き返した。

 

 

カーラ「上層部の人が来てるの。

たぶん、あんたを捕まえに来たんだよ。

早く仕度して」

 

 

たづな「つ……つかまえに!?」

 

 

 何やらおだやかならぬ事情に、たづなはハンガーバーのダウンジャケットに手を伸ばしたまま、驚き顔をカーラへ向けた。

 

 

カーラ「昼間の2人の模擬戦を見て、上層部があんたに興味を持ち始めたの」

 

 

 カーラに手伝われてたづながダウンジャケットを羽織ると、すみやかに彼女について部屋を出る。

 

 

カーラ「天上から降ってきた戦士の話は、向こうでもうわさになってるほどだしね」

 

 

たづな「俺、どうなるの?」

 

 

カーラ「心配しないで、たづなはあたし達のエインヘリヤルだよ。

ぜったい守るから。

今から格納庫に行って、みんなと基地をぬけ出す計画になってるの。

あんたはブリュンヒルデを着装してフィラクタリ出現ポイントへ向かって。

大丈夫。

あたし達がフレイヤでエスコートしてあげる……」

 

 

 2人は足音をしのばせて慎重に廊下を進んだ。

 

途中、上層部の連中と思しき人影が事務室の前にあったので、それを避けて回り道をすることにした。

 

 いったん外へ出て、崖に架された細い連絡橋を、吹きつける寒風に身をさらわれそうになりながらも渡り切り、再び中を通って格納庫へ。

 

庫内はかなり暗く、目が慣れるまで発進の準備をしているレギンレイヴ小隊の3人に気が付かなかった。

 

 

ロタ「たづな、こっちよ……!」

 

 

エイル「たづなさま、さ、早くこれを」

 

 

 2人に迎えられて奥のほうまで進むと、パワードスーツが台に乗って置かれているのがうっすら見えた。

 

 

フリスト「すまん、たづな。

自分は少々派手に動きすぎてしまったようだ。

もうずいぶん前から見張られていたのだが、まさか本当に基地まで来るとは思わなかった……」

 

 

 肩を叩かれ、ふり返ってみれば、銀の髪をあわく輝かせるフリストがいた。

 

 

たづな「フリスト……」

 

 

 彼女は真剣な顔で小さくうなずくと、飛行形態で眠っているフレイヤのもとへと歩いていった。

 

たづながパワードスーツの所まで到着すると、かたわらで待ち構えていたロタが、ほとんど自然に抱きついてくる。

 

 

たづな「はっ……!」

 

 

 無言の抱擁に身をこわ張らせたが、彼はしっかりと抱き返すことができた。

 

 

ロタ「ごめんね、きみのこと、もうずいぶん知られたみたい。

けど、たづなは渡したりしないから。

ごめんね、ごめんね……」

 

 

たづな「そんなに謝んなよ。

ロタはぜんぜん悪くないだろ」

 

 

ロタ「うん、うん……」

 

 

 しばらく抱き合ったあと、ロタはたづなを未練がちに解放して、フレイヤへと向かっていった。

 

たづなはエイルとともにパワードスーツの着装にとりかかる。

 

 物慣れた手つきで着装を終え、自機のもとへ向かったエイルと別れて滑走路へ。

 

 

エイル『たづなさま、バスケットにお乗り下さい。

それでフィラクタリ出現空域の近くまでお送りしますので♪』

 

 

 彼女からの呼びかけで、滑走路もとへ駐機してあったマルチローター付きの荷台へ飛び乗るたづな。

 

人よりも大きい物体を何十個も積める貨物機なので、鉄の翼を生やした彼が乗りこんでも、充分な広さがあった。

 

 

声「キサマら!

何をしている!」

 

 

 奥のドアが開いて、いきなり怒声が飛びこんできた。

 

 

カーラ『来ちゃった!』

 

 

フリスト『先に出ろ!』

 

 

ロタ『エイル!』

 

 

 即座にたづなの乗った荷台の4つの回転翼が起動する。

 

エイルが遠かく操作しているのだろう、荷台はやがて地を離れ、夜空へ向けて飛び立った。

 

 

声「止まれ!」

 

 

【パンッ、パンッ】

 

 例の上層部と思しき人物が、いく度か銃を発砲したようだが、回転翼の音や暗闇が邪魔をして、くわしくはうかがえなかった。

 

後ろからエイル機が駆け付けて、荷台の後部にドッキングしたので、弾丸がこちらへ届く心配はもうない。

 

エイルに続いて滑走路から次々と発進する3つの機体。

 

 途端にサイレンが鳴り出し、基地のサーチライトが辺りを照らし始めた。

 

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