◆3ー6ー2

 

エイル『巡航モードに移ります。

たづなさま、バスケットのへりにしっかりつかまっていて下さいね』

 

 

たづな「りょうかい!」

 

 

 思わず隊員っぽく返事をして、たづなは荷台の前部に前かがみとなってつかみかかった。

 

 エイルの機体、ヘルヴォルは、いうなればケンタウロス型で、ゴンドラのような腰部パーツに丸太状のブースターが4つ、脚の代わりに付いていた。

 

バックパックの3つと合わせて、7つの推進装置を備えた高出力機だ。

 

それが荷台を押せば、音速とはいかないまでも、かなりの速度が出る。

 

エイル機がブースターを吹かすと、速度はいよいよ増してゆき、冷たい風がたづなのほほを容赦なく切りつけた。

 

 他の3機も加わってエシュロン編隊に入ったが、みるみる遠くなるシグルーン基地のサーチライト上に機影が写る。

 

【ピピピピピッ】

 

 パワードスーツの警戒用レーダーが、多くの反応を捕捉した。

 

 

フリスト『心配ない。

自分が足止めしてくる』

 

 

カーラ『あたしも行くよ!』

 

 

たづな「フリスト……カーラ……」

 

 

 後ろの2機がスライスターンをして編隊を離れる。

 

 

フリスト『たづな、貴様のような戦士に会えたことを、ほこりに思う……』

 

 

カーラ『次、会う時は、たづなの住んでる世界のおはなし、もっと聞かせてよね!』

 

 

たづな「……うん、いいよ……2人とも、……ありがとう」

 

 

 フリストとカーラの乗ったフレイヤが夜の闇にまぎれて消えると、しばらくしてから炸裂音が聞こえてきた。

 

夜空をどよもす砲火の音は、途絶える気配がなかった。

 

 

フリスト『カーラ、左へ━━━━自分━━━━相手をす━━━━』

 

 

カーラ『任せ━━━━これでも、レギンレイヴ━━━━……』

 

 

 ひんぱんに飛びかっていた彼女らの通信も、通信範囲を越えてしまったためか、ぷつりと途絶えた。

 

 

ロタ『大丈夫よ、あのコンビ、基地内でも最強なんだから』

 

 

 ロタが言ったあとで、遠音ながらかなり大きな爆発音がしたきり、急に静かになったので、3人は皆言葉に詰まって押しだまる。

 

相手はやはり、上層部の機体とパイロットなのだろうか。

 

実弾で交戦していたようだが、撃墜されて、ふっとうする死の海へ墜落してしまっては居まいか。

 

仮に小隊が無傷であったとしても、逃亡をくわだてた罪でのちに処刑されてしまわないか。

 

自分が上層部とやらへ出頭してしまえば、それでまるくおさまるのではないか。

 

 様々な問題文が頭の中に次々浮かび、解答文の分からぬ間に消えてゆく。

 

ただ言えることは、得体の知れない薬を注射しようとした教官や、訓練生どうしの模擬戦にまで出張ってこちらを見ていた監視者など、異世界からの突然の来訪者をこころよく思っていない者たちが少なからずいることは確かなのだ。

 

そんな者たちに捕まってどうなるかは、ロタ達のほうがたづな自身よりもずっとよく理解しているはず。

 

 最終的に彼が導き出した結論は、残念ながら“この世界に自分がいてはいけない”というものだった。

 

招かれざる客である自分がいなくなれば、上層部もあきらめざるを得ないだろう。

 

帰るべき世界に帰ることができたなら、あとは彼女らがきっとうまくやってくれるはずだ。

 

今は皆を信じて、地球へ帰ることだけを考えなければならない。

 

たづなは歯を食いしばって目を見開き、雲の切れ間から白み始めた、遠く弧を成す水平線上の空をにらみ据えていた。

 

 朝はすぐそこだ。

 

 

エイル『早めに出発して正解でしたわ……。

カーラちゃんの計算では、フィラクタリが全て落下し、雲が空間との干渉性を失ってしまうと、そのワープゲートというものも消滅してしまうということですから……』

 

 

 彼女の言葉のあとに、荷台の速度が増した。

 

前回、フィラクタリを満載にして基地への航程を進んだ時はずいぶんかかったが、網膜ディスプレイの目的地との距離表示を見る限りでは、その半分ほどの時間でたどり着けるようだ。

 

 

ロタ『もうすぐよ、たづな』

 

 

 先ほどまで夜空闇に隠れていた雨雲は、もうすでに全面を朝の光によってさらけ出している。

 

この雲の上のどこかに、空間の穴が現れるはずだった。

 

【ピピピピピ】

 

 間が悪いことに、警戒用レーダーが後方から接近してくる複数の機体を捕捉して警報を鳴らした。

 

同時に、カーラとフリストが投降したか撃墜されたのであろうことを悟って、たづなはくやしさに唇をかむ。

 

 

通信『そこのドラッシル、今すぐ止まりなさい。

抵抗は認めません。

すみやかにタズナ訓練生の身がらを引き渡しなさい!』

 

 

ロタ『待って!

たづなは何も悪いことしてないわ!』

 

 

通信『拒否するというのなら背命行為と見なし、実力をもって無力化させる!』

 

 

エイル『行って下さい、たづなさま』

 

 

 言うと同時にエイル機が荷台から離れた。

 

 

エイル『次にお会いできる日を、楽しみにしております♪

あなたの世界のロボットというものを、ぜひ見てみたいですわ♪』

 

 

たづな「エイル……!」

 

 

 太陽に反射してきらめくコクピットの中で、エイルがおだやかに笑顔するのが見えた。

 

彼女は機を反転させ、群なす機影のほうへと向かってゆく。

 

 

ロタ『さ、たづな、こっちよ!』

 

 

たづな「……うん。

エイル、ありがとう……」

 

 

 人型に変形したロタにうながされ、たづなは荷台の中央に立って腰を落とすと、スラスターを充分にふかして大きくジャンプする。

 

 

エイル『射撃用レーダー起動。

マルチピンポイントロックオンシステム作動。

セーフティロック解除━━……』

 

 

 通信器からエイルの声に続いて、ミサイルシーカーが敵機を次々に捉えているのであろう電子音が鳴る。

 

 

エイル『わたくし特製兵装、回避できますかしら?

おはなミサイル、発射!!

……ですわ♪』

 

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