5.決闘の果てに
◆3ー5ー1
数十キロメートル四方の原野。
たづなとフリストは、訓練場の端と端に立って、戦闘開始の合図を待った。
ロタとカーラもフレイヤを駈り出してはいたが、こちらは何か不測の事態が起こった時のための待機要員ということだ。
カーラ『こちらカーラ。
飛行区域内に障害物なし』
ロタ『了解。
こちらも障害物は見当たらず。
たづな、フリスト、準備はいい?』
フリスト『問題ない』
たづな「いいよ」
エイル『模擬戦の最終許可が下りましたわ。
いつでもいけますわよ』
おのおの無線を交わした後、しばらくの静寂があった。
自分という存在価値の証明。
もっとも、そんな高尚な理由で決闘にのぞんでいるわけでもなかったが、この試合が終わる頃には自分の中で何かが変わるのではないかと、たづなは期待してもいたのだった。
小さな丘の上にクラウチングスタートのかっこうで待つ。
右手にはペイント弾を装填したアサルトライフル、
バックパックにもペイント式の模擬戦用ミサイル、
腰部アーマーにコンバットダガー。
いつもプレイしていたテレビゲームの主人公ではないが、強大な敵、あるいは大変な困難に真っ向から闘いを挑み、死力を尽くした末に勝利をおさめてエンディングが迎えられれば、もしかしたら。
ロタ『これより、スカジ対ブリュンヒルデによる模擬戦闘を行う。
カメラチェック。
搭乗者、および着用者はそれぞれ、フリスト、たづな。
総合責任者はロタ━━━━』
彼女が記録用の口上を始めると、訓練場内の所どころに設置されたポールに取り付けられた、カメラと思しき装置がせわしく首を振る。
表向きは模擬戦ということにしておかなければ、いろいろと差しさわりがあるのだ。
たとえこれが決闘であると、ギャラリーの誰もが知っていたとしても。
ロタ『たづな、フリスト、構えて』
彼女の呼びかけで、たづなは脚に力をこめた。
かろうじて視認できる相手の機も、腰を深く落とした。
ロタ『模擬戦、開始!』
ブーツとバックパックのスラスターをめいっぱい吹かしてたづなが飛び上がると、向こうの黒鉄色の機影もほぼ同時に飛び上がった。
両者はそのまま一気に高空へ上昇し、水平飛行に移りつつ大きく渦を描くように接近していった。
軌道や速度によって可変するパワードスーツの機械の翼も調子が良い。
スラスターやスタビライザーといった飛行ユニットは、実戦レベルの急加減速でも全く問題ないようだ。
持った弾丸は80発、背中に8基のミサイルに、ミサイル回避用のフレアは4回分。
たづな「いくぜ、フリスト!」
フリスト『攻撃する前に声をかける奴があるかっ』
あくまでマイペースのたづなは、あいさつ程度にアサルトライフルを敵機に向けてトリガーを引いた。
【パパパンッ、パパパンッ】
まだまだ距離があるので、高速で飛び出すペイント弾といえども避けるのは至極簡単。
フリストの機体は悠然とした動きで彼が放った弾丸を回避していった。
ロックオンサイトに敵影を収めようとしているうちにうっかり相手の射程距離に飛びこんでしまい、途端に警報が鳴る。
巨体には似合わぬ機動性で機体を反転させたフリストは、胸部に取り付けられた機関砲を乱射してきた。
【ドッ、ドッ、ドッ】
肉眼でもはっきりと捉えられるほどの大きさのペイント弾が、たづなのすぐそばをかすめる。
あわてて空中で踏みとどまってから転進すれば、網膜ディスプレイが真っ赤に染まってミサイルが飛んでくる。
それも普通の誘導ミサイルではないらしい。
飛来する途中でそいつが、次々に小さなミサイルを吐き出したのだ。
ターゲットロケーターをたよりに回避行動をとったが、気づけば10もの子ミサイルに追いかけられていた。
たづな「うわわわわわっ!!」
彼はスラスター出力を全開にして逃げ回りながらスタビライザーからフレアを射出し、旋回ぎわに背後に向けてライフルを連射する。
【パパパパドッ パパパドンッ!】
目くら撃ちにも何発かの子ミサイルを運よくつぶし、残りも燃料が尽きたためかその場で炸裂してペンキをぶちまけた。
こちらも何とかミサイルシーカーを相手に重ねてミサイルを打ち出すが、即座に戦闘機へと変形してすさまじい速度で離脱されてしまって、なかなか攻撃が成功しない。
双方の流れ弾が廠舎の屋根に赤や黄色の花を描く。
大火力と機動性を備えたフリスト機、スカジ。
試合は彼女の優勢で進んでいったが、たづなのパワードスーツも決して遅れを取ってはいなかった。
大きく上昇し、フリスト機の直上をひるがえりながら飛び越えて、急降下。
あるいは直下まで降下し、向きを変えて相手の背後まで急上昇。
すかさずアサルトライフルを構えて何発か撃ちこんでみる。
フリスト『キャッ……!』
彼女らしからぬかわいらしい悲鳴が聞こえ、一発の弾丸がフリスト機のキャノピーをかすった。
ロタ『当たった!』
エイル『当たりましたわっ!』
カーラ『当たった!
やった、やったね!』
たづなより先に、少女達の歓声が聞こえてきた。
命中したといってもキャノピーの上端に指でなぞった程度の黄色い染みをつけただけで、たづな自身は何ともあっけない決着にちょっとした不満さえ覚えてしまう。
とはいえ、これで試合終了となったのだから、文句があるわけではなかったが。
彼はひとまず中空にとどまって、安堵感から胸をなで下ろしつつ大きく息を吐き出した。
それまで全く気が付かなかったのだが、激しい運動をくり返したためにたづなの心臓は、それがはっきり聞き取れるほどとても早く鼓動を打っていて、今にも胸を飛び出してしまいそうであった。
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