◆3ー3ー2
まずは事務室へ出向いてもろもろの書類を作成するという作業を行った。
と言ってもほとんどの項目はロタに代筆してもらったので、この国の字を知らないたづなはもっぱら日本語で署名するだけだ。
事務机の天板がディスプレイになっていて、ディスプレイ上に浮かび上がった書類にペンタブレットで記入するという、12才の彼にとってはとても興味深い体験をしてしまった。
事務をすませると次は教官のいる部屋へ。
そこでも署名をして、こちらの世界では一番大きいサイズのブレザーと例のショートジャケットを受け取った。
危うくプリーツスカートまであてがわれそうになったが、さすがにそれははばかられたので確固として支給を辞退した。
気のせいかもしれないが、教官といる間中ずっとロタがピリピリしていたように感じる。
ともあれ、たづなは訓練生として一時入隊の手続きを無事完了するに至ったのである。
午前の部の残り時間を利用して、ロタとエイルに基地と併設された学校を案内してもらうことができた。
ためしにアウターをブレザーに代えてみたが、さいわい、黒のズボンとの組み合わせもそんなに違和感がなくてほっとした。
校内でスカートをはいていないのはたづなただ一人であったが、特に気にする者も今のところいないようだ。
正午を過ぎて食堂で昼食をすませると、いよいよくだんのラボへ。
目に見えてテンションの高めなエイルに先導されて一つの部屋へやって来ると、そこは四方をコンクリート様の壁に囲まれた、たづなの祖父のアトリエによく似た工房であった。
何かを加工する大がかりな工作機械や、複雑な形をした部品などが所せましと並んである。
奥の作業台に知っている顔が2人いて、3人が部屋へ入ったところですぐに声をかけてきた。
カーラ「たーづな♪
入隊手続き終わった?」
フリスト「昼食はすませたか?
たづな、ロタ、エイル」
たづな「フリスト、カーラ。
ここにいたのか、朝見なかったから、またロボットに乗って出かけてるんだと思ってたよ」
フリスト「フフ、朝からずっとここにいたわけではないよ。
それに、ドラッシルで発進する時は、必ず小隊全員でなければならない。
今日はまあ、昨日の報告書をまとめていたのだ」
たづな「ほうこくしょ?
レポートみたいなものかな……。
なんか、俺の世界の学校とはずいぶん違うっぽいね、女子しかいないみたいだし……」
カーラ「ジョシ、ってなぁに?
それって、何て意味?」
たづな「……え?」
カーラ達のもとへ向かいながら何気なく発した言葉で、奇妙な沈黙が起こってしまった。
全く不思議そうな4つのまなざしが、四方向からたづなへと照射される。
ほん訳機能も完全ではなかったのだろうか、しかし“女子”という単語が通じないというのはどうにも理解しがたい。
たづな「な、何って、お前らのことだよ。
女子、おんな、女性……」
フリスト「もしかして、“性化”のことを言っているのか?」
たづな「う~ん……やっぱいまいち通じてないみたいだなぁ。
お前らみんな女子だろ?
俺は男子だけど……」
カーラ「……って、えっ、なに?
じゃあもしかして、あんたもう性化してるってこと!?」
エイル「……まあっ(///)」
ロタ「た、たづな……もう性年だったんだ(///)」
話が見えず、困り顔のたづなに、急にほほを赤らめ取り乱し始める女子達。
たづなは何だかバカにされているような気がして、少し不快になった。
たづな「な、何だよ一体。
“せいか”ってなんだよ、わけ分かんねぇよ」
ロタ「あー、もしかしてたづなの所では違うのかな。
わたし達は性年になると、その……生えてくるの」
エイル「キャッ(///)」
たづな「…………?」
カーラ「生えると、ドラッシルに乗れなくなるんだよねっ♪」
フリスト「……なるほど」
話の内容が全く分からないうちに、フリストが一人うなずいて会話を切った。
フリスト「つまり、貴様はすでに性化を終えていたから、態度も体もそんなに大きいというわけだ。
すぐれた戦士だと思っていたのに、失望したよ」
たづな「えええ~?
俺、戦士とかじゃないんだけど、別に……ι」
フリスト「戦士でもないのに入隊したのか?
フレズヴェルグを倒したのは、偶然だったのか……」
だんだんけわしい顔になって吐き捨てると、彼女はドアのほうへつかつかと歩いていった。
ロタ「フリスト、どこ行くの?」
フリスト「たづなの入隊を取り消すよう進言してくる」
ロタ「待ってよ、入隊を取り消してどうする気?」
フリスト「しかるべき機関にたのんで祖国へ帰れるよう手配してもらう。
戦士でもない部外者が基地にいてはまずいであろう?」
ロタ「だめよ、そんなことしたら……ちょっと、フリスト!」
ロタが制止を試みたが、フリストは構わずドアを開けてラボを出ていってしまった。
ドアが勢いよく閉まる音が響いたあとは、残された4人しばらく互いを見交わしていた。
ロタ「ほ、本気じゃないよ、大丈夫。
フリストは名家の出だから、名誉とか権力に敏感なの。
ドラッシルの製造とか開発とかやってる会社をいくつも持ってる一族だから、子供の時からそういった事情に触れて育ったんだよね。
安心して、もし万が一この基地を出なきゃいけないことになっても、たづなはわたしが必ず守るから」
たづな「……あー、俺そんなに悪いこと言ったかな……?」
正直なところ、たづなにはロタの言ったことが難しすぎて、大した返事ができなかった。
そんな胸中を察してくれたのか、ロタはそれ以上の説明をやめ、こちらの肩に軽く触れてやさしくかぶりを振るだけだった。
エイル「要するに、たづなさまがわたくしたちにとって必要な存在であると確認されれば、万事解決ということですわ♪
そのためにも、“たづなさまを”スミからスミまで分析してみませんとっ(///)」
ロタ「“ブーツを”、でしょ!」
エイルが作業台にあった工具を手に取ってやけに興奮気味に言ったので、ロタがすかさず不穏な発言を言い正した。
その後、カーラが加わって、ブーツにかかわる様々な検査を行った。
主に性能調査をかねた身体能力測定である。
両足をそろえてジャンプしてみれば、高めの天井に頭を打ちつけてしまった。
手近にあったガラクタをキックしてみれば、壁にめりこんで原形をとどめないほどぺしゃんこにつぶれてしまった。
ホバー能力も有していて、床から30センチの所で浮遊することができたが、制御がなかなか難しく、気を抜くとすぐにひっくり返って後頭部を床に打ちつけるはめになった。
ひと通りのことをこなしてから一度ブーツを脱ぎ、ある程度分解してスキャナーという機械に通してゆく。
再び組み立てたブーツをはき、全工程が終わってみると、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
エイル「おつかれさまでした~♪
今日とったデータをもとに、さっそく解析作業に入りますわ」
可能な限り早く結果を伝えると最後に約束されて、この日はもう休むこととなった。
手早く個室のシャワーで汗を流し、就寝。
案外、このままここで、彼女らと暮らしてみるのも悪くないのかもしれない。
二日目を終えて、味わったことのない充実感に、たづなは帰郷の意欲が薄れてしまいそうであった。
そもそも中学校への不安から、すきあらば逃げ出したいと常日頃思っていたほどなのだから、今のこの状況は、願ったり叶ったりといったところなのだろう。
心なしか、この世界の一日は、ひどく短いように感じた。
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