◆3ー2ー4

 

教官「じゃあ、貴方は何をしにここへ来たの?」

 

 

たづな「別に何にも。

じーちゃんの家に行くとちゅうで水たまりに落ちてさ、気が付いたらこっちの世界に来てただけ。

ワープしちゃったんだよ、ワープ。

ねぇ、注射、うたなくていいの?」

 

 

教官「え……ええ、これは大人用の薬だったわ。

子供用のは切らしてたみたい。

ごめんなさいね」

 

 

たづな「ホッ……よかった」

 

 

 なぜだかはよく分からなかったが、こちらへ向ける教官の笑顔はかすかにひきつっているように見えた。

 

 

教官「そ……それで、たづな君はどこの世界から来たのかな?」

 

 

たづな「ああ、やっぱり、ココ、日本じゃないよね?

もしかして、地球でもなかったりする?

はぁ……たぶん、この長ぐつだ。

コレのせいでワープしちゃったんだ……」

 

 

 たづなが頭をかかえてうなだれたので、彼女はかたわらへ来て彼の肩にそっと触れた。

 

 

教官「ここはスヴァルトアールヴヘイム。

くわしくは分からないけど、貴方どうやら本当に異世界から来た子みたいね。

もしかして、帰れなくなっちゃったとか?」

 

 

たづな「……うん、そんな感じ」

 

 

教官「……そう」

 

 

 彼女が力無げにうなずいたあとで、奇妙な沈黙が流れた。

 

たづなもたづなで、今日のことを振り返って何がいけなかったのかを自己分析するのに忙しくて、継ぎ端を拾う余裕もない。

 

 

教官「……フゥ」

 

 

 そうして、彼女がため息をついて軍帽を取ったのを、たづなは丸イスに座ったまま顔を上げて見やった。

 

肩まで伸びたまっすぐの黒い髪、すずしげな目もとにつやっぽい唇、白い肌。

 

それまで彼は、この基地には子供しかいないと勝手に決めつけていたのだが、どうやらかん違いをしていたらしいことに気付いた。

 

 しかし、この推理が正しいとすれば、彼はますます混乱することになるだろう。

 

つまりは、眼前にいる教官という少女は、少女ではなく大人の女性ではないか、という推理だ。

 

その大人びた顔立ちを目の辺りにすれば、とっぴょうしもない考えが浮かぶのも無理からぬことではあった。

 

 

教官「いいわ、私が貴方の力になって……」

 

 

【バタン!】

 

 やがて発せられた教官の言葉は、突然勢いよく開かれたドアの音によってさえぎられる。

 

どちらも肩をびくつかせて頭をめぐらせてみると、戸口に現れたのは、ロタだった。

 

 

ロタ「失礼します!」

 

 

 すたすたとやって来て、たづなの腕をぐいと引っつかむ彼女。

 

 

ロタ「夕食の用意がととのいましたので、たづなを案内します!」

 

 

たづな「えっ……わっ」

 

 

 強引に立たせようとするものだから、たづなは立ち上がった際にイスを蹴倒してしまう。

 

それでもロタは、部屋を出るまで手を放してくれなかった。

 

 

ロタ「それでは、失礼しました!」

 

 

教官「あ、ちょっと……」

 

 

【バタン!】

 

 言いかけた教官も構い付けず、ロタはドアを閉めてしまう。

 

なぜか怒っているらしい彼女は、再びたづなの手を引いて足早に廊下を戻り始めた。

 

 途中、曲がり角をいくつか曲がり、奥まった通路までやって来ると、突然ロタが身をひるがえしてこちらに迫る。

 

柱の陰に押し付けられ、急なことにたづなは内心おどおどしたが、こちらを見上げる彼女のとても心配そうにくもった瞳が近くにあって、どきりとした。

 

 

ロタ「大丈夫だった?

何かされなかった?

何か飲まされたりしなかった?」

 

 

たづな「べ……別に、なんにも?」

 

 

ロタ「…………」

 

 

 2人の唇が触れてしまいそうなほどの距離でしばらく見つめ合った後、少女はたづなの胸に顔をうずめて小さく身をふるわせた。

 

 

ロタ「よかった……」

 

 

 さらさらのブロンドが首すじをふわりとなでて、くすぐったい。

 

この子も、本当は少女ではなく、この世界でいうところの、成人した女性なのではないだろうか。

 

ただ、人間自体のサイズが、たづなの世界の人間よりも、わずかに小さいだけなのだ。

 

そう考えれば、あんな巨大なロボットを、こんな幼げな少女が、いとも簡単に操縦できてしまうというのもうなずける話だ。

 

 だとすれば、本当の子供は自分しかいないということになる。

 

たづなは自分の心臓の鼓動が、どんどん速くなるのを感じた。

 

もしかすると、自分はあの医務室でとんでもなく危ない目にあっていたのではないか。

 

例えば、教官が注射しようとした薬とやらは、本当に予防接種のものであったのだろうか。

 

 思い返してみるほどに、たづなの心はかき乱されたみたいに落ち着きを失ってゆくのだった。

 

 

ロタ「きみはこれから、わたしの家族よ……。

大丈夫、たづなはわたしが守るから……」

 

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