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 一人も取りこぼしがあってはいけない。私の使命は、すべての地の民を喜びの地ハレルヤへと至らしめることだ。

 しかし一人だけ、地の民が為の機構アース・トロンを定義できない者がいた。ヒノ・ミライだ。彼の愛する存在は、何を隠そう私、ケルビム。私の羽から生まれた地の民が為の機構アース・トロンが、私になることができないのは自明である。彼以外の者は、皆喜びに包まれている。愛する人がおらず繭にならない者もいたが、すでに手は回してある。後は彼を残すのみ。

 私は再度、地へと身を落とした。今度は人の身を纏わない、天の使いのままの姿で彼の前へと顕現しよう。自らの存在に、質料ヒュレーのレイヤーを挟み込む。そして私はケルビムを思い出す。天使としてのケルビムではなく、彼を愛するケルビムを。カルベと名乗っていたケルビムを。彼に愛されたケルビムを。

 今まさに会社の屋上から落ちているミライを、私は優しく抱きかかえた。

「何してんのよ。私に無断で死ぬなんて、許されると思ってるわけ。」

 呆気にとられるミライ。やはりこいつは間抜けだ。格好だけつけている間抜けだ。

「ケ、ケルビム、お前、なんで」

「いい香りがしたからね。やっぱり私は、天使になってもあなたの吐く煙が好きみたい。」

 私はミライごと自分を、翼を広げて包み込む。半径二メートルほどの、純白の球体が宙に出来上がる。その中には私とミライだけしかいない。他のすべては隔絶されている。

 私は背中から翼を切り離し、

「待たせちゃってごめんなさい。これで準備はできたわ。さあ、一つになりましょう。」

「いいのかケルビム。天使は、人間と交わってはいけないんじゃ」

「もういいの。ミライが幸せになれば、すべての目的は達成されるの。ミライは何も考えなくていい。私があなたを幸せにする。」

 私はミライを強く抱きしめる。衣服などというものは、とうにその定義を失った。空間の中にある、私とミライと、煙管以外の一切は消失した。

 そして私とミライも、その境界線を失いつつあった。情熱があふれ出し、どろりと溶け合う。私とミライの再定義が始まる。人の形を失った人間と、翼を捨てた天使がお互いを貪る。

 幸せだった。天の使いとしてのみ存在していれば、その快楽を味わうことはなかっただろう。私であるミライが笑う。ミライである私も笑う。恵みの中で二人は一つとなり、そして人でも天使でもなくなった。アルファにしてオメガ。始まりである終わり。

 地の民はすべからく救われ、そして天の使いもまた救済された。すべては歓喜の中にあった。ハレルヤ。ハレルヤ。ラッパのような、十四万四千人の歌が聞こえる。主よ、来てください。

主の恵みが、すべての者とともにあるように。

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