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 長い夢から覚めたようだ。記憶が混濁している。いや、よく考えてみると混ざるほどもない。そもそも何も覚えていない。誰かもわからない自分が、どこかもわからない部屋で、ベッドに体を横たえていることしかわからない。

「起きたかい」

「ええ。ところで、あなたはだあれ?」

 ヒノ・ミライと名乗った男は、インスタントのコーンスープをよこしてくれた。がたいは良いが優しそうな顔をした、目の細い青年と中年のはざまのような男だった。ほんのり煙たいにおいがする。嫌いじゃない。もらったスープは少し冷めていたが、熱過ぎるよりはましだ。

 名乗られたからには自分も名乗らなければいけないのだが、苗字も名前もどうも思い出せない。ただ、『ケルビム』というワードだけは脳裏に刻み込まれていたので、便宜的にそういう名前だということにした。

「医薬品みたいで素敵な名前だね」それが誉め言葉であるのかは、記憶が戻ってもわからなかっただろう。

 そうしてミライは教えてくれた。私が空から降ってきたときのことを。空から落ちてきて無事だったなんて到底信じられない話ではあったが、私も何も覚えていないので信じるしかない。ミライが私の記憶を飛ばしてやましいことをしようとしている可能性も考えたが、この生への活力のなさそうな男が、そんな大それたことをするとは思えなかった。私はミライを信用し、記憶がないことを教えた。

「名前以外何も思い出せない。それは困ったな。まあ何はともあれ、とりあえず服を買いに行かないかい。僕は裸に近いセクシーな服装も好きだけど、君もそうとは限らない。服を着てからこれからの話をしよう。僕たちは人間なんだから」

 その言葉で初めて、私は自分が着ている代物が、おおよそ服と呼べるようなものではないことに気が付いた。何の動物のものかもわからない皮しか着ていない。下着すらなかった。私は顔を火照らせた。

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