13−4 薔薇の花嫁

薔薇の花嫁

 ツアゼルホーヘンの街に、雪混じりの木枯らしが吹き抜ける。


 燦々たる闇が燃えあがっていた。満天に広がる光の帯が仄暗くゆらめき、はためき、時に激しく、けざやかにひるがえる。

 めくるめく狂気の色彩が夜空を染めあげる。

 さながら悪夢のように、形を変え、色を変えてはまた薄れ、揺らめいて。

 青く光る流星が極光を突き破る。

 記憶に焼き付いては消える。

 空がこぼれ落ちてくるかのようだった。


 忘れ得ぬ永遠の夏。記憶の小箱に閉じこめられた、今となっては儚すぎる絆のように、それは美しく、恐ろしく、そぞろに移り変わって色褪せ、ちぎれて。


 月だけが。

 まごうことなき確かさで欠けてゆく。


 水に落ちたインクが溶けて広がるように。

 虚無の滲みが夜に落ち、光が消えて。

 雲が広がる。


 ちらほらと雪が舞い始めた。

 白く、黒く。人の心に、街に、情念の雪が降る。

 降って、降って、降り積もる。

 ほのかに底光る夜の果てに。

 心癒す聖歌が歓喜を奏で、闇を払う。

 幻の極光が音もなく舞い散るなか、深夜の湖水に羽を休める白鳥のごとき麗しの伽藍が、きよらかな影を浮かび上がらせる。

 主と、その花嫁の帰還を祝する大聖堂の鐘の音が鳴り渡り、眠れる地上の街に随喜の輝きを灯す。


 真の闇を裡に孕んだ、偽りの光を。



「それが、何になる」

 どこまでも続く螺旋の闇に、こわばった足音だけが反響する。


 闇と氷。くろがねと黄金。光溢れる希望の乙女が微笑んだ場所で、時を隔てた同じ娘が薔薇の血にまみれ、絶望と汚辱と怨嗟の鎖を引きちぎろうとのたうち回る。


 鏡の表と裏、世界の表と裏。


 同じ場所でありながら、何もかもが違ってしまっている。

 咲きこぼれる薔薇も、光そそぐ夢の日々も、今はもう遠くうつろう昔日の彼方に消えた。

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