【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
ホーラダインがここに来た、本当の目的は何だと思う
ホーラダインがここに来た、本当の目的は何だと思う
宮殿の近くで、光の柱が続けざまに落ちた。光弾が空中で四散。白煙を引いてしだれ落ちる。
暗雲がちぎり取られる。空が白くなる。
一瞬遅れて、大地が鳴動した。噴水の彫像が浮き上がった。吹き飛んだ。きりもみ状態で横転する。
手がもげ、足が折れ、顔が削がれる。何もかもが原型をとどめていなかった。
「後を追うぞ」
チェシーはくちびるを噛みしめた。身をひるがえす。
アンドレーエは立ちふさがった。押しとどめる。
「みすみす行かせるわけにはいかん」
「ホーラダインを止める他にニコルを助ける方法はない」
「それでも、あいつなら。ホーラダインなら、何とかしてくれるかもしんねえだろ」
「冷静に考えろ」
チェシーは深呼吸した。強い言葉をぶつけ合っても返ってくるのは反感だけだ。
説得の言葉を探して、血に汚れた唇を湿らせる。
「《
チェシーは制止するアンドレーエを静かに押しやった。
「ホーラダインがここに来た、本当の目的は何だと思う」
アンドレーエは言葉をなくす。
《
「そりゃあ、アーテュラスを《
「違う」
チェシーはアンドレーエの背後に広がる浄化の光を振り仰いだ。
「レディ・アーテュラスがおっしゃっていた。ホーラダインにだけは絶対に気を許すなと。あいつは」
白い、どこまでも白い浄化の光が。
「ホーラダインは」
背反する罪と罰のすべてを白日のもとにさらけ出してゆく。
「ニコルを、殺しにきたんだ。異端の魔女として」
こぶしを握り固める。声がかすれた。喉の奥でくぐもる。
「こんなことになったのは俺のせいだ。あいつを裏切って、傷つけて、苦しめた。苦しんでいると分かっていたのに、何もしてやれなかった。全部、俺のせいだ」
チェシーは足を引きずって数歩よろめき、すぐに速度を上げて走り出した。
▼
闇の翼が、ぞわり、のたうつ。
限りなくゆっくりと、何かを引きずって、動く。
明かりはない。ただ暗く、重苦しい悲嘆に暮れた微光が、かつて窓だった壁の穴から斜めに射して、床の瓦礫を矩形に浮かび上がらせる。
死の匂いに引き寄せられた闇紫色の蝶が、無数に飛び交っていた。
中途で折れた柱を、鉄のいばらが絞めあげる。砂が落ちる。天井にあったはずのシャンデリアが、そのきらめきをねじ切られ、ホール中央に墜落した。残響とともに、夜の色の水晶が散乱する。
かつての栄華を失った廃墟の斜塔のごとく、倒れる。
ホールを豪奢に取り巻いていた大階段は、踊り場から上の段がなかった。神殿風の様式を模した手すりは無惨に薙ぎ払われ、もぎ取られている。
ねっとりとした深紅の匂いが立ち込める。残酷なまでに甲走った音。ガラスの砕ける音が、反響する。
壁布が破れて、引っかかって。吊り下げられたからすの死骸のように揺れていた。
巨大な鉄の薔薇が、闇黒の虹を放って狂い咲く。
昨夜までは。
令嬢たちが花のドレスをまとい、享楽の甘い春の香りを馥郁とさせてさんざめいたであろう廊下に。
朗々と声を響かせる歌い手が、偽りの恋、滑稽な恋、涙こぼれる悲恋の物語を演じわけていたであろうサロンの壇上に。
今は、音もなく、虚無の棘が。びっしりと黒くはびこっている。
人の姿はない。
空気がよどむ。
生きよう、などと思うことすらできない。すべてを拒絶する無が、空間律を支配している。風化した意識の断片だけが埃となって舞う。
虚無に満たされた、負の空間。
何も、見えない。
誰も、いない。
消し去られた無言の絶叫だけが響き渡っている。叩きつけられ、壊れゆく悲鳴。聞こえない痛哭。
何一つ、残らない。
思い出も。
絆も。
指先で触れた瞬間に、すべて、砂に変わる。
闇の底に、白い裸身が、幼な子のように膝を抱いて。ちぢこまっていた。
いばらのとげが、ねじれかえっては鉄の飾り格子にからみつき、天井から天井へ、壁から壁へ、朽ち果てた屋敷の蜘蛛の巣のように張りめぐらされる。
ゆがんだ光のかけらが、床に転がった。
光の鎖の残骸。魂を縛りつけていた聖なるくびきの成れの果てが、たまゆらの残響を鳴り渡らせる。
黒い花びらが、舞い散る。
静寂が闇を押し包む。
常軌を逸した慟哭が、空気をふるわせる。
音のない世界に、ふと。靴音が響いた。
一歩、また一歩と。
瓦礫を踏みにじり、死の花びらを踏み越え、迷いもせず一直線に近づいてくる。
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