「見て、あんなところにえっちな格好をした女の人がいっぱい倒れてますっ」

 アルトゥーリはうんざりと首を振った。鬱屈した暗いまなざしをアンドレーエに向ける。

「馴れ馴れしい。敵のくせに。いつまでついてくんの」

「なっ、敵!? どこだ!」

 真正面からアンドレーエを指差す。

 つられて振り向いた。

「真後ろかっ!」

「あんただ」

 火炎放射器が背骨にぐりっと当たった。大袈裟にのけぞる。

「えー俺え?」


 完全にうとまれている。


「しょうがねえ。アンシュといっしょにおともだちから始めるとしよう」

 アンシュベルは、胸とリュックの両方をゆっさゆっさ上下させてはしゃいだ。

「やったぁ、トゥーリさんとお友だちですっまずはお近づきのしるしに、つまらないものですがこの《擲弾ダイナマイト》を」

「うげ。寄るな。触るな。近づくな。丸焼きにすんぞ」

 アルトゥーリは怖気をふるった顔であとじさる。

「何でえー恥ずかしがり屋さんかよーそんなに萌え系が苦手かぁー照れんなーって」

 にやにやと茶化しながら肘でこづいたところを。

「着火ぁ!」

「燃ええええ!」


 炎に追われて逃げまどう。

 まったくとりつく島もない。アンドレーエは苦笑いする。

 無条件で共闘関係にまで引き入れるのはさすがに無理があったか。もうひとつ追加おまけの情報が必要だ。

 虎刈り模様に焦げた頭をかく。


「分かった分かった。おともだち仲間にホーラダインもつけてやっから。集団行動できない軍人失格だが、たぶんまだそのへんにいんだろ」

 ……ザフエルに冗談は通じない。敵同士の認識のままアルトゥーリと顔をつき会わせでもしたら、間髪を入れず本気の最大奥義、


──悔い改めぬ者に神の怒りを、開け《天国の門ガルテ・カエリス》!


 とかなんとか唱えられて街ごと木っ端みじんに吹っ飛ぶのは目に見えている。

「えっノーラスの悪魔まで来てんの。うそ。マジ。やば。どこ」

 とたんにアルトゥーリは腰の引けた顔になった。周囲を見回す。


「そんなことよりトゥーリさん、大変です。見て見て、あんなところにえっちな格好をした女の人がいっぱい倒れてますっ」

 アンシュベルはせわしなくアルトゥーリの肩をたたいた。

 にくきゅうの手袋で広場を指さす。

「なにぃっ」

 アルトゥーリは腰くだけになって卒倒しかけた。一段と青ざめる。


 宮殿から漏れる霧に触れたのか。

 城を取り巻く溶岩の内堀に、楼門主塔と向かい合って伸びた橋のたもとに、いくつもの黒い人影が見えた。

 互いにかばい合うかのように折り重なり、石造りの欄干に身をもたせかけている。

 黒衣の女兵士だった。鎖骨から胸の谷間まで露出するほど襟ぐりの広い、身体にぴたりと貼り付く形の服に、深紅のサッシュ。


「ブランウェンの手下たちだ」

 アルトゥーリは黒衣の女兵士に駆け寄った。

「しっかりしろ。ブランウェンはどこだ」

 女兵士はうつろな指先で、流れる溶岩の堀の向こう岸を指した。涙に汚れた顔がゆがむ。

「あ、あ……」

 死にこそしていないが、正気が失せていた。眼の奥にあるはずの光が消えている。


「毒に抵抗力のあるこいつらでも無理とか」

「毒じゃねえってことだ」

「俺たちの部隊も同じだ。黒い風みたいなのが吹いてきたかと思ったら、みんな魂を持って行かれた。どうなってんだ、ほんとに」

 アルトゥーリが言葉をつまらせる。

「何とかしないと。このままじゃ大変なことになる」


 アンドレーエは横目にちらりと眼を走らせた。腕を組む。


 敵第八天蠍宮てんかつきゅう師団。女ばかりで構成された暗殺・諜報・処刑部隊。通称《死の娘たち》。レディ・ブランウェン率いる工作部隊だ。


 溶岩の堀を超えていくには、内側から開けさせるほかはない。


「とすると、レディ・ブランウェンも異変に気づいて、先に宮殿に向かったんだな。連れてた部下が倒れたんで、少しでも助かるようにここにまとめて置いていった。なるほどな。ところでアルトゥーリ、あんたは何の守護騎士だ」

「は? 何だよいきなし」

「何のルーンだと聞いている」

「だからなんで」

 むくれた顔で言い返そうとするのを、アンドレーエはぴしゃりとさえぎった。

「返事は短く。時間の無駄」

「でも、使ったことないから分かんな……」

「能力が分からねえと、どこで何が使えるか分かんねえだろ? とっとと答えろ。おまえは何だ」

「よく分かんないんだけど。確か《ケナズ》……」


 爆発の衝撃が、続く声をかき消した。


 城壁の向こう側で続けざまに轟音がふくらんだ。瓦礫まじりの黒い噴煙が、形をくずしながら四方八方へと吹き飛ぶ。

 頭上から噴石が降ってきた。

「くっそ、また敵か。今度は誰だ?」

 もしこれがザフエルの破壊工作だったら、本気で言い逃れできない。

 あからさまにとぼけてみせながら、内心かなりうろたえる。もしかしたら先行したザフエルとレディ・ブランウェンが衝突したのかもしれない。

 だとしたら最悪だ。


 アンドレーエは爆風にさからって、雷鳴とどろく空を振りあおぐ。

 漆黒の城壁に亀裂が入った。城門のやぐらが根元から折れ、胸壁を削り落としながら崩れた。

 土煙まじりの爆風が吹き付ける。

 ちぎれた鎖と滑車の音がきしむ。


 鉄の鎖でつなぎ合わされた橋げたが、轟音とともに波打って落下した。

 沸き立つ溶岩の堀をまたいで道がつながる。

 直後。


 破壊された城壁の内部から、吐瀉物のごとく悪臭を放って泡立つ汚物があふれ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る