【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
「師団長に逢わせてくれるって約束してくれたじゃないですか。なのに何で」
「師団長に逢わせてくれるって約束してくれたじゃないですか。なのに何で」
アンドレーエは遠ざかる黒衣の背中に向かって手を伸ばした。
「あっコラ待ちゃあがれ、一人で勝手に先走んじゃねェ! また敵の罠にどハマったらどうすん……っ!」
頰を鋭利な氷片がかすめた。氷を含んだ突風が全身をさいなむ。
痛みと同時に血の霧が擦れ飛んだ。薄赤い闇が視界を奪う。
顔を上げたときにはもう、ザフエルの姿はどこにもない。
アンドレーエは口汚く毒づいた。
「このスカした行き当たりばったり野郎が!」
《
低い羽音にも似た半透明のオーロラ雲が展開した。
《
多くのルーンは、物理的あるいは魔力的な攻撃に対し、守護騎士を守る盾としての結界を生成する。防御方式は、それぞれが固有。
中でも鉄壁を誇るルーンが、エッシェンバッハの所持する《庇護のアルギス》である。
《庇護のアルギス》は、攻撃特性を持たぬ代わりに、師団丸ごとをすっぽりと包み込む強大な防御結界を作り出す。
また、ゾディアック軍のレディ・ブランウェンが所持する《逆襲のエイフワズ》のような変わり種もある。
攻撃の半分をあえて素通り、残る半分を反射させることによって、自身が受けるのと同等の損傷を相手にも負わせる報復のルーンだ。
一方、《静寂のイーサ》が作り出す結界には、損傷を軽減させる力がほとんどない。
その代わり、絶対に漏出、および浸入を許さぬものがある。
知覚だ。
音。光。温度。それらを、結界が作り出す逆位相の波動によって打ち消し、あるいは進行方向をねじ曲げ、微細な振動そのものを空間に与え。
完璧に遮断する。
相手の視覚を奪うのではなく、自らの気配を掩蔽する。それが《
ひょう混じりの突風にかき消されていた視界が、雪煙のベールを剥ぎ取った。視界が鮮明に変わる。一瞬の幻影。そして静寂。
アンドレーエは眼をみはった。
くろぐろとうねる深淵が、空に横たわっている。
さながらこの世の未練を消し去る忘却の河だった。深くよどんで、ただ暗澹とたゆたい流れ、無限の中心へと消えてゆく。
何もかもを吸い込み、連れ去り、消し去る。
風の歌が聞こえた。
虚脱の黒い潮流が、風に乗って運ばれてゆく。誰かが泣いている。もう、何も変えられはしない。あきらめるしかない。夢も、希望も、何もかもかなわない。だから。このまま──引きずり込まれて。
落ちてゆく。
中心部へ近づけば近づくほど、風も、時間も、空っぽになってゆくような気がした。それでいて、おそろしく間延びした感覚。
「アンドレさぁん……どこですかぁ……」
背後から涙まじりに呼ばわる声が聞こえた。
闇に差し込む一条の光。
アンシュベルだ。
アンドレーエは我に返った。
いつの間にか心身ともに滅入りきって我を忘れていたらしい。
「……しっかりしやがれ、俺!」
うずくまり、突っ伏した状態のまま、交互に何度も自分の両頰を引っぱたく。
ようやく目が覚めた。
へたれている場合ではない。こぶしの背で鼻をこすり、立ち上がる。四方を見回す。
アンシュベルはすぐに見つかった。荷車にしがみついて、べそをかいている。
いつの間に着替えたのか。完全防寒を施した迷彩色のメイド服に、肉球型の手袋。毛糸のぱんつ型帽子。雪山用ゴーグルを装着。
霜で凍りつかないよう皮布を巻きつけた
アンシュベルは、アンドレーエの顔を見るなり泣きじゃくった。
「ウワァァンほったらかしなんてひどいアンドレさんのばかあーーーーー」
「バカはお前だ。帰れ」
わざと冷たく言い放つ。
アンシュベルは帽子が浮き上がるほどの勢いで首をぶんっと横に振った。
「やです行くです」
「だめだ」
「ダメダメ言う方がダメなんです」
駄々っ子になって、アンシュベルは言いつのる。
「師団長に逢わせてくれるって約束してくれたじゃないですか。なのに何で今さら置いていこうとするです!」
「危険だっつってんだろ」
押し返そうとする。
アンシュベルは、離されまいとしてアンドレーエの服をくしゃくしゃにつかんだ。
「やです放さないです連れてってくれるって言うまで絶対放さないです嫌われても付いてくですっ」
「アンシュ!」
「あああん嫌われるのはやです嫌われたくないです! けど、でも、アンシュはアンドレさんに付いていくって決めたです離れたくないです一緒に行きたいです師団長を絶対に助けるって決めたです!」
この瞬間にでも、とっとと《
アンシュベルを振り払うのは簡単だったろう。
だが、できなかった。ためらいを隠しきれない手で、アンシュベルを押しやる。
「やめとけ。本当に死ぬぞ」
連れて行けば、きっと足手まといになる。
だが、もし、この場に置いていけば。
ひとりで残されたアンシュベルがどう動くかは分かり切っていた。
想像するだけで頭が痛い。それでも突き離せなかった。決断できない。
よほどバカになっているのはアンドレーエのほうだった。
「追い返そうったってそうはいかないです。アンシュは師団長を助けてあげないといけないのです」
アンシュベルは、泣きすぎたせいで白く凍ったまつげを瞬かせた。はっ、と息がたちのぼる。
「今まで、師団長はアンシュの身代わりに、いわれのない異端のそしりまで一身に受けてくださってたのです。だから、今こそその御恩を返さなければならないのです。
「……本当の? 何だ?」
濡れた青い瞳の奥に、凛と強い光が宿った。
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