【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
まさかあの鉄仮面の貴公子猊下様が実は単なる××××だとか○○○だとか
まさかあの鉄仮面の貴公子猊下様が実は単なる××××だとか○○○だとか
「……神速の刃を受けろ、《
巨大な旋風が空間を断ち割る。
さながら神話の海のごとく。
わだかまっていた毒煙が、真っ二つに
濁った煙と煙の狭間から、まさしく抜けるような青い空がのぞめた。上空の雲までもが、綺麗に空洞化し、分かたれている。
どこか、時が止まったかのようだった。
硬直していた煙の壁は、やがて、砂の滝となって、上部から崩れ始めた。角砂糖に湯をかけたみたいに、まるく溶けて、流れ落ち。
最後。すべてを吹き飛ばす陣風が、毒煙をちりぢりに霧散させた。
「何とか、手遅れにはならずに済んだようだな」
精悍な声が、空に響き渡った。
黒衣の毒使いは、《
「サリスヴァール……」
「ブラン、久しいな。森での襲撃以来か」
チェシー・エルドレイ・サリスヴァールの、にこやかな声が降りかかる。
毒使いは烈火のまなざしを、つと秘め隠した。婉然とした余裕の態度を取り戻し、誘惑の腰つきに手を添える。
「裏切り者のくせに、ずいぶんと勿体をつけてのお出ましだこと。てっきり臆病風に吹かれて来ないのかと思ったわ」
「《
手にした大太刀の刀身から、ほのぐらい微光の残滓がこぼれる。血が滴っているかのようにも見えた。
「まだそんなにやっちゃいないわ。みんなまとめて地獄の娼館に
レディ・ブランウェンは、赤く塗った爪の先を唇に押し当てた。
官能的な身体の線を、わざとむっちりと見せつけながら、﨟たけた笑みを崩す。
「悪いが断る。人妻の話は二度とするなと、さんざん上に叱られたものでね」
チェシーは薄く笑う。
「嫌な男」
レディ・ブランウェンは憎々しげに舌打ちした。背後から駆け寄ってきた女騎兵の差し伸べる手を掴み、ひらりと馬に飛び乗る。
そのまま、捨てぜりふもなく逃げ去った。煙の彼方に消え失せる。
チェシーはわずかに肩をそびやかせたあと、表情を変えてヴァンスリヒトの傍らに屈み込んだ。
「無事か、大尉」
「ああ」
ヴァンスリヒトは、口の端を拳でぬぐった。まだ、土がこびりついている。
「貴公には、助けられてばかりのような気がする」
「そんなことはない」
「それよりも殿下が心配だ。悪いがご様子を伺って……」
「自分の眼で確認した方がいい。俺はもう、顔を出さん」
チェシーは、わざと突き放すような言い方をして、断った。
「恥ずかしい限りだ。かたじけない」
ヴァンスリヒトは、痛みをおして立ち上がった。
「殿下をお支えする参謀でありながら敗北に次ぐ敗北。屈辱に朱をそそいだところで、今さら見せる顔もない」
チェシーはかぶりを振った。表情をあらためる。
「とにかく、これ以上、無駄に行軍するのはやめたほうがいい。シグリルで態勢を整えたら、シャーリアに撤退するよう進言しろ」
言い置いて歩き出したチェシーの背に、ヴァンスリヒトは声をかけた。
「准将」
「何だ」
「もし、准将が指揮をとる……執れると……仮定するならば」
「シャーリアに何かあったのか」
ヴァンスリヒトは声を詰まらせた。
言葉を探しあぐね、黙り込む。
チェシーは、わずかに痛ましいまなざしをヴァンスリヒトへと向けた。表情を険しくして、東の地平線に眼を転ずる。
「アンドレーエにも後方支援を頼んでいる。いずれ合流できるはずだ。アルトゥーリに追いつかれるより先に、この戦域から全速で離脱した方がいい。可能な限り、速やかに」
ヴァンスリヒトは、心許ない視線を地面へと落とした。うなだれて応じる。
「准将から、殿下にそう進言していただけると有難いのだが。敗軍の将に兵を語る資格は」
「第一師団の参謀は大尉、あんただ。俺は援兵に過ぎん」
チェシーは肩をすくめるに留めた。
ヴァンスリヒトは苦笑する。
「わかった。助力に感謝する。それでも、今は負傷者の救出を優先したい。准将、すまないが隊列のしんがりを頼めるだろうか」
「もちろんだ」
チェシーは躍如として応じる。
「アンドレーエなら、きっとすぐにすっ飛んで来るさ。揉め事の気配を嗅ぎ取ることにかけては、やたらと鼻が利くようだからな。貴公と同期の参謀も付いているのだろう?」
軽口めいた如才なさで、チェシーがいなす。
「そうだな。私とは違う」
ヴァンスリヒトは自嘲気味に視線を横へそらす。チェシーは、片眉を持ち上げ、にやりとした。遠い南の空を見やる。
「暇になったら、あんたも一度ノーラスに駐留して、ホーラダイン中将閣下の陰険にして華麗なる日常を目の当たりにしてくるといい」
ヴァンスリヒトは、心外なふうに眼を大きく開く。
「猊下の、何と?」
チェシーは、大仰な嘆かわしさを演じてみせながら首を振る。
「あれは必見だぞ。まさか、あの鉄仮面の貴公子猊下様が、実は単なる
ヴァンスリヒトは、笑って良いものか怒るべきかの混乱した面持ちを浮かべた。
「天地が逆さまになっても信じられない。××××で○○○……」
口にするのも畏れ多い内容に、ぎごちなく言葉を濁す。チェシーは、その肩を強く叩いた。
「要するに、人の評価など気にするなということだ」
ヴァンスリヒトは虚しく笑った。気休めの笑いだった。
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