女であれば誰しもが

「いったいどういうつもりなの」

「殿下、お声が高うございますわ」


 ユーディットは、暗闇にしんと身をひそめた猫のようにくちびるへと指先を押し当てた。

 吐息が氷の色を帯びて立ちのぼる。

「お静かになさって」

「だからなぜ、こんな所に呼び出すのかと聞いているのよ」


 城の地下、凍える闇にひそかな恐れを嚙み殺しつつ、シャーリアはあえて声を高くした。いんいんと響く。


 この先は、城内のものでなければ許可なく立ち入れない区域である。

 突き刺さる寒さに表情をけわしくし、毛皮のショールを何度も強くかきあわせながら、何を考えているのか分からない黒髪の娘を見やる。視線に気づいているくせに、ユーディットはわざとすぐに答えない。

 そういう、似ずとも良いところが似ている、とシャーリアはひそかに苦々しく思った。薔薇色の瞳を底知れぬ闇の色に変えれば、気難しいホーラダイン中将とやり方がまったく同じだ。


「はっきり仰有って頂戴」

 シャーリアはいらだたしく身を揺すった。

「こういう、こそこそと後ろ暗いやり口はわたくし好きじゃなくてよ」

「この奥は、迎賓棟と本館をつなぐ伝声交換室になってますの」

「いい加減になさいな。理由を聞いているのよ。場所の説明をしろなどとは一言も言ってないわ」

 シャーリアは立ち止まった。うんざりと髪をかきあげる。

 ユーディットのくちびるが、うっすらと雪色に光った。

「そこからでしたら、誰にも気付かれず話を聞くことができますわ」

 笑みの形につり上がる。


「貴女」

 シャーリアは、戦慄の視線を城主の妹へと突き立てた。

「何が言いたいの」

「例えそれがほんのちいさな疑惑の種でしかなくとも、女であれば誰しもが怖れること──秘密を持っていやしないかと、できることならその真実を確かめたい、偽りではないことを言葉であかしだてさせたい、と思うものですわ。男と女のことであれば尚更」

 くすくすと悪戯に笑う。

「そう思いませんこと?」


 シャーリアは嫌悪の眼差しを床へ落とした。黒ずんだ黴が壁の縁を汚している。どれほど贅を尽くした美しい城であっても、地下に潜ればこうなるのか。じめじめとした空気が行き場をなくしてわだかまっている。

「どういう意味かしら」

 目をそらし、弱々しいまなざしをユーディットへと向ける。聞くまでもないことだと分かっていても、阿呆のように聞き返さずにはいられない。


「ほら、あちらですわ殿下。お急ぎになって」

 シャーリアのためらいをふりほどく明るい声をたてて。

 ユーディットは奇妙にかろやかな足取りで歩き出した。

 手にしたランプの光が揺れるたび、足下から壁へと伸びた影が異様に引きゆがめられ、悪魔の手のように広がってゆく。

「早くしないと」


 無造作に、手づから小さな扉を引き開ける。


 ユーディットはどこか誇らしげに、暗い狭い部屋の内部を見渡した。

 天井といい、壁といい、黒光りのする金属筒がぎっしりと張り巡らされている。喇叭らっぱ状になった開口部が数十も並ぶ様子は、さながら巨大ななめくじが這い回っているかのようだった。


 当直を務めているはずの交換手は、なぜか緑色の瓶を股に挟んで部屋の隅に倒れ、前後不覚に眠りこけている。

 湿った地下の空気と、強い酒の臭い。それから。

 薔薇水にも似た、鉱毒の香りがひそやかによどんでいる。


 シャーリアは、あからさまに鼻をゆがめた。ハンカチで鼻を覆う。 

「下水の臭いがするわね」

「少しの辛抱ですわ。ほら、お聞きになって」

 不用意に声が通らないよう蓋のされた伝声管から、誰かの声がとぎれとぎれに洩れ聞こえてくる。


 本来、未使用時は双方ともに蓋がなされた状態であるはずだ。一方が伝声管と直結した呼び鈴を鳴らせばそれが合図となり、はじめて交換手が蓋を開け、応対を行う。然るにいまだ声が伝わり続けているということはつまり。

 伝声管を使ったあと、不用意に蓋を閉じ忘れたか、あるいは。


 シャーリアは、目を押し開いた。伝声管を食い入るように見つめる。

「この声……」

「お静かになさって。こちらの声が聞かれてしまいますわ」

 ユーディットはまた、小鳥のようにくつくつと笑った。


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