戦場を駆ける軍旗


 まばゆい真鍮色の髪が戦場を駆ける軍旗のようにたなびく。アンドレーエがあざとい笑みを浮かべた。鼻をこすり上げる。

「賓客のお出ましだ」

 咲きこぼれる冬薔薇の向こう側から、凍れる芝土をざくざくと踏みしだく性急な靴音が近づいてくる。


「静粛に」

 ザフエルが冷徹に制し、直立不動の姿勢を促した。ニコルはざわつく胸の内を押し隠し、何事もないふうを装って、嵐の到来を待ち受ける。

 椅子に腰掛けていたエッシェンバッハは、あからさまに嫌気の差した面持ちで立ち上がった。胸ポケットに差していた赤い色眼鏡をかけ直す。表情が覆い隠された。

 態度が変わらないのはアンドレーエだった。

「シャーリア公女ご機嫌うるわしゅう。ご尊顔を拝し奉り臣下一同恐悦至極に存知」

 相変わらずふざけてアンドレーエが言いかけたのを。


「まったく、おまえたちと来たら」

 シャーリアは突風のように踏み込んで来るなり腰に手を当て、返礼もせずにつんと肩をそびやかせた。


「揃いも揃って、人に内緒でこそこそと寄り集まるような真似をして。四天王が聞いて呆れるわ。国の要たる公国元帥がこんなありさまでどうするの。井戸端会議じゃあるまいし」

 肩にかかった髪を凛と払いのけ、威圧的な眼で一同を見渡す。


「師団長ぅぅ」

 シャーリアの背後から、しょんぼりと弱気な声が聞こえてくる。風に踊るわたあめみたいな金髪が見えた。


 ぬいぐるみの悪魔を腕に巻き付かせ、両手には鈴なりの紙袋を提げ持って。

 萎縮しきった様子でおどおどとうなだれている。


「すいませんです……みなさま方を探していつも通りお城の中で迷子になってたら、その、思い切り殿下と鉢合わせしちゃいまして……恐れ多くも殿下御自ら、ご案内を買って出ていただいてしまいました……申し訳ございませんですぅ……」

 思った通り、それはアンシュベルだった。


「そうでしたか」

 ニコルは胸にかすかな痛痒をおぼえながら、動揺を押し隠し、シャーリアへこわばった笑顔を向けた。

 一歩、前へと進み出る。

「我が従卒が迷惑をお掛けいたしましたこと、陳謝いたしますとともに、御礼を申し上げます」

 深く頭を下げる。


「別に。これしきのこと、どうということもなくてよ、アーテュラス。お前の従卒なら迷子になるのもむべなるかなだものね」

 シャーリアはにべもなく言ったあと、思いがけず優しい表情を浮かべて、アンシュベルを振り返った。


「ほら、わたくしのお供はもういいわ。おまえはおまえのなすべき役目をしっかりと果たしなさいな、レイディ・アンシュベル」

 軽くあごをそらして、行けとうながす。


「は、はいです」

 アンシュベルは大あわてでぺこりとシャーリアに頭を下げた。

「ありがとうございましたです、殿下! ……ううう師団長、このお城、広すぎですぅ二度と生きて外に出られないかと思いましたです」

 両手の大荷物を揺らしながら、逃げるようにしてニコルへとすがりつく。

 ニコルは飛び込んできたアンシュベルを抱き止めた。勢い余って荷物が互いにぶつかり合い、わっさわっさとこすれあってにぎやかな音を立てる。


 ニコルは苦笑いを浮かべた。

「で、その大荷物はどういうことかな?」


「それはですね! 従伯母さまレディ・アーテュラスのお言いつけに従いましてですね!」

 アンシュベルはいかにも嬉しくてたまらぬ表情で、くりくりと目を輝かせた。

「皆さんにお配りしようと思ってたのです! 毛糸のぱんつを!」

 聞いたとたん、さあっと血の気が引いた。

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