イケメン超絶美形騎士王様
ホーラダイン司教伯領内第一の都市、ツアゼルホーヘン。
ローゼンクロイツ教団の総本山である聖ワルデ・カラアに次ぐ規模と歴史を誇る、ツアゼル大聖堂を礎にした街である。
北方に広大な森と湖沼湿地、東に峻岳、西と南に肥沃な農業地帯を擁し、北西のアルトゥシー、南のイル・ハイラームを結ぶ交通、経済の要衝として、古くから栄える。
また近郊に石炭、泥炭、鉄、亜鉛などの産地を控えることから、かつては鍛冶の街として、現在はティセニア南部に産する硝石を用いての火薬製造や製鉄、銃砲製造など、軍需産業を主とした工業都市として、ますますの隆盛を極める。
今、ニコルが眼にしているツアゼルホーヘンは、ちらちらと舞う粉雪に抱かれた趣ある中世風の街として映っている。
いや、あえて中世の雰囲気を色濃く残している、と言うべきか。
真っ白な雪に覆われたなだらかな丘を、古めかしい石造りの隔壁が扇状に取り巻いている。ほとんどは古代の建築様式を模しており、使われている石材もまた遺跡から移築されたもののように見える。
だが街を構築する思想は、もはや伝統とはほど遠い。
「驚いたな、この街は。鉄の要塞だ」
ツアゼルホーヘンへ入城する際、チェシーが漏らした感想が物語るように、街の構造は、近代の軍事要塞が備えるべき理想を完璧に追求するものだった。
単なる砲撃目標にしかならぬ過去の遺物、城壁はもはやない。代わりに周辺を見晴るかす高台が塁壁を兼ね、街へと至る斜堤を睥睨する。
「どういうことです?」
「つまりだな、ここから」
攻めのぼる敵兵の視点から見ると、ゆるい斜堤を登りきったところで、突如それまでは傾斜に遮られて見えなかった砲塔が、覆道と壕を隔てた真正面に出現する。
ここで敵兵を迎え撃つのは、剣や槍を手にした古色蒼然とした兵士の密集隊形ではなく、訓練された銃士が手にする小銃の一斉掃射だ。
十分に圧倒的な火力の前では、前時代の覇者であった重騎兵の突撃など、単なるのろのろと動く巨大な的でしかなく云々――
などというチェシーのうんちくを、馬耳東風に聞き流し、ただただツアゼルホーヘンの威容に圧倒される。
そんな一行を出迎えたのは、城外門の警備に当たっていた神殿騎士の一隊だった。
胸に白と黒の聖十字を縫い取る
ニコルとアンシュベルは、聖ローゼンクロイツと第五師団の旗を掲げる天蓋無しの馬車へと乗り換えた。
隊列を組んだ神殿騎士の先導で、河に架かる石橋をゆっくりと渡ってゆく。
橋の石畳には、一片の雪も残っていなかった。
一直線に、どこまでもまっすぐ敷かれた真紅のカーペットの両脇に、交差させた赤と白の軍旗を捧げ持つ神殿兵が、ずらりと整列する。
吹き鳴らされるトランペットの号令の下、馬車の進行にあわせた一糸乱れぬ完璧の動きで、軍旗が次々に跳ね上げられてゆく。
輝く赤と白のうねりが、誇らしげに高々と掲げられ、風にひるがえった。
「見て見て師団長あれ聖堂ですよね」
眼をきらきらさせて、周囲を見回していたアンシュベルは、ふいに歓声を上げてニコルの肘を引っ掴んだ。行く手に見える丘の中腹を指さす。
「うわっ」
いきなり引っぱられてはひとたまりもない。前のめりに思い切りつんのめる。
「うわあすごいすごいすごい、お城みたいですぅ!」
「そうだね……」
ずり落ちためがねを直しながら、ニコルは、ごほん、と無駄に偉ぶった咳払いをして、座席に座り直した。
改めて、目前に広がる光景に目を奪われる。
丘の南側、ほぼ橋の真正面の方向に、大小様々な尖塔が、まさに天を摩するかのごとくそそり立っている。
ツアゼル大聖堂だ。
積もった雪や、垂れ下がる氷柱、翼を畳んだかのような飛梁や華々しいステンドグラスなどが、純白に磨きたてられた大理石の壁とあいまって、陽を乱反射させているのだろう、これほどの遠くにあってなお、壮観に光り、きらめいている。
まるで伽藍全体が祝福の輝きを自ら放ち、目に見えぬ光砂の帯をまといつけているかのようだった。
「ああっありがたやありがたや、それにしても神々しすぎて目がまぶしい」
アンシュベルは大袈裟に手を結び合わせ、目をしばたたかせた。
「っていうか副司令のおうちがこんなすごい所だったなんて。師団長御存知でした?」
ニコルは、くすっと笑ってかぶりを振った。
「違うって。大聖堂はザフエルさんの家じゃないよ」
「ええっなあんだそうなんだあ。てっきりアンシュはあれが副司令のおうちかと」
「たぶんだけどね。僕も初めてなんだ。ツアゼルに来るのは」
「ふうん、意外ですぅ」
「確かに意外だな」
唐突に割り込む声がした。ニコルは、馬車の左隣に眼をやった。腰を絞った白い乗馬コートを羽織ったチェシーが、ゆうゆうと黒馬をうたせ、つかず離れずの位置で伴走している。
普段はぞんざいにひとくくりにするだけの金髪だが、今は一束を長い三つ編みにしてたらし、青の
「はうううう准将、いつもの
ニコルの陰から身を乗り出したアンシュベルが、両手を揉み合わせ、眼をハート型にきらきらさせながら、声を裏返らせてはしゃいだ。
「やっぱカッコイイ人は何を着てもお美しいってことですよねえっ!? ああ尊い尊い尊すぎて胸がヤバイくるしい……はあどうしよ」
「は?」
ニコルは目を丸くした。まじまじとアンシュベルを見つめる。
「格好良い? チェシーさんが?」
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