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立場

 修学旅行が終わってはや一月。皐月、夜空、恵奈の三人は教室の隅で宿題をこなしていた。

「数学がわっかんない!!」

「xとyが途中から逆になっているからじゃないかしら」

「え!? どこどこ?」

 数学が苦手で大騒ぎする恵奈に、夜空が冷静に指摘をする。皐月はあくびをしながら古文の問題を読み込んでいる。

 空はだいぶ高くなり、雲は薄く、制服はすでに冬仕様だ。なんかあっという間だったなと皐月は窓の外を見る。夏の始まりに皐月は夜空と友達になった。そして夏の終わりに恵奈と友達になった。季節が過ぎるのは存外あっという間で、きっとそうこうしているうちに大人になって、今のことなど忘れてしまうのだろう。

「皐月、手が止まっているわ」

「読んでも頭に入らないんだよね」

「音読するといいわよ。目と耳で知覚できるから目だけで追うよりも余程頭に入りやすいらしいわ」

「ここで音読は恥ずかしいから家に帰ってからやるよ」

 皐月は古文を諦めて、ついでに英語も家で音読することにして数学の教科書を引っ張り出す。とはいえ数学の宿題は昼休みにほとんど終わらせていたため、さらっと見直しをするだけでよい。

「皐月――ここの文章題の意味教えて」

 恵奈が教科書を皐月に突きつける。そこには確かに難解な文章が並んでいて、数学が苦手な恵奈には意味がわからないだろう。皐月は一つ一つ噛み砕くように説明した。

 したのだが、恵奈には理解できなかったらしく、目をしょぼしょぼさせる。

「わ、わかんない」

「わたしも言っててわからなくなってきた」

「それだとテストのときに困るわよ」

 辛辣な夜空のため息に皐月と恵奈は不満げな顔をする。

「皐月の説明が下手なんだし」

「それは否定しないけど、恵奈はもう少し自分で考えてほしい」

「考えてるよ! でもわかんない……」

「喧嘩しないで。恵奈は絵に描くとわかるかもしれないから一文ごとに図にしてみて。皐月は一つのものの説明に内容を盛りすぎだからもっと端的に」

 は――い、と二人は渋い顔のまま頷いた。

 皐月が外を見ると、校庭で運動部の生徒がランニングや柔軟体操をしている。くるりと教室内に視線を移すと、何人かの生徒が同じように宿題をしたり、固まって雑談をしたりしていた。

 穏やかだなと皐月は思う。一学期が終わる頃にはあんなにピリピリしていたのに。思っていたよりも、中学生というのは単純な生き物なのだろう。

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