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登場

 「おはよう、夜空」

 「おはよう、皐月」

 今日は9月1日、始業式である。夏休みが終わり新学期が始まる今日を呪う生徒も多いだろう。しかし皐月と夜空はあまり気にせず、1学期と同じように早めに登校して教室でのんびり過ごしていた。

 話題は大したものではない。夏休み中のほとんど毎日を一緒に過ごした二人にとっては二人で過ごすという日常の延長でしかないからだ。

 しかししばらくして登校してきたクラスメイトの一人によって、その日常は変化を遂げた。

 「おはよ、夜空さん、皐月さん」

 「んんん? おはよう」

 「あら、おはようございます。恵奈さん」

 「そんな不思議そうな顔しないでよ。同じクラスでしょ」

 「そうだけど、どうしたの」

 皐月の疑問ももっともである。普段はクラスにいないかのように扱われる皐月と夜空に話しかけてきたのはクラスメイトの恵奈だった。明るい金髪、派手な顔立ち、元気な立ち振る舞いの彼女はクラスの中でも上位カーストに所属している。そういう人種がカーストの枠を外れて他者に話しかけるということは女子中学生にとって珍しいことであり、厄介ごとの種でもある。皐月と夜空が警戒するには十分な事象だった。

 「別に、クラスの子に話しかけるのに理由なんていらないでしょ」

 「理由が必要なのが女子中学生だと思うの」

 「そんなつんけんしないでよ。あ、お昼一緒に食べるから」

 「え――」

 「だから――、そういう顔しない! 友だちが増えることを喜びなさいよ!?」

 じゃあね、と恵奈は手を降って二人から離れる。皐月は困ったような顔で、夜空は笑顔のオブラートが濡れたような顔で恵奈が他のクラスメイトに話しかけに行くのを見送った。

 「夜空」

 「なにかしら皐月」

 「断っておこうか」

 「断ったくらいで引くようなら、彼女は話しかけてこないでしょうね」

 夜空は笑顔をかなぐり捨てて無表情で言う。そもそも皐月はクラス内カーストでは常に中間層にいたため恵奈のことをよく知らない。しかし夜空は違う。最上位のカーストにいた夜空は恵奈とも多少の関わりがあったらしい。

 「本当に多少、よ。挨拶をしたり二人きりになれば会話をする程度のね。彼女はそうね。見ての通り派手で元気で明るい……でも女子中学生らしい繊細さはあるかもしれないわ。ああ、あと安心してよいのだけれど、彼女は1学期の件には関わっていないわよ。そこまでアホな子じゃない」

 「ふうん。ならまあいいか」

 皐月は曖昧な返事をした。多少唐突なところはあっても、悪い子でないのなら皐月としては問題ない。とはいえなぜ、今の段階で話しかけてきたのかは気になるところだった。

 

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