疑念
元友人が去ったあとわたしは手にしていた本に戻る。どこまで読んだんだったかな。
「皐月」
その声に再度顔を上げたら、夜空が難しい顔でこちらを見ていた。
「どうしたの」
「仲が良いのね」
「さっきの元友達? そんなことないけど」
夜空は硬い表情のままこちらを真っ直ぐにみている。手は本を開いたままで、だけど骨が白く浮かび上がっていた。
「その割には話し込んでいたけれど」
「次から次に質問されたから答えただけだよ。わたしから自発的に会話なんてしてない」
「そうだったかしら」
なにか歯に詰まったような言い方をする。あんまりよくない傾向だなあ。こういう時の女子ってろくなことを考えていないんだ。
「そうだよ。夜空も聞いていたでしょ。ただ勉強のわからないことについて質問されたから答えた。それ以外になにかあった?」
「その、あなたのお友達はずいぶん楽しそうだったから」
「そう? 気づかなかった。少なくともわたしは別に楽しくなかったけど。それに全然違うことを考えていたし」
「そうなの」
夜空はちょっときょとんとしたような顔をした。心なしか手の力も抜けている。
「うん。質問された箇所でここは夜空に教わったなあとか、ここは全然理解できなかったのに夜空の説明は親切でわかりやすかったなとか思ってた」
「……」
「つまり夜空のことを考えてたよ」
わたしがそう言うと夜空は目を大きくして眉を緩ませた。持っていた本で口元を隠して視線を漂わせる。
……。
自分で思い返して難だけど、なんか彼女の機嫌を取る彼氏みたいな台詞だ。もしくは女の子をほいほいその気にさせていくハーレム漫画の主人公とか。
「夜空?」
「その、ごめんなさい。突っかかるようなことを言ってしまって」
「いいよ別に。あとね、元友達と会話するより夜空と一緒にいる方が楽しいよ」
「またそういうことを」
「まあまあ、せっかくだから。夜空はちゃんと言いたいことや思ったことをストレートに言ってくれるからさ。こっちもきちんと言いたいことを言える。そういうの楽だよね」
一瞬、夜空の目が陰った。
また、わたしは余計なことを言ってしまったのだろうか。
悔やむより前に夜空の口が開く。
「楽、ね」
「う」
「皐月はお友達より私といる方が楽だからそうするのかしら」
「それは」
「せっかくだから私も言うわよ。あのね皐月。あなたはどうしてお友達と縁を切ったのかしら。どうして私と一緒にいるのかしら。縁を切ったはずのお友達と、これからどうしたいのかしら。私とこれからどうしたいのかしら。それを考えなさい」
それは。
どうしてだろう。
どうしたいのだろう。
困惑するわたしをよそに、夜空はぱたんと本を閉じる。
「今すぐ答えを出せとは言わないわ。今日は解散にしましょう。考えて考えて私に話してもいいと思ったら連絡をちょうだい。私に言えないことだと思ったら連絡はいらないから」
そう言って夜空は本当に帰って行ってしまった。
自分の軽い口を心底恨んだ。
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