転機

 遠くに見えた暗雲はじわりと空に広がっていく。まるで半紙に落とした墨汁のように。


 ふと夜空が顔を上げてわたしの後ろに視線を送った。何事かと視線を追うとそこにはよく見知った顔がいた。

 「うん?」

 「あ、あの、皐月今いい?」

 「うん、いいよ。なに」

 いたのはわたしの元から去っていった、正確に言うならわたしが切り離した元友人だった。彼女は目をきょろきょろさせながらも手にしていた教科書をわたしの方へ向けた。

 「理科なんだけど多細胞生物の組織と器官の違いがわからないから教えてもらってもいいかな」

 「いいよ」

 別にたいした問題じゃないのでさらっと答える。先日から夜空と勉強しまくっているおかげで中学2年で学ぶ内容までなら難しくなく答えられる。

 知らない人ではないし嫌いなわけでもない。だからなにも考えずに教えた。思わないことがないわけじゃないけど、そんなことうだうだ言ってもしょうがないし。

 元友人との質疑応答はたぶん30分くらいだったろうか。その間夜空は特に口を挟むことなく読書を続けていて顔を上げることすらなかった。

 元友人も夜空には視線すら送らず、まるで互いが互いに存在しないかのように振舞っている。

 なんていうか居辛いものがある。同じクラスなんだからもうちょっと仲良くしてくれてもいいと思うんだけどな。そんなことを言ったって多感な女子中学生の神経を逆なでするだけだから、わたしはなにも言わないのだけれど。

 夜空はそういうこと何やかやいうタイプじゃないからまあいい。元友人はそういうことを気にする質だから後できっと他の子になにがしかを言うのだろう。もう、どうしようもないしどうにもならないから適当に躱すんだ。

 なんてことを考えつつ理科やら数学やらを教えていたら前述のとおり30分経っていた。

 「ありがとう皐月」

 「どういたしまして」

 「またわからないことがあったら聞きにきていいかな」

 「いいよ。だいたいここにいるから」

 「わかった。それじゃあまた」

 結局元友人は夜空には一言も声をかけなかったし、夜空もなにも言わなかった。互いに何も思っていないと考えるほど、わたしはおめでたくはなくなったけど、でもどこかで油断していた。


 じわりと広がっていた暗雲が気が付けば空を覆い尽くしていた。

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