殺意の色
「
彼の魔力は本当に微々たるもので、元々の身体能力にこの魔術が依存していることも幸いしていたのだろう。
魔道士にも、彼女にも気づかれなかった。
覗き込んだ先はまさに花園、楽園であった。
淡い白、あふれるばかりの乳房、弾む尻、男が一生に一度夢にまで見た後継が
無邪気で楽しそうな雰囲気の色だ。
ふと彼は気付く。
これは彼がいつも群れの中で気にしていることだ。
それは紫がかった淡い色で、周りに不気味な黒い輪郭を見せている。
―殺意だ。
羊たちを襲おうとしている狼とはまた違う。
羊が羊に向けてたまに見せる敵意。それよりももっとドス黒い感情。そして色。
彼は呼吸を荒くした。
「おい、お前!」
魔導兵が声を上げた。
それと同時に、それまで仮面のような笑顔の女が、
「そこの装飾屋!お前何か魔法を使ったか?」
「いやあ、わるわるい。羊毛のホツレがあったもので、ちょっとばかり、直すために・・・。」
彼は調子の良い口調で応えた。が、内心は叫び声を上げていた。
覗き見していたことがバレたことではなく、誰かが誰かを殺そうとしていたことだ。
「仕事熱心なのは良いことだがな、決まりは決まりだ。ここに入ったら魔法は使わず完成したものだと心得ておけ」
と魔導兵は大きく声を上げたところで
小声で彼の耳元に話しかける
「・・・娘からオメーさんの話は聞いている・・・良い物が出来るなら、ちょっとばかしなら目をつむるぜ。」
(おっちゃんありがとう!!!)
すぐに服の方向を扉に向けて
「・・・やっぱり気づかれていたか。」
そこには既に殺気の色はなかった。
(それならせめて、殺意の矛先を探して救えたら・・・!!)
殺意を向けられた場合、それは見えない感情となって対象の生き物にぶつかる。
当人は意識的には気付かないかもしれないが、身体にぶつかれば直結した心は僅かながら変化する。
(どこだ・・・どこに居る・・・)
もはや乙女の麗しい着替えどころではなく、文字通り血眼になって探した。
「彼女か!?」
うっすらオレンジの色でゆったりと色の変化が淡く変化している。
一部分だけ少し黒い塊のような色が混ざって居る。
白銀の髪に、透き通るように色白い肌、今にも消え入りそうな、美しい下着姿の女性がちらりと眼に映る。
「・・・っく、人影に隠れてきちんと顔を見れない・・・」
おそらく、着替所には女性兵士が囲んでおり、魔導兵も居るだろう。
持ち物検査も徹底されていた。
狙うならメイン会場で行われるドレスショーや舞踏を披露するときだ。
あの淡い紫の殺意が完全に黒になるまであと数十分というところか・・・間に合うだろうか。
チャンスはこの装飾部屋で俺の前に立ってくれること。
いや、これだけの人数だ、確率が低すぎる。
やはり、会場で探すしか無いか・・・。
そこで着替所の扉が開き、それぞれ指示通り、貴婦人たちに羊毛の装飾品をセットしていく。
早く探し出さないと、もういっそのこと魔道士に中止を求めるか?いや、誰もこんなことを信じてくれるわけがない。証明すら出来ず、中止になったとしてもまた機会が訪れるだけだ。
彼は打開策を必死に考えながら、貴婦人たちに羊毛の装飾品をセットしていく。
声をかけられたり、羊皮で作ったチョーカーを褒められたりしたが、全く頭に入ってこなかった。
「すごく丁寧に拵えられたフードね。羊毛かしら?」
何人かにセットした後、1人の貴婦人が声をかける。
「え・・・あ、はい!全て手塩にかけた羊たちがの元気な毛糸です。暖かく、ふっくらとして心地良ですよ。」
「そのようね、良い式になりそうだわ。」
「ええ、良いものに出来るよう私たちも微力ですが努めさせて頂きます。」
その貴婦人が彼の方にポンと手をかけた。
あまりにも青白い顔をしていたからだろうか、励ましてくれたのかもしれない。
一通りの装飾を終え、貴婦人や魔導兵、装飾係も急いで会場へ向かう。
場内に響き渡る。
披露宴の開催を王様が伝えた。
彼は変態を除けば、優しく、そして正義感の強い青年だ。
「間に合うか、いや、絶対に救ってみせる。」
右手の握りこぶしを、強く固めた。
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