第13話


 保健室に向かう間、みおは一言も話さなかった。


 れいが気遣って、みおや沙紀に声をかけると、みおは頷くだけだった。

 沙紀も返事はするものの、どこか上の空といった状態だ。


 声をかければかける程、彼女たちの反応に心配が増すばかりで、れいは声をかけるのを止めた。


 沙紀も特に何か言うわけでもなく、三人は無言で保健室へ向かう。




 しかし、保健室の前に到着したところで、れいは思わず口を開いた。


「あら~、保健室の先生お休みなのね。」


 どうしましょう、とれいは呟く。


 保健室のドアにお知らせが貼ってあるようで、沙紀はれいの視線を辿って、その内容を確認する。


『今日は、保健室の先生はお休みです。

 保健室を利用する場合は、職員室にいる先生に言ってください。』と書いてあった。


 養護教諭は休み。他の教師に報告しなければ保健室は使えない。


 試しにれいが保健室のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていて叶わなかった。


「開かないわね~。」

「いや、普通開けようとしなくない?」


 平然と言うれいに、先ほどまで上の空だった沙紀も思わずツッコむ。


 れいは悪びれることもなく、「だって他の先生と話すのめんどくさそうだし、開くならラッキーじゃない」と微笑む。


「沙紀ちゃん、先生に言う……?」


 貼り紙を確認したみおが尋ねると、沙紀は首を横に振った。

 ただでさえ、教室であれだけ騒ぎになったのだ。今から教師と話す気力など無い。

 それに、既に教室では担任が来ているだろうし、クラスメイトが話をしているだろう。


「事情聴取みたいになりそうで嫌。今日は帰るわ。みおは教室戻れそう?」


 みおも首を横に振る。

 あの空間に戻る元気は、みおにも無い。かといって、無断欠席でもしようものなら、父親に何をされるかわからない。せっかく父親や兄からの暴力が落ち着いているので、刺激するようなことはしたくない。


 肩に掛けた学校指定の鞄のひもをぎゅっと握り、みおは悩む。


 一人で教室に戻る。家に帰る。どちらも選びたくない選択肢だ。


 沙紀はつらいことを聞いてしまったと後悔する。

 どちらか選ばなければいけないことだが、追い討ちをかけるような聞き方だったかもしれない。


みお、ごめん。嫌なこと考えさせちゃったわね。一緒に教室戻ろっか。」


 一人より二人なら、まだましだろうと、沙紀は提案する。


 面倒くさいのは面倒くさいが、この腫れた頬を教師に見せつけてやるのもいいかもしれない。

 そして、一部始終話してしまって、クラスメイトの行いの愚かさをわかってもらうのもいいかもしれない。


 みおの父親のことは教師も知っているだろうし、きっとみおや沙紀が必要以上に怒られることはないだろう。

 そもそも、まともな大人であれば、みおに関わることを恐れるだろう。


 それでも、まだ悩んでいる様子のみおを見て、れいは手を合わせて言う。


「じゃあ、うちにいらっしゃい!みんなでサボりましょ!」


 明るい声で、サボりの提案。

 みおや根が真面目な沙紀は、その提案に驚く。


「そんなことしたら、みおが何されるか……」

「大丈夫よ。先生には、うちの家族から連絡入れてもらうわ。先生って、穏やかな保護者って好きでしょ。うちの家族穏やかだし。お姉ちゃん以外は。」


 最後の一言で、みおは思わず綾華を思い出す。

 確かに、彼女は穏やかとは言い難い女性だった。

 ……ということは、彼(彼女)の両親が穏やかということだろうか。


 そして、れいの家が整形外科だったことも思い出す。先日、みおのやけどの手当てもてきぱきしてくれたので、沙紀の頬も手当てしてくれるかもしてない。


「沙紀ちゃん。桜井君のお家、整形外科だったから……」


 綺麗な顔に痕が残らないよう、早めに手当てを受けてほしい。

 教師に会わない方法で、手当てを受ける方法は、れいの家にお邪魔するのが一番だろうとみおは考えた。


 もちろん、みおや沙紀の家にも氷や保冷剤くらいはあるが、病院で手当てを受けるのとは違うだろうから。


「それならいいけど、みおって桜井君の家知ってるのね。っていうか、桜井君の家族はサボりを許すような人なの?」


 いつの間にかみおれいの関係が進展していることに戸惑いつつも、沙紀はれいに尋ねた。


 れいは一瞬悩んだが、ほぼ大丈夫だろうと結論付けた。大丈夫じゃないのは、主に穏やかでない姉のことだ。


「アタシが言うのもなんだけど、うちの両親って結構理解あるのよ。アタシをアタシのまま育てるような寛大な親だしね。」


 れいは、以前にも見せた、悲しそうな笑顔になる。


 その顔を見て、れいも今まで苦労があったのかもしれない、などとみおは考える。




 結果、満場一致で本日はサボり決定。れいの家に行くことが決定し、三人は昇降口へと向かった。



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銀葉ミモザ 六佳 @Rhodonite

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