第6話

 掃除を終えたみおが聖斗の部屋に行くと、呼び出した本人はいなかった。


 先ほど、弁当を引っ提げて帰ってきていたから、まだ父親のところだろうか。


 兄もあまり父親と長い間話すことはない。

 みおは少しの間、聖斗の部屋で待つことにした。


 以前も、聖斗が部屋にいなかったから他の用事を先にしてしまったことがある。その際は、次の日学校に行けない程度に顔を殴られた。しかも、当初の目的も同時進行された。


 それから、待つ以外の選択肢がなくなった。


 買い物に行かなければならないのに、こんなことに時間と体力を奪われるのが嫌でしょうがない。それでも後々のことを考えると逆らうわけにもいかず、みおはため息を吐きながら、ただただ兄を待った。


 数分後、部屋に入ってきたのは聖斗ではなく英斗の方だった。


 英斗が聖斗の行為を知っているかはみおにはわからない。そのため、聖斗の部屋で自分が待っているところを見られたのはまずかった。


 英斗がこのことを知らなければ、みおが勝手に聖斗の部屋に入ったことになって英斗にキレられるか、聖斗の行為が英斗に知られて聖斗にキレられるか、どちらかの可能性が高い。


 みおが何も言えずに固まっていると、英斗がふわっと微笑んだ。


「知ってるよ。動画見せてもらったから。」


 寒気と吐き気がみおの体を駆け巡る。


 今、目の前男は「動画を見た」と言った。いつの間に動画を撮られていたのだろう。しかもそれを自分の弟に見せるなど、上の兄は頭がおかしいのだろうか。


 少しも動かないまま、顔だけを青ざめさせるみおに、英斗はくすくすと笑う。


「別に僕はみおに性的興味なんかないよ。動画見たのも一回だけだし。でも、よかったね。聖斗兄さんにあんなに可愛がってもらえて。みおは愛されてるね。」


 みおは冷静になり、思い出す。


 下の兄も充分頭がおかしかった。


 英斗はいつもこうなのだ。

 みおが父親に殴られたときも、「父さんにあれだけ怒ってもらえて、みおは幸せだね」などとおかしなことを言っていた。


 英斗にとって、みおは愛されて育っているように見えるのだ。


 母の代わりに家事をこなすことを許されるなんて、愛されてる。

 殴る側の拳だって痛いのに、痣ができるまで殴って怒ってもらえて、愛されてる。

 実兄から、恋人や夫婦の間で交わす行為を求められて、愛されてる。


 そういう考え方の持ち主なのだ。

 これが嫌味ではなく、心底思っているのだから、おかしいとしか言いようがない。


 英斗は怒鳴ることや嫌味を言うことはよくあっても、殴ったりすることは少ない。その点に関しては父親や聖斗よりかましだ。


 それでも、考え方は異常であり、本人はこれでもみおを愛しているつもりなのだ。


 みおは、英斗が将来家庭を持つことがあるかと思うと、とても恐ろしく感じる。

 愛だと称して、父親や聖斗がみおにしていることを、女性の家族に強要するのではないかと想像してしまう。


「でさ、みお。聖斗は用事ができたんだって。だから『昼飯の後でな』って言ってたよ。」

「え……あ、はい……」


 英斗は用件を伝えるとさっさと出て行ってしまった。


 聖斗に用事ができたので、呼び出しは午後に延期。

 それは全くありがたくない連絡だった。午後の方が捕らわれる時間が長いではないか。

 みおにはやるべき家事がたくさんあるが、最低限炊事と洗濯をしていれば問題ない。

 つまり、炊事と洗濯の時間さえ確保できれば、その他の時間は聖斗のおもちゃになるのだ。


 みおはふらつく足で、買い物に出掛けた。


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