第4話

 れいは、悪い方の噂より、随分優しそうな印象だった。かといって、みおの中に15年間で染み付いた男性への恐怖は消えないので、謝った後はすぐに席についてしまった。


 自分の態度のせいで、そんなつもりはなくとも彼(彼女)に悲しい顔をさせてしまったこともあり、これ以上は関わらないと心に決め、みおは授業に臨んだ。






――放課後


 いつものように、みおと沙紀は一緒に下校する。

 この時間だけは、誰も気にすることなく過ごせるので、みおにとっては貴重な時間だ。

 この時間がなければ、今の生活に耐えられなくなりそうなくらいに、大切な時間である。


 他愛もない話をしていると、不意に沙紀が立ち止まる。みおもつられて立ち止まると、音楽の授業の前とは違い、彼女は優しく微笑んでいた。


「今日、みおにしては頑張ったね。」


 そう言って、沙紀は自分の目線より下にあるみおの頭を撫でる。


 きっと、音楽の授業の時のことを言っているのだろう。

 確かに、みおが男子とあんなに長く話すこと自体珍しいというより、きっと初めてだった。それに、相手のことを考えて、話をしたのだ。

 それが、男子が苦手なみおにとってどれだけ労力と勇気の要ることか、沙紀は知っている。だからこれだけ労っているのだ。


 その労いの手に他意は無い。友達として、労っているだけ。それはみおもわかっている。


 それでも、みおの心臓は少しだけ


 顔に熱が集まるのを感じて、それを悟られないよう、みおは俯いてお礼を言う。


「ありがとう、沙紀ちゃん……」


 安定した調子のみおの声を聞いて、安心したのか、沙紀の手が離れ、歩き出す気配がした。

 みおも、熱が引いた顔を上げて歩き出す。


 心臓の高鳴りも、もう収まっていた。


 これが、沙紀にも言えない、みおが普通ではない理由の


 みおが好きになるのは、決まって同性――女の子なのだ。


 こればっかりは、みおも親兄弟が原因だとは思わない。

 これはきっと、彼女が産まれたときから決まっていたのだ。なぜなら、親兄弟に苦手意識を持ち、男がダメになる前からなのだから。


 これは、誰にも言えない。


 最近は世間的にもこういうことに理解のある人が増えている。それでも、偏見や好奇の目にさらされる可能性は充分あるし、厳格な父にでも知られたらただごとではないだろう。

 だから、誰にも言えない。言ってはいけない。


――沙紀ちゃんのことも、好きなのは友達としてだから、きっと大丈夫。


 そう自分に言い聞かせて、みおは沙紀に、家族に嘘を吐きつつ、生きていく。


 男性に対する恐怖といい、自分の秘密といい、みおにとっては息苦しく、つらい世界だ。


 たまに考え込むと、何もできなくなるけれど、彼女はそれでも生きていくしかない世界に産まれてしまったのだ。


 みおは沙紀と笑いながら、帰りたくもない家への道を歩いていく。




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