第3話

 桜井れいとの出会いの翌週。

 みおはもう彼(彼女)のことは忘れかけていたのだが……


「あら、この間の……」


 選択授業音楽の時間。音楽室に行くと、れいとばったり再会してしまった。


 隣のクラスである以上、選択授業がれいと一緒になる可能性はある。しかし、れいと出会う前にも数回あった選択授業の中で、みおは彼(彼女)の存在を認識していなかった。

 男子に苦手意識がありすぎたせいで、周りを見ようとしていなかったのだ。


 みおは思わず、隣に居た沙紀を見る。


「そういえば、音楽で一緒って言うの忘れてたわ。」


 沙紀は、あまり反省した様子もなく言った。彼女に悪気が無いことがわかっているので、みおは何も言えない。そもそも、男子はどのクラスにも居るのだから、こんなことで沙紀を責めるのはお門違いだ。

 しかし、関わらないようにするって決めたばかりなのにどうしてこうなってしまったんだろう、とみおはなんだか泣きそうになる。


 先ほど、バッチリ目が合ってしまった手前、スルーするわけにもいかず、みおれいに軽く会釈する。


 この前ぶつかってしまったことも、まともに謝ったとは言い難いので、改めて謝るべきだろうか。

 もんもんと悩んでいると、れいの方からみお達に向かって歩いてきた。


 こうなると、もうみおの体は動かなくなる。何もされてないのに体中が痛くなって、怖くて、どうしたらいいかわからなくなる。

 助けを求めて沙紀の袖を掴みたいのに、それすらできない。


 それを察してか、沙紀はみおれいの間に割って入ってくる。


「何かご用?」

「いえ、用ってほどじゃないんだけどね。この間のことを謝りたくて……」


 みおからは見えない位置だったが、彼女は察した。沙紀はとても綺麗な笑みを浮かべている。目が笑ってない、綺麗な作り笑いを。

 この笑みで今まで一体何人が泣かされただろう。

 それに臆さず話しかけてくるれいに、みおは少し驚く。怖い噂がある人だから、怖いものなどないのかもしれない。


 そして、みおはふと疑問に思う。

 この間のことを謝りたいというのはどういうことだろう、桜井くんは何も悪くないのに、と。

 少しきょとんとしてしまったみおに、れいは笑って話しかける。


「アタシこんなだから、気持ち悪かったでしょ?今も気持ち悪いかもしれないけど……だから、ごめんなさいね。」


 みおはそっと沙紀の肩越しにれいの顔を見た。

 出会ったときと同じ、悲しそうな笑顔。


 れいが「自分が気持ち悪がられた」と思い、悲しい思いをしてしまっている可能性に、みおは気付く。

 もしそうならば、ぶつかってしまったことよりも、謝るべきはこちらだ。


 いつの間にか痛みが引き、体が動くようになったみおは、ぎゅっと沙紀の腕を掴んで、身を乗り出した。


「ち、違うの……桜井くんが気持ち悪いとかじゃなくて……わ、私、男の子が怖くて……だから、桜井くんは悪くなくて……その、えっと……私こそごめん、なさい……」


 最終的に自分でも何が言いたいかよくわからなくなってきたが、謝るという目的は達成された。

 本当は怖い噂もある人だから、男の子というより、れい自体が怖いというのが本音ではあるが、それは伝える必要は無いだろう。


「そうだったのね。ありがとう。」


 みおのぐちゃぐちゃな言葉を最後まで聞いたれいはにっこり微笑んだ。


 みおにとってその笑顔は、噂だったり、見た目の第一印象に比べると、随分と柔らかく見えた。


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