第2話

 みおの目の前の彼というか彼女というか……長くなるので彼(彼女)は、世間一般の人が指す男とは違う。


「ちょっと大丈夫?変なとこでも打ったのかしら?」


 見た目はけっこうワイルドだが、裏声で、女の子みたいな口調で、片手を頬にあてているという仕草も女らしい。

 こういう人のことを、世間ではオネエというんだったかな、とみおはフリーズしていた思考をやっとのことで復活させる。


 しかし、一向に反応しないみおを、彼(彼女)はしきりに心配している。


「ねえ、大丈夫?どこか打ってない……?」

「あの……だ、大丈夫です。ごめんなさ……余所見してて……」


 しかし、どんなに優しくても男は男だ。

 みおはすぐ俯いて、小さい声で謝る。


 少し間が空く。一体どうしたんだろう、気分を害してしまったのかもしれない、とみおはほんの少しだけ顔をあげる。


「気にしないで。ごめんなさいね。」


 彼(彼女)は悲しそうな笑顔を残して、学校の方向へと進み始めた。






 ――昼休み


 午後の小テストの予習をしながら、みおはふと今朝のことを思い出す。彼の、最後のあの笑顔。


「なんで悲しそうだったんだろう」

「何?何の話?」


 彼女の独り言に、前の席でスマホを触っていた女子が顔を上げて振り向く。


 彼女は藤島ふじしま沙紀さきみおの中学からの友人だ。

 沙紀は、みおとは違ってさらさらの長い黒髪で、どこでも人目を引くような美人で、おまけに背も高くスタイルがいい。見た目は完璧な女の子だ。噂によると、まだ入学1ヶ月未満でファンクラブができたとか。


 そんな彼女の側にいることを、みおはおこがましく感じることがある。


 そう、自分たちはまだ高校に入学して1ヶ月未満だ。だから今朝の彼(彼女)のことを、沙紀に聞いても知らないかもしれない。そもそも学年すらわからないのだ。

 みおはそんなことを考えながら、口を開く。


「えっと……今朝不思議な人に会ったというか……」


 不思議な人、というのも失礼な言い方かもしれないが、端的に「オネエ」と呼んでしまうのも違う気がした。


「不思議な人?オネエかな?」

「知ってるの?」


 思わぬ返しに、みおは驚きながら前のめりになる。沙紀はそんな彼女を見て、呆れたように笑う。


みおって男子に興味ないもんね」

「興味ないとかじゃなくて苦手なだけで……沙紀ちゃんは知ってるじゃない……」


 私の悩みを知ってるくせに、とみおがふてくされると、沙紀は「ごめんごめん」と適当に謝る。


 ちなみに、みおが異性を苦手としていることについて、沙紀には「家族が厳しいから」と伝えてある。詳細までは話していない。


 いや、違う。そうじゃなくて。


「オネエの人のこと知ってるの?」


 みおは改めて聞き直す。


「知ってる。彼はちょっとした有名人よ?」


 綺麗な顔で首を傾げる沙紀に、みおは「あなたもちょっとした有名人ですけどね」というツッコミはしないでおくことにした。


 そして彼女の話によれば、彼(彼女)は隣のクラスの桜井さくらいれいというらしい。


「さくらいれい……」

「そう、“れい”の字はみおと同じさんずいにゼロだよ。」


 それはまた、偶然にも、といった感じだ。


 そしてその桜井れいは、オネエとしてやはりちょっと有名とのこと。


 いかにも不良です、という見た目なのに、料理や裁縫が得意で可愛いものが好きとかなんとか……まるでオネエの鑑だ。


 その一方で、やはり見た目通り中学の頃から煙草を吸ってるとか、既に上級生と喧嘩して勝ったとか、悪い噂もちらほらと。


 後半の噂によって、みおの中で「れいは怖い人」ということで決定してしまった。

 彼女の親兄弟に代表して、男の人はやはり怖いものだ、と。


 君子危うきに近寄らず。彼(彼女)と関わることはないだろうし、関わることもやめよう。

 みおは脳内から「桜井れい」を消し去る。


「ありがと、沙紀ちゃん。私はやっぱり男の子には近付かないよ。」

「……そう。みおが初めて男子に興味持ったかと思ったんだけどな」


 そう言って、沙紀は立ち上がり、自分の席へと戻っていった。

 その顔が少し悲しそうだったことに、みおは気付かなかった。


 それでも、みおは心の中で謝った。


 ――ごめんね、沙紀ちゃん。私は沙紀ちゃんにも言えない秘密があるの。その秘密がある限り、男の子と関わることはないと思うな……


 予鈴が鳴る。もうすぐ五限目だ。みおは小テストの予習に戻った。


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