銀葉ミモザ

六佳

第1話

 季節は春。

 高台に見える高校に続く道の両端には、桜の木が並んでいる。

 その桜の木々の下を、登校中の高校生達がちらほらと歩いている。高台には高校くらいしかないので、当然と言えば当然だ。


 その高校生の中に、1人俯き、おどおどしながら歩いている少女がいる。

 小柄で、肩までのふわふわとしたくせっ毛の黒髪、ブレザーや膝下丈のスカートの上からでもわかる細い手足はまるで警戒心の強い小動物のようだ。


 彼女は梅林うめばやしみお。この春から高台の上の高校の生徒になったばかりだ。彼女には、と男子が極端に苦手なこと以外、取り立てて特徴がない。


 彼女にとっての異性は「体は大きいし、筋肉はキモいし、声は低いし、あんな怖い生き物は親兄弟以外接するのは無理」というものだ。

 その親兄弟ですら、みおにとっては怖い存在なのだ。


 彼女の父は昭和っぽい亭主関白といった感じでいつでも厳しいし、二人の兄は彼女のことをストレス発散用のおもちゃくらいにしか考えてない。

 そして、その影響で男性全般苦手になってしまったのだ。


 みおはもう高校生になったのだから、反抗期で父に文句を言ったり、兄に抵抗したりしたいと考えることもあるが、15年間で染み付いてしまった恐怖は消えない。


 みおは俯きつつも、視界の端で前を歩く男子や追い越していく男子に内心びくびくしながら、通学路を歩く。

 そんなみおの視界に桜の花びらが舞い込んできて、彼女はゆっくりと顔を上げる。上を見れば、散りかけの桜。花びらの白と葉の緑と、空の青が綺麗だ。




『綺麗ね。みお、来年も見に来ましょうね。』




 みおは、かつての母の言葉を思い出す。

 手を繋いで、どこかの公園に連れていってくれた。見上げた母は笑っていたと思うが、その顔だけがはっきりと思い出せない。

 “来年”は二度と来なかったが、母と一緒に見た満開の桜は、とても綺麗だった。

 今見ている桜は散りかけだが、みおはどちらの桜も好きだ。


 散りかけの桜からまたひとひら花びらが散っていき、みおの横を通りすぎていく。それをなんとなく目で追っていたら、前の人とぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさい!」


 みおが慌てて謝ると、ぶつかってしまった相手が振り向き、彼女はその姿に一瞬で青ざめた。


 男だ。同じ学校の制服の男子にぶつかってしまった。

 しかもすごい見た目だ。長めの茶髪は多分染めているだろうし、耳に光るシルバーはきっと校則違反のピアスで、背も高い。顔は整っているが、目つきが鋭くて怖い。

 このまま怒鳴られたりしたらどうしようとか考えてしまい、身がすくむ。


 男子が口を開こうとし、みおは恐怖で目を瞑る。


「あらあら、大丈夫かしら?」


 聞こえてきたのは、優しい声。しかし、なぜかちょっと裏声っぽい。

 誰かが心配してくれたのかと思い、みおは恐る恐る目を開け、周囲を確認する。


 周りの人はみんな、みおたちを見ている。

 声の主は周りにはいないのか。それか、まさか……とみおは目の前の男子に視線を向ける。


「ごめんなさいねえ、痛かったわよね?桜を見てて立ち止まっちゃってたのよお。」


 男子は頬に片手をあて、小首を傾げて困ったように笑っていた。

 いや、まさかだった。目の前の男子が心配してくれていた。そして、その男子が男子とは思えない仕草や口調で、自分と相対していることにみおは完全にフリーズする。


 これが、みおと彼というか彼女というか……との出会いだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る