偽物との対決

「はぁ……はぁ……」


 ボクは森の中を走る。木の根っこや茂みがあって走りにくい…でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 ペンダントの反応がどんどん強くなっていく。もう少しだ!


「見つけた! え?」


 少し開けた場所にでる。そこには女勇者さんがいた―—ボクと向きあって。


「え? ど、どういうこと?」


 女勇者さんはボクを見て明らかに動揺している。


「気を付けてください! あいつは偽物です!」


 ボクの偽物の魔術師がボクを指さしながら言う。


「違います! ボクが本物です。彼は変化の魔法でボクに変身しているんです!」

「なに言ってるだ! 君が偽物だろう! 僕が本物です!」


 ボクはそのまま攻撃にうつろうかとも考えた。だが、女勇者さんの誤解を解かないまま攻撃を仕掛けたら、さらに誤解されるかもしれない。


「まって、つまり、どっちかが本物で、どっちかが偽物なのね」

「そうです!」

「わかったわ。じゃあ、私が質問するから答えてちょうだい」


 ん? 質問? そんなことしなくても͡͡のペンダントを見れば……

 そこで彼女の顔に気付く。うん、知ってる。あの顔は間違いなくよくないことを考えている顔だ。


「そうね。ここは……愛! そうよ。愛の強さで本物か偽物かを見極める……これしかないわ!」


 はい? なにを言い出しているんだろこの人は……?

 いや、こういう状況で何をふざけているのだろう?


「わ、わかりました。僕は……」

「なに女の子みたいなこと言ってるんですか?」


 ボクは呆れたような口調で言う


「ちょ、なんてこと言うのよ。私だってそう言うのに憧れたっていいでしょ!」

「いい年してこういう状況でやる話じゃないでしょ。普段はボクを子ども扱いする癖に」

「あー! 年齢の事を言ったわね! それを言ったら、終わりでしょ! あんたが普段からもっと好きとか愛してるとか言ってくれたらこんな恥ずかしいことは言わないわよ!」


 彼女がボクに近寄ってくる。


「ちょっと! なに恥ずかしいこと言ってるんですか! そう言う言葉はもっと大事に言うべきものじゃないですか!」

「あたしはもっと気軽に言ってもらいたいの!」

「そんな恥ずかしいこと、簡単に言うなんて無理に決まってるじゃないですか!」

「恥ずかしいって、なによ!」

「なんですか!」


 ボクは彼女を見上げるようににらみつけ、彼女は見下ろすようにボクをにらみ付けてくる。


「ぐわーっ!」


「え?」

「え?」


 突然の叫び声にボクたちは横を向く。


「どうもっす」

「は、離しやがれ!」


 いつの間にか黒狼将軍がボクの偽物を取り押さえていた。ボクの偽物はローブ姿のいかにも魔術師と言った姿に戻ってもがいている。


「ほんと仲いいっすね」


 言いながら、手際よく黒狼将軍は魔術師を縛り上げる。


「ど、どこにいたんですか?」


 そう言えば、驚いてすっかり忘れてた。黒狼将軍に追ってもらっていた。


「あー、一緒にいると対応ができないかと思って隠れて追跡してたんすよ。そしたら、魔王様が来たんで驚いたっすよ」

「は、離せって……え? 魔王?」


 黒狼将軍に立たされた魔術師が変な声を出す。


「あれ? 知らなかったんすか? 万が一、ケガでもさせてたら……」

「さ、させてたら……」


 魔術師はつばを飲み込む。


「これっすよ」


 黒狼将軍が魔術師の首の部分を指でスッとなぞる。


「ひぇ!」


 魔術師はそう言うと白目を向いて気絶してしまった。


「ありゃ、ちょいと脅かしすぎたっすかね」


 黒狼将軍はニヤッと笑う。


「あんまり無茶はしないでくださいね。まあ、宝物庫に忍び込んだのは重罪ですけど」

「あー、了解っす。しっかし、魔王様は優しいっすねぇ。じゃあ、俺はこいつを連れて一足先に行くんで……あ、後、その腕、大丈夫だと思いますがお大事にっす」


 そう言うと彼は地面に出来た影の中に魔術師とともに沈み込んで消えてしまった。


「よし、これで事件も……」

「ちょっと! 大丈夫なの!」


 女勇者さんはボクの右腕をつかんで触りながら確かめる。


「いや、大丈夫ですよ。治癒の魔法は使いましたから」

「なに言ってるの、回復魔法でも治りきらないで後遺症が残ることだってあるのはわかってるでしょ。どう、指とか動く? 腕は曲げ伸ばしできる?」


 心配そうに彼女が聞いてくる。ボクは自分の指や腕を動かしてみる。特に違和感は感じない。


「うん、大丈夫みたいですね」

「よかったぁ。あんまり無理しないでよね」

「いやいや、急に走り出したのはそっちですよ?」

「だって、見捨てられなかったんだから仕方ないでしょ」


 顔よは恥ずかしそうにほっぺたをかきながら言ってくる。

 まあ、もう少し慎重に動いてもらいたいけど、そう言う性格も彼女の魅力だ。


「しっかし、それにしてもああいう作戦をとるとは思いませんでしたよ」

「え?」

「いや、本物を見極めるためにあんな事をわざと言ったんでしょ?」

「え? あの、それは……」


 彼女は言いずらそうにしている。


「え? もしかして、本気であんな恥ずかしいことを言ったんですか!?」

「恥ずかしいって何よ。大体、あんたがもっと好きとかストレートに表現してくれればいいんでしょ?」

「そんなこといたって、そっちだって好きとか言わないじゃないですか?」

「なによ。その分、こうやってスキンシップとかで表現してるでしょ」


 言いながらボクを抱きしめてくる。ボクは離れようとするがやっぱり彼女の力にはかなわない。


「もう、やめてくださいよ」

「なによ。こんな美人に抱きしめて貰ったんだからもっと喜びなさいよ」


 そう言いながら胸を押し付けてくる。顔が赤くなるのを感じる。というか、かなり恥ずかしい。


「いい加減、離してください」

「だめよ。女性の年齢の事とか言ったバツにしばらくこのままでいなさい」

「バツになるんですか?」

「少なくともあたしの気は晴れるわよ?」


 彼女は楽しそうに言う。じゃあ、仕方ないか。

 ボクはそのままの状態でいることにした。





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