決闘
「うーん……さて、そろそろお風呂に入って寝るかな」
ボクは夜の裏庭で風に当たっている。春の暖かい風が気持ちいい。
女勇者さんはすでに自分の部屋で寝ている。よっぽど楽しかったのかもしれない。
この家は丘の上にある一軒家で、ここから街を一望できる。
街の中心部からは離れているから不便は不便だ。だけど、周囲に家もないこの静けさは、他のことには代えられないと思う。
「やあ、ここにいたのか」
不意に女性の声……ボクは振り向く。
「いい夜だね。調子はどうだい?」
帰ったはずの女剣士さんがいつの間にか家の壁をもたれかかりながら立っていた。その姿は月に照らされて、思わずハッとするようなかっこいい美しさがある。
「どうか、されたんですか?」
緊張を隠しながらボクは言う。だけど別に、彼女の美しさやかっこよさに緊張しているわけじゃない。
「少し付き合ってもらいたいのだか、まわないだろう?」
彼女は壁から離れながら、凛とした声が響く。さっきまでのボクたちと話していた時とは全くの別人だ。
「拒否権はあるんですか?」
「残念ながら」
ボクは話しながらどうすればいいか考える。逃げるのは無理そうだ。彼女の手は、いつでも抜けるように剣にかかっている。
「そうですか……わかりました。どこまで行くんですか?」
「話をするにはちょうどいい場所がある。付いてきてくれ」
彼女はそう言うと歩き出す。ボクは一瞬、逃げ出そうとも考えたができなかった。
まったく隙が無い、逃げ出したら一瞬のうちに斬られるかもしれない。
ボクは距離を空けながら黙ってついて行く。
雑木林を抜けしばらく歩くと広々とした空き地に出る。ここからボクたちの家は見えない。
「さて、説明した方がいいかな?」
振り向きながら彼女は言う。静かな言い方とは反対に凄い威圧感を感じる。ボクの全身から汗が噴き出す。
「できれば、お願いします」
ボクは何とか声を絞り出す。
「うん、理由は簡単だ。君が従者として私の妹にふさわしいか試したいのでね」
彼女は剣を抜き構える。右手にはレイピア、左手には防御用のガード付きの短剣が握られている。
「えーと、話し合いで平和的に解決とかは……無理ですよね」
彼女は構えを崩さない。ボクは魔力を両手に集中させる。
彼女の言葉は嘘や冗談じゃない。彼女は本気だ。
「はっ!」
彼女が一瞬で接近し、突きを繰り出してくる。
「くっ! マジックシールド!」
ボクは左手で魔法の盾を展開し、なんとか彼女の攻撃を防ぐ。
「ファイヤーボール!」
そして、同時に右手を突き出し火球を放つ。しかし、彼女は一瞬で距離をとり回避する。
「なるほど、武器を持たないから素手か隠し武器でも使うのかと思ったら、まさか魔法を使うとは……驚きだね」
言っている内容とは反対に彼女の口調に驚きや焦りはない。
ボクは集中する。一瞬でも気は抜けない。
「ならばこちらも本気を出さなければならなようだ」
一瞬で彼女の雰囲気が変わる。全身から魔力があふれ出している。ボクの部下の四将軍に勝るとも劣らない威圧感を感じる。
魔法を使う剣士は珍しくはない―—しかし、何かがおかしい。
「せいっ!」
再び彼女が接近してくる。
「くっ、ファイヤーウォール!」
違和感を感じたボクは炎の壁を出現させ後ろに飛ぶ。
炎の壁が切り裂かれ、消滅する。そこでボクは理解する。彼女はただの剣士ではない。
魔法使いの天敵―—魔術殺し―—だ。
「ファイヤースプレッド!」
ボクは右手で無数の炎の弾丸を放ちながらさらに距離をとる。彼女はサーベルで難なく切り払う。
何とか距離をとり、一回だけ深呼吸をする。
どうする? 最上級の魔法を使えば勝てるかもしれない、だけど…
「どうしたんだい? 本気を出した方がいい。でなければケガでは済まないことになる」
彼女はボクの考えを見透かしてきたように言葉をかけてくる。
「どうしてここまでするんですか?」
「どうして? それはあの子のために決まっているだろ?」
厳しい口調で彼女は言う。そして、構えも崩さない。
「なら、真実を話してくれるというのかい? 君たちが嘘をついていることくらいはわかっている。。あの子が私に嘘をつくらいだ。話す気はないんだろう」
「それは……」
「いや、気にしないでくれ、だから私もこんな方法で気味を試しているんだ」
二人の間に強い風が吹き抜け、木々を揺らす。
「ボクが傷ついても、あなたが傷ついても彼女が悲しむだけだと思いますよ」
ボクは時間を稼ぐためにも彼女に質問する。どうにかしないと。
「ああ、かもしれない。だが、家族のためなら仕方ないさ」
この人も女勇者さんのことを本気で大切の思っているのは間違いない。なら、彼女を傷つけるわけには……
「せいっ!」
「ファイヤーボール!」
考えをまとめる暇もなく、彼女の鋭い突きが迫る。ボクは何とか反応し、左手で火球を放つ。だが、彼女の左手のガード付き短剣であっさりとはじかれてしまう。
そして、彼女の一撃がボクの目の前に迫る。
「くっ!」
ボクは目を閉じる。
女勇者さんの顔が瞼の裏に浮かぶ。ここまでか……
だが、攻撃はこない。ボクはゆっくりと目を開ける。
「え?」
そこにはゆったりとしたローブをたなびかせた、乱れた黒い髪の女性―—女勇者さんがロングソードを構えていた。
「姉さん……どういうこと?」
女勇者は低い声で言う。
「……」
女剣士さんの口調は柔らかく優しい感じだ。しかし、構えを解く気配はない。
「あたしのものに黙って手を出してただで済むと思ったの?」
「ああ、確かに傭兵団時代だと個人の所有物に手を出すと問題にはなったが、今は君も私もそんなのは関係ないだろ?」
二人の間を一触即発の空気が包み込み、月が二人を照らす。
「ふむ、あたしを姉と呼び家族ように暮らしたというのに剣を向けるというのかい?あの頃のかわいらしい君はどこに行ってしまったんだろうね?」
女剣士さんは少し芝居がかったおどけたような口調で言う。
「悪いけど……」
女勇者さんの殺気が一気に高まる。
「あんたよりもこいつの方が大事なのよ」
殺気がさらに高まる。
「ふむ、君に私を殺せるのかい?」
答えずに女勇者さんは一歩踏み込む。
「そうか、なら私も本気で相手をしなければならないな」
二人から普通ではない殺気を放たれる。このままだと、間違いなくどっちかが死ぬ……そう思った瞬間
「や、やめてください!」
ボクは女勇者さんに抱きついてしまう。
「ば、ばか! 何やってるのよ! 危ないでしょ!」
「ダメです! 家族で戦うなんて絶対にダメです!」
彼女はボクを振り払おうとするが、ボクは離そうとはしない。
そう、仲のいい家族同士で戦うなんて間違ってる。彼女にそんなことをさせるわけには絶対にいかない。
「だから、離せって言ってるでしょ! 戦いの最中なのよ!」
「ダメです! 絶対に離しません!」
ボクたちがそんなやり取りをしていると女剣士さんが突然、笑い出す。先ほどまでの殺気も嘘のように消えている。
女勇者さんからも殺気が完全に消える。
「まったく、そんな仲のいい姿を見せつられたら、心配していた私がばかみたいじゃないか」
剣をしまいながら女剣士さんはゆっくりと近づいてくる。さっきまでの威圧感が嘘のように穏やかな表情をしている。ボクは女勇者さんから離れる。
「姉さん……」
「ああ、よかった。勇者になってからは荒れていたからね。自暴自棄になって変な男にでも捕まったかと思ったんだが」
女剣士さんは女勇者さんをしっかりと抱きしめる。
「私の取り越し苦労だったようだな」
女勇者さんは涙ぐんでいる。ボクも泣きそうになっている。家族っていいよね……
「うん、勇者と魔王でどうなるかと思ったが、いいパートナーになれそうだな」
「え?」
「え?」
ボクたちは同時に間抜けな声を出してしまう。
「ななな、なにを言っているのかな? 姉さん、冗談はやめて欲しいんですけど!」
「そ、そうですよ。魔王と勇者とかなんのことですか?」
女勇者さんは女剣士さんから離れながらいい。慌ててボクも言い訳をする。
「いや、だって、落ちていた紙に魔王あての報告書とか書いてあったぞ?」
「な、なんで読めるんですか! 魔王軍だけでしか通じないはずなのに!」
「ん? 確かに魔族の文字は読めないが、古代の魔法言語は魔術殺しになる時に勉強したから当然、読めるわけだが?」
ボクは膝から崩れ落ちる。
「だから、だから言ったんだ……報告書の言語はきちんと統一してって、なのにみんな守ってくれないから……!」
「まあ、なんていうか。国が安泰なようでなによりだと思う」
女剣士さんはボクの肩に手を当ててなぐさめてくれる。この優しさがつらい。
「あの姉さん?」
「ああ、君もよかった。まさか私を殺そうとするほど本気だとはね。愛の力というのは時として信じられないことを引き起こすものだね」
「姉さん? なに言ってるの!?」
「いやいや、安心してほしい。君たちのことは誰かに言うつもりもない。まったく、あんたよりもこいつが大切なのよ、なんてセリフを言えるようになるなんて、姉として誇りに思う」
ボクが女勇者さんを見ると、彼女も膝から崩れ落ちがっくりと両手を地面についている。
「うん、これ以上は私はお邪魔だろうから帰らせてもらおう。ああ、そうだ。何かあったら相談に乗るから、遠慮なく行ってほしい。では、さらばだ」
女剣士さんはそう言うとそのまま帰ってしまった。その場にはボクたち二人が取り残される。
「あの、大丈夫ですか?」
「だめ、だと思う……」
「とりあえず帰りましょうか?」
「ああ、そうね……」
ボクたちは立ち上がると重い足を引きずりながら歩き出す。そして、家にたどり着くとお互いに会話することもなく、ボクはそのまま眠り込んでしまった。
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