楽しい夕食
「あはは、もう、姉さん。やめてよね」
「いやいや、あの時は本当に大変だったんだぞ?」
「へー、そうなんですか? 意外ですね」
「はい、そこ、余計なことは言わない」
夕食後、自宅でボクたち三人は楽しくワインを飲みながら話をしている。まあ、ボクはジュースなんだけど。
女剣士さんは最初は話にくいかと思ったけど、実際は気さくないい人で、ボクはすぐに気に入ってしまった。
女勇者さんが長く付き合っているのもよくわかる。
「えっと、お二人の出会いの事とか聞いてもよろしいですか?」
ボクは前々から疑問に思っていたことを聞いてみる。そう言えば、昔のことはあんまり話したことがなかった。
「え? あー、そんなに難しい話じゃないのよ。あたしは15の時に親と死に別れてね。それで傭兵団に入ったのよ。その時に同じ年齢だけど、あたしよりも少し先に入ってた姉さんと知り合たってわけ」
「え? ご両親はなくなってたんですか?」
「あ、そうか。まだ、その辺の事とか話してなかったわよね。あ、別に隠してたわけじゃないからね?」
女勇者さんはそう言いながら、ほほを指でかく。
気にならないと言ったら嘘になるけど、彼女は嘘を言うような人じゃないのはわかってる。
「ああ、私も両親を失って入団したからな。他人とは思えなかったし、年齢も近かったからよく一緒に行動してたんだ」
ワインを飲みながら女剣士さん言う。一つ一つの動作がお芝居の役者さんみたいに優雅で華麗だ。
「あ、ほら、口のところ、料理が付いてるわよ」
「え?」
女勇者さんは呆れたような口調でボクの口の横に付いていた料理を指でとる。そして、それをそのまま食べてしまった。
「もう、仕方ないわね。子供なんだから」
「あ、その……」
「なによ、子どもっぽいって言われたのが気になるの?」
いや、子どもっぽいって言われたことも確かに気にはなるけど、それよりもそういうことをされちゃうともっと困ったことが。
「ふーん……君たちはずいぶんと仲がいいんだね」
予想通り、ボクたちのやり取りを聞いていた女剣士さんが、不審そうな声で聞いてくる。
「そ、そう? このくらい普通じゃない?」
女勇者さんは明らかに動揺している。うん、ボクもバレないように少し自分の行動や言葉に気を付けないと。
「そう言えば、彼はどういう人なんだい? 出会いの事とかそろそろ話してもらってもいいとおもうんだけど?」
「え? あー、それは……」
女剣士さんに聞かれて女勇者さんは口ごもってしまう。
「ああ、それはボクを助けてくれたのがきっかけなんですよ。そして、この街で暮らすということで従者として働かせていただくことになったんです」
「そ、そうなのよ!」
細心の注意を払いながらボクは嘘をつく。女勇者さんも話を合わせてくれる。
「いやいや、あの時は大変だったのよ? でも、本当に彼は働き者でいい人なんだから」
「そうか。ずいぶんと彼を信頼しているんだね。まあ、この部屋を見ればそれはわかるけどね」
「え、そうですか?」
ボクは思わず聞いてしまう。部屋には変なところはないはずだけど。
「それはそうだろ。この部屋の家具は、一流品とまではいかないが、落ち着いた雰囲気のかなりいいものが揃えられている。そして、この子はこう見えてもかわいらしい雰囲気のものが好きでね。そうなると、この家の家具は君にすべてを任せたということだろう?」
女勇者剣士さんはボクの方をしっかりと見つめる。
ボクの予想以上に女剣士さんは鋭かった。冷や汗がとまらない。だけど、ボクは無理やり笑顔で答える。
「いや、家具は備え付けのものなので。買い替えることも提案したのですが、お嬢様はこのままでいいということでしたので」
一瞬の沈黙……
「もう! 姉さん! そんな事よりももっと飲んで、飲んで」
女勇者さんは女剣士さんのグラスにワインを注ぎながら言う。
「ふっ、いやいや、すまない。一緒に住んでいるならどんな男性か気になってね」
そう言いながら女剣士さんはワインを飲み干す。そして、立ち上がる。
「さて、今日はごちそうさま。こんなに歓迎してくれるとは思わなかった。ありがとう」
「え? もう帰っちゃうの?」
「ああ、こんな時間だからね?」
女剣士さんは出口に向かう。
「あの、姉さん。また会える?」
「ああ、しばらくはこの町に滞在する予定だからね」
「そうなの、あっ、じゃあ!」
そう言いながら女勇者さんは近づくが、酔っているせいか倒れかけて近くの棚にぶつかってしまう。そして、棚から紙が散らばってしまう。
まずい! 隠しておいた魔王軍に関する報告書だ!
「おやおや、大丈夫かい?」
「ええ、ごめんなさい」
女剣士さんが女勇者さんを助けているうちにボクは慌てて書類をかき集めると棚に戻す。
危なかった。内容は読んでも理解はできないとは思うけど、注意するに越したことはない。
「ん、なんだこれは」
「あ!」
拾い忘れた書類を女剣士さんが拾い上げて内容を見ている。ボクは慌てて彼女から書類を奪ってしまう。
「す、すいません! あの、これはかなりプライベートなものでして……」
「ああ、そうか。いや、それはすまない……だが」
さっきまで笑顔だった女剣士さんの顔が急に真剣なものになる。ボクは緊張し身構える。
「主人の身よりも優先すべきことではないと思うが、どうかい?」
「あ、はい、すみません。お嬢様もお怪我はありませんか?」
ボクは慌てて女勇者さんを見る。
「ああ、大丈夫よ。ありがとう」
そう言いながら、ほほ笑む。確かに、彼女がケガをしている様子はない。
「さて、では、今度こそ帰るとしよう。では、また」
「あ、じゃあ、姉さん。そこまで送るわ」
「ああ、ありがとう。では、行こうか」
そう言うと女剣士さんはボクに別れの挨拶を済ませる。そして、女勇者さんと二人で出て行ってしまった。
「はぁ~……危なかった……」
ボクは椅子に座り込んでしまう。そして、テーブルのジュースを一気に飲み干す。
緊張感でかなり疲れた。女剣士さんに関しては何か対策が必要かもしれない。
「まあ、いいや。とりあえず、明日ゆっくりと考えよう」
ボクは手にした書類を棚にしまうと、テーブルを片付け始めた。
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