第6話

『どうなのトルマス? 御義父様おとうさまとの話し合いは順調かしら』

「感触は良くないね。分かっていたことだけれど。意固地なのは昔からだ」

『コアテック撤退の件はもう打ち明けたんでしょうね。隠していても仕方ないわよ』

「君の言う通りにしたさ。でも本当に良かったのかな。未発表情報をリークしたりして」

『構うもんですか。どうせ期間中の会話記録は残さない約束なんだから。そんなことより』


 ミサオが目つきを鋭くした。僕はこの、彼女の凜とした表情にめっぽう弱い。


『御義父様には、私たちが強いられた家族計画への制限のことも説明して頂戴ね』

「ああ。父さんも、自分が息子夫婦の枷になっていると知ればきっと考えを改めてくれるだろう」

『急かしてごめんなさいトルマス。でもどうかお願いね。私、一刻も早くネヲをこの手で抱きしめたいの』

「僕もそうさ。必ず説得してみせるよ。朗報を待っていてくれ。じゃあね」


 愛してるよと言い添えて通信を終えた。そんな僕のことを、父さんが対面のソファから怪訝そうに見ていた。


「どうしたトルマス。私の話を聞いていたか?」

『ごめん、ミサオから急に通信が入ったんだ。でもちゃんと聞いてたよ。人間らしい生き方の定義についてだったね』

「定義? 何だそれは。そんなややこしげなことを言いたいわけじゃない」


 父さんがもどかしそうに白い眉をひそめた。両手を大きく広げて周囲を示した。


「この屋敷で命をまっとうしたいと、私はそう訴えてるんだ。それだけだ。ここが私の死に場所だ。海の底なんかじゃない」

『だから、何度言ったら分かるんだい父さん。そうさせてあげるったら。

「そっちこそ何度言わせるつもりだ。私が何も知らないとでも思っているのか」


 父さんはたいへんな剣幕でこちらを指差した。唾を飛ばして怒鳴った。


「生体維持装置に繋がれて得体の知れない溶液の中に浮かぶことのどこが自由だ!」

『自由だよ』


 僕は断言してみせた。


『施設からの電気刺激を通して見るこの世界は、自由そのものだ。父さんは肉体というものに囚われ過ぎてる。こだわり過ぎてる。そういう所が旧弊きゅうへいだと言うんだよ』


 下手にアンドロイドサービスなんか受ける余裕があるとこれだから。

 古い習慣に雁字搦がんじがらめにされたまま、時代の要請というものをてんから無視して恥じることもないと来てる。

 我が父のことながら僕はつくづく呆れてしまった。すっかり飼い慣らしたつもりだった反発心がまた頭をもたげてきた。

 嫌というほどはっきり思い出した。父さんのこうした頑迷がんめいな態度がうとましいあまりに、当時十代半ばだった僕は屋敷を飛び出し、伝手つてを頼って海底施設に身をゆだねたのだった。

 病気で早くに母さんを亡くした。きょうだいも無かった。僕には父さんしかいなかった。反発なんか本当はしたくなかった。開明的で進歩的な、尊敬できる父さんであってほしかった。それなのに――。


『現実的に考えよう父さん』


 僕はつとめて冷静に訴えた。


『海の底で省スペースと省エネルギーを追求する以外、もう僕たちに繁栄を続ける方法は無いんだ。そうだろう? 人も物も、何もかも、可能な限り動かさないようにして』

「ホルマリン漬けの標本もどきに成り下がって脳波を操作され続けることが繁栄か」

『全人類が海底施設の管理下に置かれた暁にはきっとそう定義されるよ』

「トルマス、お前たちはもう人間じゃない。単なる脳の奴隷だ」

『待った。この世に脳の奴隷じゃない人間がいるのかい?』


 いるはずがない。人間じゃないなんて言葉が飛び出すなんてどうかしている。

 そもそも、どうして父さんは脳の奴隷であることを肯定的に捉えようとしないのだろう。

 電気刺激一つでどんな『現実』でも手に入る世界をここまで拒絶する理由が僕にはまったく分からない。

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