第5話
目を血走らせた父さんは骨張った両手で端末を掴み、壊れんばかりに揺さぶった。
「アクセス拒否とは何だ。トリンティのオーナーは私だぞ。利用者に対して取って良い態度かそれが。え? 訴えられたいのか!」
『その不親切な画面表示ひとつ取ってみても、こちらがどれだけ強硬姿勢かってことは分かってもらえそうなものだけれどね、父さん』
「横暴だ。こんな……、こんな弱い者いじめがあり得て良いのか」
よっぽど悔しいらしい、
『止めてもらいたいな、被害者みたいな顔をするのは。皆、父さんのことを心配しているんだよ? 行政もコアテックも、僕もミサオも』
「ミサオ」
『妻さ。籍を入れたんだ。メールで報せたと思うけど』
「知るか。お前から届くメールなんぞ、ここしばらくは開けとらん」
父さんは脱力した様子で立ち上がり、よろよろと窓辺に近寄った。
哀愁漂う、とはこのような背中を指して言うのだろう。見渡す限りの海と青空に虚しさばかり感じている様子だ。
「余生を地上で暮らして何が悪い」
ややあって、父さんは弱々しい声でそう呟いた。
「海底移住を選ばなかった者たちのコミュニティを知っているか? 在籍者は減っている。大抵は私と同じ高齢者だからな。全滅は遠くない。私たち古い人間を、どうかそっとしておいてくれないか」
『在籍者の減少。そうだね。そのことも、僕が今回のアクセスに踏み切った理由の一つだった』
「どういう意味だ」
父さんが振り向いた。
「はっきりと、分かるように言えトルマス」
『コアテックが地上生活者向け介助事業からの撤退を検討し始めたんだよ』
「……なるほどな。サービス終了か。私たちはとうとう切り捨てられるわけだ」
『このペースでアンドロイド利用者が減り続けると、事業継続のために必要な経費が回収できなくなるってさ』
新規の顧客が獲得できる見込みは無い。何といっても地上には人が少ない。コアテックと契約してアンドロイドを所有できるほどの金満家となるといよいよ少ない。やがて訪れることが分かりきっていた問題だった。
『だから、この機会に海へ還ろう。父さんを一人になんてできないよ。認知症がどうこう以前に、どうせトリンティがいないとまともな生活なんてできないだろう?』
「……いや、いないならいないで構わん。何とかしてみせる。トルマス分かってくれ。私は人間らしく生きたいだけなんだ」
またそれだ、と僕は思った。人間らしく生きたい。
メールで説得を試みてきたこの数年来、僕と父さんとを隔てたまま、厚い壁のようにぴくりとも動かない言葉。
僕が面と向かって言い返そうとしたときだった。視界の端に小さなパネルが開いて、ミサオの整った顔が鮮やかに表示された。
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