12. その晩も、

 その晩も、 2人で食事を済ませた後、ゆっくりと温泉に浸かって、体を温めた。1人にするのが心配と言う、今日子さんと、また一緒に夜を過ごした。



 「もしかして、私の事が、りょう君の心の重みに成ってるのかな?」


 「それは、僕の心の問題で、、、こうする事を望みながらも、深層心理では、自分を否定してるのかも。でもそれは、深層心理の事で、、、


 別の女性と寝る僕の事を知りながらも、僕の事を求め続ける彼女らは我侭で自分勝手で、そんな彼女らを知りながら、今こうしてる僕も、自己中で、傲慢なんだ。


 だから、あんな風に発作が起こるのかも、心と体が別々の事をしてるって、警告なのかも。 この状況、やっぱり、いくら Sex しないからと言っても、僕と今日子さんが、こんな風に裸で寝てるなんて、ある意味で、不自然だ。」


 今日子さんは、僕の左手をさすりながら

「でも、許しあってるとも言えるけど、、、そう、この手が、あのギターを弾いてたんだ。そして、私の心もさわった。 不自然でもいい。 今、貴方は私の腕の中にいる。もし貴方が、他の子と関係を持っても、私も許すかも、、、なんか Sex なんて、どうでもいいって感じ。 でもそれって、やっぱし、私も傲慢なのかな?」と聞く。


 「わからない、人を愛するという事自体が、傲慢な感情なのかなって、思う時も有るし、、、」


 「もう、寝なさい。」と言って、僕の頭を、彼女の温かい胸に引き寄せて、


 「私の鼓動を数えながら、眠りなさい」と優しい柔らかな声で言う。


 しばらくして、彼女は小さな声で、

「さっき、りょう君の心臓、とても早かった。100回以上だったかな、早すぎて数えられなかった。でも、やっと落ち着いたみたい、、、良かった。 

 

 りょう、 もっと、もっと、力を抜いて、意識の奥の泉の底の中に深く、深く、沈みなさい。 そして、ゆっくり休んで、私が、貴方の側に、いててあげる。私が、ちゃんと見ててあげる。」とささやく。


 「なんか、ラジオドラマの台詞みたいですね。」


 「私、ラジオ大好きよ。」


 「僕もです、、、そのまま話してて下さい。」



 彼女の優しい声と暖かい胸に包まれながら、眠りの中に少しずつ、落ちて行くのを薄っすらと感じながら、眠りについた。



 翌朝、今日子さんはアパートに戻り、別の服に着替えて来ると言い、僕は健二さん達を避ける為、7時半を過ぎてから部屋に戻りシャツを着替え、顔を洗ってフロントに出た。 その朝、三沢さんは、時間どうりにデスクに入った。


 「りょう君、凄かったよ、昨日。ジャズとかブルースとか好きな奥さんが大喜び。君位にギターが弾けたら、もてるんだろうね?」


 「三沢さんこそ、あんなに、若くて美人の奥さん、どうやって、ひっかけたんですか? 今度教えて下さよ、その秘密。」



 1時間もしないうちに今日子さんは戻ってきた。 スリットの入った、タイトなスカートに、白い開襟シャツ。髪をピンで留め、右の耳を出している。


 「おはよう、りょう君、昨日はお疲れ様。」としらじらしく言う。


 「おはよう御座います、谷口さん。」


 そして、

「とてもセクシーですよ。」と小さな声で彼女の耳もとでささやくと、


 「それは良かったわね、りょう君。じゃあ今日こそ、2人でお昼、逃げないでね。」と言って事務室に向った。


 三沢さんは、

「りょう君、あんなに誘ってるんだから、昼飯ぐらい、付き合ってやれよ。可哀そうじゃない。」と言うので、


「三沢さんが、そこまで言うなら、」と答える。



 朝の仕事がおちつく、11時頃、今日子さんが、またデスクに来て、うろうろしている。


 「何してるんですか?こんな所で油売ってて、いいんですか?」


 「今日の私の仕事は、もう済ませまたし。それに、そろそろ、来るんじゃないの、順子ちゃん?」


 それを聞いた三沢さんは、

「りょう君と歌った可愛いらしい子?」とチラッと今日子さんの顔を見ながら聞く。


 すると、今日子さんは、

「思い出の写真撮影だって。」と拗ねた声。


 突然、女の子の、キャッキャッとした話し声が聞こえてくる。


 「嘘?」


 「本当だって、私、見たもん。」


 「じゃあ、順子、直接聞きなよ!」


 「そんなの、できないよ。それに、たとえ、そうだとしても、私の出る幕じゃないし。」と言い合いながら、順子ちゃん達がやって来た。



 緊張しているのか、なかなか話し出さない順子ちゃんを見て、恵子ちゃんが、

「昨日は、どうも有り難う御座いました。私達と演奏までして頂いて。」と礼を言う。


 「いいえ、こちらこそ。それと、ため口でいいよ、同い年だし。」と答え、


 「三沢さん、ちょっと5分程時間を下さい。ここじゃ、なんだし、外でこの子達と写真撮って来ますので。」と声をかけて外に出る。


 外に出ても、順子ちゃんはまだもじもじと、

「また、ネクタイとか外してくれますか?」と力なく言う。


 「別にいいけど、なんか、昨日と感じが違うね、どうしたの?」


 すると、恵子ちゃんが、

「順子、昨日から舞い上がってて、というか、緊張しすぎっていうか、、、」と何かを隠すように言う。


 僕は、ネクタイを外して、シャツをズボンから出し、髪を少し手で散らかしながら、

「それで、急がして、悪いんだけど、俺、まだ仕事中だから、あまり時間かかるとまずいんだよね。」と言うと、


 また恵子ちゃんが、

「順子、りょうさんに悪いでしょ、早く、もう撮るよ、ポーズとって。」と急かす。


 それを見ていた今日子さんが、苦笑する様に、

「少し位いいわよ。後2時間位、何もする事ないでしょう。それより、りょう君、もう少し笑ったら、腕くらい組んであげなさいよ。」


 「いや、俺は、、、いいけど、彼女の方が、」


 すると、順子ちゃんは、

「お願いします。」と紅潮しながら小さな声で言う。



 僕と順子ちゃんの写真を撮った恵子ちゃんは、今日子さんにカメラを渡し、グループ撮影。


 写真撮影が終わった後、今日子さんは、

「5時頃、自由になる時間ある、順子さん?」


 「6時半まで自由行動ですけど。」


 「じゃあさー、4時半位に会えないかな、あなたと、りょう君と3人だけで話せたらなと思って。それに、渡したい物もあるし。」と今日子さんは、僕と順子ちゃんの顔を見ながら聞き、


 「いいよね、りょう君も?」と言い足す。


 順子ちゃんは、当惑したような声で、

「はい、じゃあ、時間に成ったら、フロントに行きます。りょう、写真、、、有難う。」と言い、走って行ってしまった。


 「俺、だって、、、私には何時も、僕なのに。何か偉そう。」


 「そうだっけ?ところで、話って?」


 「彼女、貴方の事、よく知ってるみたいだし、貴方の事をもっと知れたらいいなと思って。それに、貴方の反応も見たいし。でも彼女、昨日と感じが何か違うわね。」


 「そうですよね、なんか元気がないっていうか、、、ところで、俺は隠し事なんて、してないですよ。」


 「そう? じゃぁ、気にしないで。それと、今始めて私に、俺って言った。」


 「え、そうですか?」


 「そうよ、でも、まぁいいわ。ところで、昨日の録音したテープ、まだ、ログハウスよね?」


 「バックパックに入れておきましたけど。」


 「じゃあ、私、取りに行って来るわ。ギターもついでに持ってくる。鍵まだ持ってる?」と聞く彼女に、僕はログハウスの鍵を手渡した。



 僕は、フロントに戻り、三沢さんに休憩を取っもらう。


 1人、フロントで行きかう女子高生や、他のゲストを見ながら

「一体、何やってんだ、俺?」とつぶやいた。


 何時までも、痛みや悲しみの中をさ迷い、全然成長できない。自分の周りの女の人達に、優しげだが、チンプな言葉で話し、実は、自分が傷つかないように護ってる。甘えながらも距離を置き、彼女たちを自分の心の中には、1歩も入れさせない。彼女達を切望しながら拒絶してる。


 最低だ。



 その日のシフトも問題なく終わる頃、副社長が、

「昨日は、どうも有難う。学校の方々も、他のゲストも、大喜びでした。それと、私は、明日から1週間程休みを取りますので、ここの前立ちは、君に任せます。よろしくお願いしますね。」と言った。



 シフトがはねた後、部屋に戻ると、健二さんが、

「久しぶりだね、りょうちゃん、君は何処で寝泊りしてるのかな? まぁ、どうでもいいけど。 それとさぁ、もう、女共は君の噂話ばっかりでさぁ、プロのギターリストだとか、可愛いとかさぁ。徹は徹で、何か変に熱が入ちゃって、今夜の飲み会で絶対、彼女作るって。何か俺の居場所ないよ。居ずらいから、何とかしてよ。」と言う。


 「でも、健二さん、飲み会なんんて行かないでしょ?」


 「マジ、可愛くないね、お前。 何で、そんな事わかるの?」


 「わかりますよ、お互い、自己中で自分勝手だから。夕飯食べましょうよ、今晩。待ってますから。」


 そのように、健二さんと話しをしていると、ノックの音がして、

「りょう君、いる?」と今日子さんの声。


 「はい、もう時間ですか?」


 「少し早いんだけど、順子ちゃん来ちゃったから、事務室に来てくれる?」という声が返ってきた。


 「わかりました、すぐ行きます。」と答え、普段着に着替えていると、


 健二さんが、

「また職員室、今度は何をしたの? もてる男は、辛いね」と何時もの様にからかうので、


 「進路指導です。」と笑いながら答える。



 事務室では、制服姿の順子ちゃんがソファーに座っていた。もし、ここに仕事着の自分が入ると、本当に学校の応接室に呼び出された、生徒みたいだな と思った。


 今日子さんは、ニコヤカな声で、

「ケーキ買ってきたから、紅茶、淹れるわね。」と言い、それをテーブルに用意して、


 「どうぞ、順子ちゃん、好きなのとって。」と勧めると、彼女は、苺のケーキを選んだ。


 「りょう君はどっちがいい?」


 すると順子ちゃんが、

「りょうは、モンブランしか食べないです。」と小さな声で言うので、


 僕は、唖然として、

「なんで、そんな事、知ってるの?」と聞いた。


 ファンクラブの通報の中に、メンバー個人のコーナーが有って、そこに質問をしたり、答えたりする欄があり、写真やテープの交換なども行われていると答える。


 そして、順子ちゃんは、

「昨日は、簡単に否定されちゃったど、今日子さん、本当はりょうとどうゆう関係なんですか?」と当惑の声で聞き、


 「昨日の晩、あの後、恵子、りょうの写真を盗み撮りするために戻った。そこで、あなたが、りょうに膝枕してるのを見たって。でも、あそこは、あの2人だけに許された場所だから、あなたがそこにいたのは、変だし、良くないと思う。


  だってあの2人は、りょうを共有する事を認め合っいる特別な女の人だから。 りょうは誰にも独占できないの。みんなで守るの。私たち皆の彼氏なの。 だから、りょうを1人で独占するなんて、絶対、誰にも許された事じゃない。じゃないと、私達の居場所が無くなっちゃう。」と涙声に成って言う。


 僕は、なんでこんな風に、見も知らずの女子高生と、三角関係見たいな会話をしなきゃいけないのかと思いながら、

「あの2人って、誰の事?」と聞いた。


 順子ちゃんは、ペンネーム、永遠の片思いさんが、りょうの個人的な情報を、細かく投稿してて、写真も交換したりしていると、うつむいたまま、涙声で答え、写真のアルバムを、僕と今日子さんに渡しす。


 そのアルバムを見た今日子さんは、

「こんな写真、アイドルなみじゃない、と言うより、ストーカーじゃない。」とビックリしたように言う。



 そこには、ライブ会場の写真だけじゃなく、スタジオでのリハーサル、アミやエンジェルに介抱されてるいる写真、公園の滑り台に座って煙草をふかしてる写真、道端でビールを飲んでる写真などが、数々集められていた。


 僕は、写真の中のアミとエンジェルを指差しながら、

「特別な女の人って、この2人の事?」と聞くと、


 順子ちゃんは、

「そうです。」と言って、またうつむいてしまった。


 僕は、今日子さんに、短い髪で派手に着飾ってるのがアミ、長い髪で化粧気が無いのがエンジェルだと言うと、


 「そう、この2人は何時もりょうの側にいる。私が見たライブの時も。あの日、ライブが終わった後、会場の外で、崩れ落ちそうなりょうを、この髪の長い女の人が、りょうを抱きかかえながら、髪の短い子を呼んだの。


 すると、その子はすぐさま走り寄ってきて、りょうを2人で抱かかえながら床に座り、りょうの頭をその髪の短い子の膝に置いて、2人でりょうの胸に手を当て、頭や額をなでていた。15分位そうしてたかな。

 

 そして、その髪の長い人が周りに集まる人達に、りょうはもう大丈夫だから、後は、アミに任せて帰りましょうと言って、私達を追い返した。


 その日から、私は、りょうを探し始めた。あんなにも、優しくて美しい、2人の女性が見守ってる、りょうの事を。

 

 ファンクラブに入り、手当たり次第に手紙を出して、在るだけのテープと、りょうの情報、それと写真も集めた。そして、私が集めた多くの写真に、この2人が写っている。」と言う。


 そして順子ちゃんは、

「笑顔のりょうが写ってるのは、これだけ。」と言って、1枚の写真をアルバムから抜き出した。


 それには、中学の制服姿の僕と、高校の制服姿のアキが、写っていた。


 何でこんな写真まで、見知らぬ女子高生が持っているのか、全然訳がわからなかった。


 その写真を見ながら、今日子さんは、

「この人って、もしかして、、、」ととても驚いた様に聞く。


 「アキさんです。」



 沈黙の中、もう1度アルバムを見ていて、1枚の写真を見つけ、それでなんとなく、つじつまが合った。


 それは、Stepping の初ライブを見に来た、水泳部の同期の友達と、2人の後輩の女の子と僕が、4人で写ってる写真だった。


 その写真を順子ちゃんに見せ、


 「この女の子達、知ってる?」


 「永遠の片思いさん、だと思います。」


 僕は、その写真を指差しながら、

「この子はマキで、この子はサチコ、俺の水泳部の後輩。そして、サチはアキの妹。 確かに、サチとマキは、ライブによく来てたけど、、、普通、こんな事する? ましてや、こんな個人的な事まで公開する?」と僕は確実に気分を害している。


 順子ちゃんは小さな声で、

「すみません、でもアキの部屋が、りょうの彼女の曲だと知って、どうしてもアキさんの事知りたくて、顔を見てみたくて、ファンクラブに手紙をだしたら、誰にも見せないでねと言うメモと一緒に、このアキさんの写真が送られてきたんです。」


 「私も、アキさんみたいに、1人の男の人から、いつまでも愛されたい。いつまでも、想ってもらいたいって、そんな恋愛関係に憧れてたら、そしたら、りょうを愛してる、りょうから、愛されたいに、変わっちゃって。


 でも、昨日、りょうと一緒に歌った時、感じた。やっぱり、りょうは、アキさんの事ばっかり。 私は、あの2人みたいには成れないし、ましてや、アキさんの代りになんか、絶対むり。 彼女達には勝てない。りょうは、憧れの人のままでいい。 御免なさい、もう、お手上げ、降参した。


 少し残念だけど、あーあ、なんとなく、これでせいせいした、、、落ち着いた。」と最後は、昨日の様な雰囲気でハキハキと言った。


 その言葉を聞いた今日子さんは、

「どうすんの、りょう君?順子ちゃんに怒っても仕方ないと思うけど?」と不機嫌そうな顔をしてる僕をつめる。


 「別に、順子ちゃんに怒ってる訳じゃないんだ。けど、わかって欲しい事がある。 僕は、1人の人間で、アイドル、虚像って意味で言ってんだけど、アイドルじゃないんだ。でね、君が見てるりょうは、たぶん君自身が作り出した、アイドルなんだと思う。 だから、君が本当の僕を知ったら、たぶん、幻滅するよ。それ位に、僕は、自分勝手で、傲慢で、弱い。


 何時もアキの事を考えてるわけじゃないけど、ちょっとした、なんでもない事が引き金になって、アキの事を想い出したり、アキと比較したりする。


 そんな自分を変えたいとは、思ってるけど、なかなか、そういかなくてね。自分の好みのタイプの女性は、アキに似てたりしてて、やっぱり、アキを探してる。失礼だよね。」と言って、チラッと今日子さんの方を見る。

 

 「私だったら、そんなの気にしないかも、仕方ないじゃない、貴方の過去がなければ、今の貴方もいないのよ。それに、そんなに簡単に忘れられるのなら、既に忘れてるわ。」


 「私は、無理。私の事だけを見てって強要しちゃう。でも、だから今日子さんなんですね、やっぱり。」


 すると、今日子さんは、あわてた様に

「えっ、何言ってるの順子ちゃん、りょう君は、全然だめよ、年も離れてるし。」と誤魔化すが、


 「もう、隠さなくてもいいです、2人は、ラブーラブなんだから。たぶん、りょうには、彼の全てを受け容れられる、大人の女性が必要なんだと思う。 それに、今日子さんがりょうを見る目、やっぱり、女の目です。私も女だから、わかります。

 

 羨ましいけど。 私はまだまだ幼稚だから、もっと、成長しないと! でも、りょう、本当に有難う、これからも、もっといっぱい、良い曲書いてね。」と笑顔で言った。



 既に、6時15分を過ぎていた。


 今日子さんは順子ちゃんに、

「わざわざ、時間を割いてくれて有難う。でも、そろそろ時間じゃないかしら。自由行動の時間終っちゃう。あとこれ、昨日の録音テープなんだけど、こっちが、オリジナルで、こっちがコピー。オリジナルの方が音が少し良いかも。」と言って、テープを手渡すと、


 「有難う御座います。このテープ、大切にします、私の宝物に。それと、失礼な事言って、すみませんでした。感情が先走っちゃって。りょうも、有難う。」と言って席を立ち、右手を出して握手を求めるので、


 その手をそっと握り、

「いい人に出会えるといいね。」と出来るだけの優しそうな声で言うと、


 「頑張ります。今日子さん、りょうは、あなたに心を開きますよ、頑張ってください。」と言い、今日子さんの耳元で何かをつぶやき、部屋を出て行った。


 僕と今日子さんは廊下に出て、順子ちゃんを見送ったが、彼女は、1度も振り返らなかった。



 事務室に戻り、

「順子ちゃん、何んだって?」と聞いたが、


 「さぁ、何かしら? りょう君、今からどうするの?」と聞き返すが、


 それには答えず、

「ここで煙草、吸ってもいいですか?」と聞く。


 「いいわよ、私も1本ちょうだい、でもりょう君まだ17よね。酒も煙草も、まだだめよね。」と微笑しながら言うので、


 ショトピースを手渡しながら、

「年なんて気にするんですか、今日子さん? ところでこれきついですよ。本当に吸うんですか?」と聞くと、


 「本当に吸うの、たまにね。」と答え、灰皿をテーブルに置き、僕の横に座るので、彼女の煙草に火を点てから、自分のにも火を点けて、それを深く吸い込んだ。


 彼女は、その煙草の青い煙を見ながら、

「何か、可哀そうな事、しちゃったかな?」


 「さぁ、どうかな。でも踏ん切りが付いたんじゃないかな。いつまでも偶像なんか追いかけ続けても、しかたないでしょう。 でも、何か変な感じ。自分の事で色んな事が起こっているのに、自分だけがそれを知らないなんて。しかも、あんなファンがいる。俺なんて他のメンバーに比べたら、まだまだなのにな。」と言って、アンプの事を思い出す。


 「ところで、アンプを買おうと思ってるんだけど、ここに送ってもらっていいかな?」


 「いいわよ、もちろん、必要なんでしょ?それに、叔父さんも、ログハウス使っていいって言ってたし。私も、もっと聞きたいし。 それと、自分は、まだまだだって言ったけど、私はとてもいいと思う。貴方の喜びや悲しみがよく伝わってきて。私も少し涙したもの。それにギターを弾いてる時の貴方の表情、とてもセクシーで好いわ。女の子のファンがいるの、よくわ分かる。女泣かせよね。」と言って、 僕に寄りかかり頭を肩にのせて、しばらく黙っていたが、


 「順子ちゃんが、私はアキさんに似てるって、、、それに、りょう君も前、そんなような事言ってたけど、、、そうなの?」


 「外見だけじゃなくて、全体の雰囲気とゆうか、確かに似てる。でもそれ以前に、僕は普通の男だから、タイプな女性がいれば、その人を見てたり、ヤッパリ考えてたりする。見たい人は見たいし、抱きたい人は抱きたい。 


 でも、本当に気に成る人は抱けない。怖いんだと思う。 出会いがあれば、別れがあるわけで、いずれその別れの悲しみを感じながら、生き続けなきゃいけなく成るわけで、だから、貴女をちゃんと抱きしめられないし、アミも抱けなかった。」


 すると、彼女は寄りかっていた身体を起こし、

「私は、ある意味でドライだから、あまり自分の過去も他人の過去も気にならない。この瞬間が1番大切だから、先の事もあまり気にしないし、考えない。」と言って、僕を軽く押す。


 そして、ソファーに横に成った僕の胸に、その横顔を当て、

「愛して欲しい、、、なんて言わない、ただこうしていたいだけ。」とその小さな体を震わせながら、悲しそうに呟いた。


  僕は、彼女の小さな体に両腕をまわし、軽く抱きしめて、

「ごめん、今日子、、、」と言い、彼女の頭にキスをすると、


 「私がこうしたいから、こうしてるだけ、謝る事なんてない。 りょうには、もっと自然体でいて欲しい。」



 しばらくの間、彼女が僕の上に寝転ぶかたちでソファーに横に成っていた。壁の時計のカチカチという音と、トクントクンと打つ心臓の音が大きく響く。


 「ねぇ、りょう君、今、何考えてる?」


 「幸せな時間と平和な世界。」


 「何それ? 私はてっきり、暖かいとか、胸を感じるとか、身体の事、言うと思ったのに、、、」


 「もちろん、感じてるよ、今日子の身体全てを。今僕は、とても落ち着いてて、とても幸せな感じなんだ。だから、世界中の人が、この感じに成れれば、世界はもっと平和に成れるんじゃないかなって。

 

 ここの生活って、なんか運命共同体的というか、それでいて、あまりギクシャクしてないっていうか、食べ物も住むところも困らないし、今まで自分がいた世界とは、全然違うんだ。

 

 でも、ここに来て、まだそんなに日がたってないのに、あまりにも色んな事が起こって、何が起こってるのか、考えて理解できる前に次の事が起こって、しかも、とても魅力的な女性からも慕われいる。」


 「私、今までこんな風に男の人に興味をもった事ないのよ。でも貴方は別。貴方には、人を寄せつける何かがあるのかも。


 あの日、貴方がここに始めてきた時、この人の事、もっと知りたいって思った。一目惚れでもないのに、でもヤッパリ一目惚れかな? 私、少し舞い上がっちゃって、あせっちゃってて、

 

 そうよね、変よね、出逢って1週間もしないうちに、ましてや、4つも年下の男の子に、確実に、私は貴方に恋をしているの。」と僕の頬を、その暖かい手で優しく撫でながら言う。



 幸せな感じとは、お互いが求め合った時、感じる気持ちの事なのかもと思った。



 僕はここまで彼女に言わせたのだから、ちゃんと説明しなければと思い、

「今日子さん、今から言う事は、本当は言うつもりじゃなかったんだけど、ちゃんと伝えておかないと後で後悔しそうだし、貴女を酷く傷付けるかもしれないから、今、言う事にします。

 

 できれば来年の春まで、早くても、今年の冬までは、ここで働きたいんですが、その後は、東京に移るつもりです。自分の責任で生きたいんです。沢山の違った人と出会ったり、音楽や舞台や、色んな芸術を体感したいんです。

 

 今、色んな事を感じ取れる時に、経験して感じておかないと、何も感じれない、何も言えない大人に成ってしまうような気がするので。別に東京に固執してるわけじゃないけど、大都市の方が色々と都合が好いから。


 両親には、話しましたが、全否定でした。だから高校には退学届けを出して、家を出ました。ここでの仕事を決めたのは、住み込みで、しかも食事が出るからで、そうすれば東京に出る為の敷金が早く貯められるからです。


 それと、僕も貴女に逢った最初の日から、貴女にひかれていました。貴女の僕に向う気持ちもすぐに感じた。でも貴女のその気持ちに付け込みたくなかった。今日子さん、これが貴女を抱かないもう1つの理由です。」と言い、彼女の身体を起こして、座りなおし、また煙草に火を点ける。


 すると彼女は無言のまま立ち上がり、自分の机の引き出しから、琥珀色のボトルとグラスを取り出し、それをテーブルに置き、また、僕の横に腰掛けた。


 そして、静かな声で、

「貴方も飲むでしょう?」と言い、それを2つのグラスに注いで、その1つを僕に手渡し、


 「有難う、本当の事言ってくれて、乾杯しましょう。」と言う。


 「何に?」


 「私が今、1番大切にしたい、、、貴方に。」と優しげな微笑みで答える。



 アキの微笑みと同じだと思った。



 僕達はグラスを合わせ、1口飲む。ブランデーより柔らかくて甘い。今まで、飲んだことのない酒だった。


 「今日子さん、これ何? ブランデー、、、じゃなよね?」


 「これは、わたしの1番大好きなお酒。ラム酒のV.O.、どう?」とまたあの微笑み。

 

 「優しくて暖かいです、このお酒。」


 すると、彼女は眼鏡を外し、右手の小指で髪を耳にかけ、僕の目を覗き込み、

「貴方は1体、何をしたいの?」と聞く。


 僕は、できるだけゆっくりと言葉を選びながら、

「幸せな生活と平和な世界を全ての人に。 賢治さんの銀河鉄道の夜、僕の好きな話なんだけど、その中に、


 ”みんなの幸いのためならば僕のからだなんか、百ぺんやいてもかまわない”

”僕、もうあんな大きな闇の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。”って,ジョバンニが言うんだけど、そんな感じ。

 

 その幸いを探しながら生きたいかなって。


 人にとって何が1番大切かって考えたら、やっぱり、愛する人や家族でしょう。これは、全ての人に共通するよね。それで、その大切な人が傷つけられる、もしくは、殺されるって事は、誰も望まないでしょう。だからそんな事はしないし、しちゃいけない。


 そして、他人の物は、自分の物じゃないんだから、盗っちゃいけない。


 人は、私利私欲や、宗教の違いや、色んな理由で殺し合ったり、戦争したりしてるけど、それって、とても低い文明だと思う。 別に、宗教や文化や風習や言葉が違ったっていいじゃない。違うんだから、違うから面白いんだよ。もし、みんな同じだったらつまらないと思うよ。 だからそんな違いも認める。


 そしてある時、世界中の多くの人がそれを望んだ時、世の中は、変わる、きっと良くなる。

 

 そう思わないと、やってられない。


 学校では学べない事。世の中でしか学べない事を学びたい。社会の中で、色んな人と出会い、語り合い、感じ合い、違いを理解し会う事かな。そうゆう風に生きたいと思ってる。


 そして多くの人に分かり易い言葉で話し続ける。 この社会に同化する事が成長すると言う事なら、成長なんてしたくないし、する必要もないと思う。」


 しばらくの間、考えていた彼女は、

「私も貴方が今言った事、考えてみる。その答えが何か見えて来たら、また誘ってもいい? 今度は、モンブラン用意しとくから。」と言った。


 「いいですね、でも、今度は、紅茶じゃなくて、コーヒーの方がいいかな。」


 彼女は、またニッコリと笑って

「コーヒーもちゃんと用意しとくわ、特別、濃くて苦いの。」と言う。


 「最高だよ、甘いのと苦いの。期待して待ってます。それじゃあ、もう1つ。古いイタリアかフランス映画があれば、もっといいな。フェリーニの La Strada なんか見たいな。」


 「見た事ないけど、それも用意しとく。」と言い、僕の顔に近ずき、


 「もう1度、キスして欲しい。」とねだる。


 僕は彼女の肩をそっと抱き、その唇に軽くキスをした。ゆっくりと開いた彼女の目には、涙が浮んでいた。

 


 優柔不断な自分の在り方に嫌気がさす。自分の事しか考えていない。自分が傷つかない様にしながら、今この人を傷つけている。


 「ごめんな、今日ちゃん、やっぱり無理だ。」


 彼女は、その涙をぬぐいながら、

「これは、私の我侭だから、、、」と言い、僕をすがるように強く抱きしめ、フレンチなキスを求める。



 それは、彼女の好きな甘いラム酒の味がする、悲しいキスだった。

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