10.その朝起きると、

 その朝起きると、健二さんが、僕が外出している時、バイトの女の子、8人全員がそろって、その中にはかなりの美人や、りょうの好きそうな先生タイプの女の子もいるよと言った。


 そして、健二さんは、

「ところで、りょう君、昨日は遅かったですねぇ、何処で誰と何をしてんですか?」とニヤニヤ顔で聞く。


 嘘をついてもどうせバレルだろうと思った僕は、

「先生とデーです。」と答えると、


 「流石は、優等生、行動派ですね。」と何時もの様に茶化す。


 「御想像にお任せします、ところで、今日と明日、残業なんで、夕食はまた別ですから。」


 「また、先生と2人?」


 「いや、今日ちゃ、谷口さんと、副社長とそれから、、、」


 「それから、誰?」


 「それから、健二さんの好きな若い、、、」


 「若い誰?」


 「若い女子高生100と。」と答えると、健二さんはいきなり大声で、


 「徹、大変だ、ちょっと来い、早く来い!」と叫ぶ。


 徹さんは

「なんね、今忙しいとに、」と言って洗面所からもどってきて、


 「今、女の子と合コンの話ばしょっとに。」とブツブツと言う。


 「いいか、徹、叫ぶなよ!りょう君情報で、、、、女子高生が100人来るってよ。」


 「えっー」と大声。


 「3泊4日、知ってるのは、それだけです。」


 「OK、もっと分かったら、すぐ知らせてね、りょうちゃん。」


 「2人とも、早く行かないと、また嫌味言われますよ」と仕事に急かし、自分も身支度を整えてデスクに出ると、警備の三木さんが1人で立っていた。


 「あれ、1人ですか、三木さん?」


 「チーフは、裏で仮眠してるよ。」


 「えっ、チーフ、ダブルなんですか?」


 「そうだよ、知らなかった?木曜日まで。大田君が戻って来るまで、チーフは、ダブルだよ。」


 「そうですか、大変だな。」



 僕が、その日のチェクインとアウトの状況を確認し、必要な伝票や請求書を準備していると、チーフが裏から起きて来て、

「おはよう、りょう君、もうそんな事も出来るんだ。」と声をかけて来た。


 「おはよう御座います、ダブルお疲れ様でした。帰られて、ゆっくりお休み下さい。」


 「いや、家じゃゆっくり休めないから、小さい子供がいるんでね。ここで寝るよ。3時に成ったら、起こしてよ。」と言い、101号室の鍵を持って、デスクの裏口から出て行った。


 しばらくすると、三沢さんがの出社してきたので、それを確認した三木さんは、

「じゃ、私は、これで、」と言って帰宅した。


 「今日のアウトは12組、インは女子高の団体様と6組です。三沢さん、清掃しちゃいますね、それと、お茶、入れときましたから。」と言って、掃除を始める。


 まず拭き掃除をやり、それから掃除機。食堂から伝票が入り始めたので、床のポリッシュは、後でする事にした。



 チェックアウトの請求書を作っていると、土曜日からのバイトの女の子が、飲み物の伝票を持って来て、

「これ、りょうさんに。」と言って、メモを三沢さんに渡した。


 三沢さんは、それを、僕に手渡しながら、

「りょう君、もてるね。」と言うので、


 「違いますよ。」と言いながらメモを見ると、


 ”りょう、ちゃんと情報収集するように、健二、徹” と書いてあったので、


 それを三沢さんに見せると、

「何の事?」と聞くので、


「秘密です」と答えて、チェックアウトのゲストの相手をする。



 11時頃、今日子さんが出社して来た。


 「おはよう御座います、今日は遅い出社ですね。」と声をかけたら、


 彼女は、デスクの僕の前まで来て、

「専務が、今日残業だから昼頃来いって。」

 

 「それは、よかったですね。あっ、昨日は有難う御座いました。」と礼を言うと、


 「こちらこそ、それじゃ、後でね。」と言ってニッコリと笑い、事務室に向った。


 横にいる、ニヤニヤ顔の三沢さんに

「買い物に連れて行ってもらっただけですよ。」と言い訳をする。



 3時ちょっと前に、副社長が現れ、

「もうすぐ、団体様が到着されます。部屋の振り分けは、向こう様がされてますので、新館のC階とD階の鍵を全部集めといてください。」と指示をした。


 もう1人のデスク担当の堀田さんが来たので、三沢さんに声をかけて表に出て、副社長にチーフを起こしてきますと言うと、もう少し寝かしといて上げましょうという返事。


 そして、コホンと咳をした副社長は、

「今晩と明日の事ですが、ログハウスでちょっとした演奏会が行われるのですが、マイクとかの準備、君できますか?」と聞くので、


 「その辺は、経験があるので、任せて下さい。」と答える。


 「それはよかった。何時もは大田君に頼んでいるのですが、私はその辺、どうも苦手でね。5時位から始めましょう。」と彼は言った。


 「無駄話なんですが、前から疑問に思ってたので、、、なんで、A B C D 階なんですか?」


 「未だ君、開かずの間の事は、聞いてませんか?」


 「102号室の事ですか?」


 「もう1つあるんですよ、社宅の方にも。私は見た事が無いのですが、夜中に細身で濡れた長い髪の女性が、鍵のかけてある102室に入って行くらしいんです。それで、私の兄の社長が、縁起の悪い、四=死と、九=苦の数字を無くせと言いましてね。それで部屋の番号も4と9をとばし、旧館は1,2,3階。新館をA,B,C,D階にしたんですよ。」



 女子高生達が着く前に、2組のゲストがチェックインをすませ、3時半頃、女子高生を乗せた3台の観光バスが到着した。


 副社長は、

「りょう君、さぁ張り切って行きましょう。」と言うが、


 キャッキャッと大騒ぎしている女の子達が、バスから降りて来のを見て、1番苦手な状況や、こんな事なら、ウィスキーを引っかけとけばよかったと思った。


 副社長が付き添いの先生達と挨拶をしている間、深呼吸を何度か繰り返した後、デスクにもどり鍵の入った箱を手に取り、それを副社長に手渡す。


 女の子達は1列に並び、自分で靴を靴箱に入れ、新館のそれぞれの部屋に向って行った。



 三沢さんと堀田さんは、

「可愛いね、初々しいね、女子高生。」と話し合っていたが、僕にはその気持ちがわからなかった。


 三沢さんが、ニンマリと笑い、

「りょう君と同じ年頃だよね?どう、好みの子いた?」と聞くので、


 「駄目です、ああゆうのりは苦手です。僕は、年上の落ち着いた女の人に憧れます。」と答えると


 すかさず、三沢さんは、

「谷口今日子とか、、、」と、ニッとした笑い顔でまた聞き返すが、


 「その質問には答えられません。」と誤魔化す。



 4時に残りのすべてのチェックインが終わり、副社長は、チーフを起こして休憩を取って下さいと言った。


 チーフを起こした後、部屋に戻り、健二さん達に、女子高生達はC階とD階だが、付き添いの先生達が階段の横の部屋なので、忍び込むのは無理だと言うと、とても残念がっていたが、


 「健二さん、何処からか風呂は覘けんとかいな?」と徹さんが真面目な声で言うので、


 「そんなことしたら、犯罪ですから、捕まりますよ。」と釘を刺しておいた。



 4時半を過ぎたので、事務室の今日子さんを誘い、ログハウスに2人で向かう。


 「演奏会って?」


 「多分、今晩は、先生達で、明日が、生徒さんと音楽の先生。その先生、アメリカでは結構有名な音楽家なんだって。」


 そんな話をしながらログハウスに入ると、既に副社長は、教会風のベンチを整えている。ステージでは、音楽の先生であろう40代ぐらいの白人男性と、学生服の女の子2人がハープ、ピアノ、ギター等の樂器を用意してるところだ。


 副社長に声をかけて、何をしたらいいかと質問をすると、

「ステージの横にミキサーと、箱の中にマイクとその他必要なものが有りますので、」と言って、僕に鍵を手渡し、


 「今日子と二人で彼等を手伝っ下さい。」と言う。


 「叔父さん、私、英語できないわよ。」


 「大丈夫、彼、日本語が少し話せますから。」


 僕は、少し緊張気味の今日子さんを押すように、ステージまで行き、

「Hi, I am Ryo and she is Kyoko, we both work at this hotel. Tonight and tomorrow, we will assist you on soundboard.」と自己紹介をすると、その白人男性は、

 

 「Great, you speak English. I'm Tom, nice to meet you.」


 「Nice to met you, Tom. I'll check a P.A., so give me a few minutes, OK.」と言うと、


 「Thanx.」と返ってきた。



 32チャンネルのミキサーに1200W のアンプ、あと10本のマイクとスタンド、モニタースピカー。それとベービィグランドピアノまで用意されている。


 「今日子さん、ここコンサートとかライブに使うんですか?」


 「いいえ、1年に1回この学校が使うぐらいよ。」


 「なんか、もったいないですね、これだけの機材が有るんだから、色んなイベントが出来ると思うんだけどな。」


 「ところで、りょう君、、、、英語、話せるんだね。」と驚いた様に言うので、


 「ほんの片言ですけど。」と答える。


 ピアノと2本のギターにマイクを1本ずつ、ハープに2二本、MC用にマイクを1つセットした。ハープはソロで演奏するらしいので、本番で音を合わせる事にし、ピアノとギターは Tom と、順子と恵子と呼ばれる生徒が音を出して、簡単に音量を合わせ。


 「あのギターの順子ちゃん、さっきから、君の事、ちらちら見てるわよ。」と今日子さんは小さな声で言う。



 その夜は、ボォーカル無しのインストで、Mix にそんなに気を使う必要がなかったので、今日子さんに、ミキサーの使い方を教えながら、演奏会を行なった。


 「りょう君これ、何か面白いね、私達が音を作ってるて感じ。」と言う彼女に、


 「そう、どんなに演奏がよくても、Mix が悪いと全部だめに成るんだ。だから、ちゃんと聞いて、サポートしてあげないとね。」と答える。



 問題もなく、演奏会が終わった後、

「後で、学校の人に渡して下さい。」と言って、ミキサーから直接録音したカセットテープを、副社長に手渡した。


 「りょう君、お腹空かない?」と聞く今日子さんに同意して、カップ酒を2つ買い、従食の弁当を、飲みながら2人で夕食。


 彼女は両肘をつき、その手にあごを乗せ、微笑みながら、

「やっぱり、君て不思議な人。高校中退なのに、英語がペラペラで、音楽家の先生と普通にコミニヶーションがとれて、あんなに簡単にコンサート作っちゃうの。なんか、普通じゃない感じ。」


 「そうかな、普通ですよ。でも今日は、楽しかったです、久々に音と遊んで。」


 今日子さんは、また微笑みながら

「りょう君とても真剣なんで、私、何か疲れちゃった。そうだ、お風呂入らない? 一緒に露天風呂。」と唐突聞く。


 「二人で露天風呂ですか?」

 

 「何恥ずかしがってんの、女の子と一緒に、お風呂ぐらい入った事あるでしょう?」


 「そりゃ、ありますけど、、、」


 「じゃぁ、いいじゃないい、入ろう?」


 「問題に成らないですか?」


 「どうして? いいに決まってるじゃない、だって、ここ温泉よ。」


 彼女には、先に風呂場に行ってもらい、自分は部屋に、着替えとウィスキーを取りに戻る。もちろん、健二さんに今晩の演奏会の事を冷やかされたが、


 「音が本職だって、言ったでしょう。」と言って、部屋を出た。



 本当に噂とゆうのは、拡がるのが早い。



 露天風呂の脱衣室には、今日子さんの物だと思われる服が籠の中にきちんと畳んで置かれていた。僕はタオルを腰に巻き、ウィスキーを持って中に入った。


 「遅かったわね。」


 「健二さん達に捕まっちゃって、」と言い訳をする。


 洗い湯をかけ湯船につかり、ウィスキーを1口飲む。大きなタオルを胸元で巻いて、湯船に浸かっている彼女に、

「飲みますか?」とボトルを手渡す。


 暖かい温泉の湯と、ヒンヤリとした空気、ウィスキーがなぜだか心を癒してくれる。


 「ねぇ、りょう君、君の話、ちょとだけ、してくれる?」と今日子さんは、少し甘えた声で言い、僕の隣に座る。


 「そうですね、何所からしましょうか?」


 ある事情で、6歳まで祖母や叔父の家に預けられていたが、叔父の奥さんからの精神的な虐待に耐え切れず、母親に無理を言って、アパートを借りてもらった。


 母親は、週に3日4日、帰ってきたが、ほとんど1人暮らしみたいなものだった。ギターを始めたのはその叔父の影響。学校をよく無断で休んだので、時間はたっぷり有り、ギターばかり弾いてた。


 12歳の時、両親と海外での生活をおくるが、帰国後、高校に入学する少し前までは、父親とは殆んど別々に暮らしていた気がする。


 そんな時、アキと出会った。



 そこまで話して、ウィスキーをもう1口飲んむ。


 彼女は、何も言わずに、僕の手からボトルを取り、それを大きく1口飲んでから、頭を僕の肩に乗せて、

「だから、甘えん坊なんだ、ずっと1人で、寂しかったんだね、、、」


 しばらくして、

「何んだか、酔っちゃったみたい。私、今晩、泊まっていこうかな。」と言い、湯船から出た彼女は、脱衣室の扉の前で、胸に巻いたタオルを落とし、そのとても綺麗な後ろ姿を僕に見せ、


 「101号室で待ってる。心配しないで、襲ったりしないから。」と小声でつぶやく様に言う。


 僕は、彼女が着替えて出て行くのを待ち、冷水を浴びる。ウィスキーを半分ほど飲み干してから、心を落ち着かせ、

「もう、成る様に成れ。」と思う傍ら、なぜだか自分には制御が掛けれるような気がした。



 デスクの前を通る時、宿直の三木さんとチーフにお休みを言い、今日子さんの待つ部屋に静かに向う。


  部屋をノックすると、中から、

「入って、」と言う今日子さんの声。 部屋に入ると、彼女は窓の側に座って涼んでた。


 「念のため、鍵、閉めてね。」


 「喉、渇いたでしょう。」と氷の入った水を、二つのグラスに注ぎ、その1つを僕に手渡し、


 「貴方と、一緒にいたかった、それだけだから、、、」


 僕はその水をゆっくりと飲み終えると、

「膝枕してくれますか?」と甘えん坊が顔を覗かせる。


 「そんなに甘えられたら、嫌とは言えないでしょう、おいで。」


 彼女は、膝に置いた頭をなでながら、目を閉じる。


「これって母性本能?とても幸せな感じ、、、私が君の全部を、包んであげたい。」


 彼女の優しく撫でる手と、膝の温かさに、少しうとうとして来た僕は、うっすら目を開けると、アキの様に優しい目をした今日子さんがそこにいた。


 「もう、寝ましょう」


 「今日子さん、1つ問題がある。」


 「なに?」


 「ちょっと、言い難いんだけど、」


 「なぁに?」と彼女は微笑みながら聞く。


 「僕はたいがい、裸で寝るんです。服着てると、なかなか、寝つけないんで。」


 「じゃあ、脱げばいいじゃない、電機消して、私も脱ぐから。」


 電気を消して、僕たちは裸に成った。磨りガラスから入る月明かりが、彼女のシルエットを綺麗に浮かび上がらせる。


 「素敵です、今日子さん。」


 「もう、今日子さんは、やめて、今日か今日子にして。」と小さな声。


 「今日ちゃんでもいい?」


 少し間を置いて、

「いいよ、りょう。これで、また1歩前進」と言う。


 「いや、この状況だと、10歩ぐらいでしょ。お休み。」と言って目を閉じたが、彼女の暖かい吐息が気になり目を開くと、彼女は僕の顔を見つめていた。


 「本当にしないの? 私、とても、濡れてる。」


 僕は彼女の手を取り、

「硬く成ってるでしょ、でも、」と言って、手を外し、


 「いずれ、ちゃんと応えられるようにするから、それまで、待ってくれるかな。」と言い、軽いキスをした。


 彼女は、僕の眼を見ながら、少し寂しそうに、

「つれないのね、、、でも、そんな貴方に、私は恋してる、好きよ。」と言う。


 自分はどうして、こんなにも落ち着いてるのだろう、と思いながら、

「おやすみ、今日ちゃん。」と言い、少し穏やかな気持ちで、眠りの中に落ちて行った。


 

 翌朝、目覚まし時計で7時に目が覚めた。彼女は既に帰宅していて、メモが残されていた。


 ”人に見られないよう、先に帰ります。布団はそのままにしといて、後で私がやっとくから。ジャ、後で、今日子。”と書いてある。


 それでも、僕は、布団を畳み、扉をそっと明け、通路に人がいないのを確認してから、部屋に戻った。



 「りょうちゃん、朝帰り、1人だけずるいな。」と健二さん。


 「何もしてませんよ、ただ谷口さんと、ギターとか弾きながら飲んでて、それで、飲み潰れて、寝ちゃって、今起きたんですよ。」


 「ハウスキーパーの女の子達がさぁ、演奏会の時、君が先生と仲良くしてたってよ。」


 「ミキサー、教えてただけですよ。」


 「まぁ、いいや、今度、じっくりと尋問するからさ。」と言って部屋を出て行った。



 その日は、チェックインもアウトも無い、本当に暇な日だった。10時には、伝票整理も掃除も終わっていた。


 「今はとても暇だけど、今週末から八月の末まで、部屋は全部売り切れだから」と言う三沢さんに、夜シフトの説明をしてもらっていると、Tom がやってきて、


 「キノウノテープ、スバラシイ。Nice Mixing. Say, would you do a detail rehearsal with my students for tonight?」と聞いてきた。


 少し迷ったが、自分の一任では、決められないので、

「One Moment please, I gatta ask to my boss.」と答え、事務室に電話を掛け、副社長にその事を説明すると、


 「わかりました、いいでしょう。この学校とは、長いお付き合いですので。君のシフトは私が代わりますから、くれぐれも、粗相の無いように。それと、今日子も、一緒にお願いします。教えてやって下さい。」



 三沢さんにその事を説明して、

「2時からリハを始めるので、1時45分に上がります。副社長が、僕の代わりに入りますから。」と伝えると、


 「じゃぁ、今晩、奥さんと2人で聞きに来るよ。でも、りょう君、ラッキーだね、女子高生達と1緒に遊ぶの。」と羨ましいそうに言うので、


 「女の子達の面倒を見るのって、疲れると思うんですけど、よかったら代わりましょうか?」と答える。



  その夜は、3つのグループが Tom を交えながら、3、4曲ずつ演奏する事に成っていた。ステージセットは、昨日からのハープを外し、ボォーカル用のマイクを4本立てた。



 「じゃあ、リハ始めます、」と僕が言うと、


 3人の生徒が、ステージに上がり、

「お願いします。」と言って頭を下げる。その中には、昨日の順子ちゃんもいる。彼女は、ギターを持っている。ピアノと、2人のギター。3人皆がメインとバックアップのヴォーカルをする。


 全体の音を調整を先にしたいので、ステージを下り、フロアーの奥の方まで下がる。


 「今から調整しますので、何も気にせずプレイしてください。」


 彼女たちが演奏を始めると、今日子さんにゼスチャーで指示しながら、ミキサーを触ってもらい、大まかな調整を終し、次にモニターの調整。これは、僕がやった。


 「今日ちゃん、よく見といてね。今から、モニターのセッティングをします。自分の声と楽器、それと他のメンバーの音が、良く聞こえるようにするのが目的です。良く聞いて、それを僕に伝えて下さい。自分、もしくはメンバーのマイク、もしくは楽器の音量を、上げ下げしたい時は、それを指さして、上か下かを示して下さい。」と言い、他の生徒にも目をやり、理解した事を確認する。


 少し時間がかかったが、それなりの音に成ったので、もう1度フロアーに下り、全体の音を再調整。そしてそのミキサーの数値をメモし、3つのグループのモニター調整を1時間位で終わらせた。


 普通、このような調整は、セットとセットの間に行われるのだが、先にやっておくと、スムーズにステージチェンジができる。



 モニターのセッティング中、僕の事をじっと見ている順子ちゃんの事を、

「惚れられちゃったね、あの子に」と今日子さんは言った。



 その後、今日子さんに、ミキサーの微調整のやり方を説明しながら、2回通しの練習をして、リハを終わらせた。


 女生徒が帰って行くと、少し時間が有るからと言う Tom は、

「Ryo、you play right? What do you play?  How about jam?」と僕を誘うので、その事を今日子さんに説明すると、


 「いいじゃない、私も聞きたいし。」と嬉しそうな声。


 僕は、彼女の顔を見てから、

「OK,Tom. Let's play something.」と言って、アコギを、チューニングし、 Tom が弾くピアノに合わせた。 Tom はピアノを弾きながら、好きなギターリストや、バンドの名を聞くので、Hendrix、Jeff Beck、Roy Buchana 等と答えた。


 30分程、彼がリードを取ったり、僕がリードを取ったりしながら演奏をした。音が身体の隅々まで溶け込んでいく。とても、気持ちいい。


 久々の、知らない人とのジャムなので、とても面白かったと礼を言うと、今晩の演奏会で、一緒にやらないかと誘われる。日本のミュジシャンは、とても上手だけど、ジャズプレイャー以外はあまりジャムをしないので、自分の生徒にフリーなジャムの面白さを見せて上げたい、との事だった。


 その会話を今日子さんに説明すると、

「やって、私、もっと聞きたい。 叔父さんには、私から話しとくから。」と子供の様にはしゃぐ。


 「もし、首になったら、今日ちゃん、責任とって、面倒見てくれる?」

 

 「いつでも、いいわよ。」と彼女は微笑みながら答える。



 時間が有るうちに、食事を済ませようと言う彼女に、空腹じゃないと上手く表現できないからと、

 「悪いけど、1人で食べて、準備する事もあるし、」答えると、


 「じゃあ、私も、後で食べる。」と言う。



 事室にいた副社長に、この様に成ってしまった経緯を2人で説明すると、

「面白そうですね、頑張って下さい。」との返事。


 部屋に戻り、ギターとノート、その他、必要に成るかも知れない物を用意して、事務室にいる今日子さんに、

「ログハウスに戻り、ちょっと、ウォ-ムアップをするから。」と言うと、


 「邪魔しないから、側にいていい?」と言う。



 ギター、エフェクター、ダイレクトボックス、をミキサーの新しいチャンネルにつなげ、軽くリバーブを掛けて、音を出してみた。それなりの音が出る。


 「今日ちゃん、これ聞いたら,僕から離れられなくなっちゃうよ。」と冗談ぽっく言って、ウォ-ムアップを始める。音が少しずつ踊りだす。


 彼女は、黙ったまま、真剣な顔で僕を見ていた。



 「やっぱり、アンプ使った練習せんとあかんなぁ、アンプ欲しいな。」と一人語を言った。



 6時半頃、Tom と演奏する生徒達が戻ってきた。みんな可愛らしく着飾っているが、順子ちゃんだけは、学生服のままだった。


 教会風のベンチは、ほぼ満席になり、ホテルの従業員や他のゲストも聞きに来ている様だった。


 Tom の合図で客席の照明を落とし、ステージにスポットを当てたが、彼女達はリハーサルの時よりはるかに緊張している。


 「駄目や、みんな、ガチガチや。1度下に下りるから、音の調整してるふりをしてて。」と言い、Tom に肩で合図を送る。

 

 「すみません、もう1度、音のチェックをしますので、3分下さい。」とマイクを使って言う。


 客席の後ろから、

「マイクチェックします、1から順番に声を出して下さい。」言うと、


 副社長が

「大丈夫かい?」と心配そうな声。


 「安心して、見ていて下さい。」


 彼女たちは、恐々、声をだしている。


 「はい、OK です。次、楽器とボォーカル、同時でお願いします。」


 彼女達の音は、少し緊張から抜け出たみたいだ。


 「はい、OK もう1回、ボォーカルマイク、少し強よめでお願いします。」


 Tom の方を見ると、親指が上がっているので、

「はい、完璧です。」と言い、ミキサーに戻って、演奏会を再開させた。


 「りょう君、今、何したの?」と聞く今日子さんに、


 「彼女達の緊張を、少し取り除いたんです。」と言うと同時に、順子ちゃん達はリラックスして歌い始めた。


 Tom が僕の肩をたたいて、

「Good Job, Ryo!」と言い、


 今日子さんは、唖然とした表情で、

「りょうちゃん、凄い!」と言って、そっと僕の手を握る。



 その後、何の問題もなく、3つのグループのセットは、終わった。


 Tom が、

「どうでしたか?よかったですね。それでは、ヘルプしてくれた Ryo と Kyoko です。」と言うので、僕と今日子さんは、立ち上がって、お辞儀をする。


 「それと、私と Ryo からプレゼントがあります。もうしばら、聞いて下さい。」


 「今日ちゃん、ウィンクで合図を送るから、僕がうなずいたら、この箱のボタンを押して、後は任せたから、お願いね。」と言うと、


 「ちょっと、待って、りょう!」と言う彼女をミキサーに残し、自分のギターを持って、ステージに立っている Tom と握手を交わす。


 「Thank you, Ryo for doing this.」


 「Thank you, Tom for giving me a chance to play.」


 「OK, Let's cook some Jazz,  2-5-1 in Dm7, OK, Ryo?」


 「Yap, Let's cook!」と答えて、彼が弾くラグタイム風な音に、アドリブでメロディーを付ける。


 数人の女生徒が、ステージの前に集まり始めた。途中、リズムとリードを替わり、最後は、ユニゾンのリズムで、1曲目を終わらせる。 


 女の子達が顔を見合わせながら、何か話してる様だが、照明のせいででよく見えないし、拍手で聞こえない。


 「Next, you pick.」と言う Tom に、


 「Little Wing , OK?」と言うと、目の前の女の子達が、またざわついた。


 イントロを弾き出した瞬間、1人の女の子が、

「キャァー」と叫ぶ。それは、制服姿の順子ちゃんだった。僕の顔を見ながら、何か言っているのだが、何を言っているかは、わからない。


 1番、2番と歌い、エントロをコード風にアレンジしたメロディーで弾き、今日子さんに合図を送り、音を変えてもらい、あと2回、エントロをゆっくりとソロで弾いてフェィドアウトさせた。


 そして、Tom と握手をして、ギターをアコギに変え、チュー二ングをオープンEに変え、ボトルネックを小指にはめる。


 「Tom, you sing next, Let's play shuffle in E.」


 彼は、いかしたハスキーな声で Stormy Monday を歌う。彼の間奏の後、僕は、ブルース風にテンポを変え、ゆっくりと10分位かけてプレイした。


 その曲が終わる頃には、2、30人ほどの人が、ステージの前に集まっていた。

 

 曲を終え、2人で礼を言っていると、順子ちゃんが

「アンコール、アンコール、」とステージの前で叫んでいる。


 そして、僕の眼を見ながら、

「Stepping のりょうですよね、絶対!」と聞くので、


 僕は、驚きながら、 

「えっ、そうですが、、、」と答えると、


 「やっぱり、りょうだ、言ったでしょう、絶対、りょうだって!」と言って、しゃがみ込んでしまった。


 何が起こっているか理解できていない僕に、別の女の子が

「本当に Stepping ですか?」とまた、聞く。


 「そうですけど、」と答えると、


 しゃがみ込んでいた順子ちゃんが、涙声で、

「去年のクリスマ、Vホールのライブ見ました。博多にいる従姉妹のお姉ちゃんに、ライブ連れて行ってもらって、それ以来、私、りょうのファンなんです。テープも Stepping だけじゃなく、オム二版も、喫茶店での、新井さんとのデュエットの生録、これが私の1番のお気に入りなんですけど、後、Dog-Bites 時代のも持ってます。」と言い、


 「トム先生、Stepping のカセットあげたでしょう、私が一目惚れした、ギターリストのバンド。彼があのギターのりょうだよ。」と言う。


 「Are you really The Stepping Stones?」


 「Yes、」


 「Do you mind play few more songs with us? I really like to play with you.」


 「I don't mind but、、、」と言って、今日子さんと副社長を目で探す。


 副社長は、微笑みながら

「10時位までならいいです。」と言う。



 Tom は他の先生に、後は自分が責任を持つからと、軽音部の生徒を残した。他の生徒が出て行った後も、まだ20数人、ログハウスに人が残ってる。


 「Let's have fun. What would you like to play?」と聞く Tom に、


 順子ちゃんは、

「りょうのソロがいい。」と言うが、


 「Let's play together.」と Tom は答える。


 僕は、

「すみません、ちょっと、ブレーク、いいですか?」と言って席を立ち、そして、付いて来た今日子さんに、


 「すみません、とんでもない事に成っちゃて。」と謝ると、


 「大丈夫よ、私も、叔父さんも楽しんでるわ。りょう君、プロなんだね、驚いちゃった。それはそうと、あの子の事、知ってるの?」と聞くので、


 「多分、グルーピーです。」と答える。


 「なにそれ?」


 「追っかけみたいなもんです。」



 ステージに戻ると、ピアノを囲むように、椅子が用意されていた。


 順子ちゃんは、何も言わずに、僕の髪を手でかき乱し、シャツをズボンから引き出し、ネクタイを外し、ボタンを上から2つはずして、

「やっぱり、りょうは、その方が似合う。だって、りょうのトレードマークだもん。」と言う。


 「まいったな、順子ちゃんだっけ、皆と一緒にやろうよ。Tom、バラード!」と言い、Georgia On My Mind をフラスクに入れたウィスーキーを1口飲んでから歌う。


 その曲の後、

「りょうの曲が聞きたい。」とねだる順子ちゃんに、


 「じゃあ、何がいい?」と尋ねると、


 「アキの部屋。」


 「よくそんな曲知ってるね、Stepping の曲じゃないし、録音してないよ?」


 「りょうの事なら何でも知ってるよ。」と真面目な顔で答える。


 「じゃあ、歌詞とかコードとかも、知ってる?」


 「コードは確かじゃないけど、歌詞は100%。」


 「じゃあ、一緒に歌う?」と言い、ウィスキーをまた1口飲む。


 順子ちゃんが、

「ウィスキー? 私も1口ちょうだい。」と聞く。


 Tomが

「No, Jun! You are only seventeen.」と止めたが、 


 順子ちゃんは、

「Why not, Teach? Ryo is same age as me.」と口答え。


 僕は、不味ったなと思いながら、

「Sorry, I'll put this away.」と言って、フラスクをしまい、


 「じゃ、順子ちゃん、2人でやろう。」と言って、マイクを1つ、彼女に渡す。


 白のシャツに黒いズボンの僕と、学生服の順子ちゃが、二人でステージに並んで立つと、学園祭みたいだ。



アキの部屋

何時も暖かい部屋

僕の好きな、薔薇の香り

いつもの様に

べッドに横になり

つまらない事

いつまでも話した


アキの部屋

窓の外、大きな夕日

今日はイチゴの香り

いつもの様に

べッドに横になり

つまらない事

いつまでも話した


アキの部屋

今日も暖かい部屋

今日は知らない花の香り

いつもの様に

べッドに座り

話してみたが

君は眠ったまま


アキの部屋

今日もとても暖かい

薔薇の香りはどこ

いつもの様に

べッドに座り

その手を捜した

何所にいるの、アキ



 歌い終った後、僕は、しばらくの間、目を閉じていた。


 順子ちゃんの、

「素敵、でもやっぱり可哀想。」と言う声で、僕は正気を戻し、目を開く。


 沈黙の中、視線が僕たちに集まっていて、

「ありがとう。」という僕の声とともに、拍手の音が拡がった。


 「ありがとう御座います。それじゃあ、もう1曲、順子ちゃん、なにやりますか?」


 「頑張れ!」


 「なんか、シブイ趣味ですね。」


 「そうかな?」



今日もあいつ等

あの子 虐めてる

汚い 臭いと

気にする事ない


あいつの親父

ヤクザじゃなきゃ

素直に成れたね

早く行く事なかったね


今日もいい事なかった

明日もいい事なんて きっと無い

でも、辛いのはお前だけじゃない

頑張るしかない

頑張れ 頑張れ


バイクで事故った

それはお前の責任

お前だけ生き残った

それは 偶然


バイト 首に成った

やったのは あいつ

皆 知ってるのに

何も 言わない


今日もいい事なかった

明日もいい事なんて きっと無い

でも諦めたら

それでおしまい

頑張れ 頑張れ


今日もいい事なかった

明日もいい事なんて きっと無い

辛いのはお前だけじゃない

頑張るしかない

頑張れ 頑張れ


闇の中 僕達はあがく

もっと上をむいて

自信を持って生きないと

悲しみと怒りで 潰れてしまう


今日もいい事なかった

明日もいい事なんて きっと無い

でも諦めたら

それでおしまい

頑張れ 頑張れ



 順子ちゃんは歌い終わった後、僕を見つめながら

「頑張れ。」と言った。



 「Ryo、you just lead them.」と言う Tom に

 

 「Are you sure?」と聞き返すと、彼は笑顔でうなずく。


 「じゃあ、簡単だけど、格好いい曲、Bob Marley の Get Up Stand Up、コード、は Bm だけだから、ギター持って、順子ちゃん。」と言った。


 その後 John Lennon や尾崎豊さんの曲を何曲かやり、Tom のリクエストで、ブルースの1-5-7を彼女達に説明して、数曲やり、その演奏会は、お開きとなった。



 ログハウスを僕と今日子さんが、清掃しはじめると、女の子達は自分らもすると言って、僕達を手伝ってくれた。その間、順子ちゃんは、僕と今日子さんの間に入って、話し続けた。


 りょう君のバンドってそんなに人気が有るのと聞く今日子さんに、順子ちゃんは、 

「普通じゃないですよ、だって、バンド結成して3回目のライブから、売り切れで、その後は、200人位入るホールで、今年の5月の活動中止ライブなんて、600人は入るVホールが売り切れですよ。 Stepping のライブは、男の子たちが多くて結構荒れるんだけど、喧嘩とかはないんです。 それで、ライブの後半に、りょうとボォーカルのケンが、それぞれ2、3曲ソロで歌うんですけど、私はりょうのソロの方が好き。とても、ロマンチックで、それでいて少し悲しいの。」


 そして、順子ちゃんは、

「ところで、りょう、彼女とは別れたの?」とチラッと今日子さんの方を見ながら聞くので、


 「彼女なんていないよ。」と答えると、


 「じゃあ、何時もりょうの横にいる、あの小さな派手な子は?」


 「あの子はとても仲のいい友達。でも、順子ちゃん、本当よく知ってるね。」


 「だって、私、ファンクラブに入ってるもん。月に1回、ライブの情報とか写真とかの手紙が来るの。それで、そこでテープの交換とかも。」


 それまで黙っていた今日子さんが、

「ファンクラブ?」と驚いた声で聞く。


 順子ちゃんは、

「そうですよ、りょうのと言うより、Stepping のですけど。200人ちょっと、いるんじゃないかな。」と答える。


 今日子さんは目を丸くして、

「そんなに、人気なんだ?」とまた聞く。


 「だって、プロの話とかも、有ったぐらいだから。だから、みんな泣いてます、活動中止だなんて。」


 「そんな話、聞いた事ないわよ。」と少しふてくされて言う今日子さんに、


 「すみません。」と言う。


 「こないだ聞いたんだけど、心臓が良くないとかって、本当? 大丈夫、痛いの?」


 「いや、痛くはないよ、ただ、たまに心拍数が上がって、パクパクする事があるんだけど、精神的なものなんだ。」と答えると、


 今日子さんが、

「この間、言ってたやつ?」と聞くので、


 「そうです。」と答える。


 すると、順子ちゃんは、

「あなた、りょうの何なんですか?まさか、彼女じゃないですよね。結構、年も離れてるみたいだし、有り得ないですよね。」と強い口調で、今日子さんを問い詰めた。


 ビックリした今日子さんは、

「同僚です。でも、この間、2人で食事したけど。」と答えると、


 「よかった、仲が良さそうだから、少し嫉妬しちゃった。りょうは、年上の女の人に持てるし。でも、りょうは、皆のりょうだから、1人占めは許されないですからね。」と今日子さんに、また強く言う。


 「We gotta go, Jun!」と言う Tom のお蔭で、順子ちゃんからやっと開放される事に成るが、


 帰り際に、順子ちゃんが、

「りょう、明日、私と写真撮ってくれる?」と聞くので、


 「かまわないけど、ここの事は、ファンクラブや他の人には、しばらくの間、話さないでくれるかな。ホテルに迷惑かけたくないし、ちょっとした事情もあるんだ。」と言うと、


 「りょうの迷惑に成るんだったら、誰にも言わない。2人だけの秘密にする。それと、ありがとう。一緒に歌ってくれて、私の人生の最高の瞬間。おやすみ、また明日ね。」と言って、やっと帰って行った。



 すべての電源のコードを抜いてる時、副社長が

「お疲れ様でした。今日は大変でしたね。私は、これで、帰ります。2人共、もう休んで下さい。それと、りょう君、私はあまり音楽は聴かないのですが、なかなか良かったです、有難う。」


 「有難う御座います。」


 「それと、社長には私から話しときますので、ここ、好きな時に使っていいですよ。後の戸締り、お願いしますね。」と言って、副社長は、帰って行った。



 また、今日子さんと2人になる。


 「りょう君、とても良かった。1曲目のジャズぽいやつ、あれも良かったけど、2曲目の歌、あれが好きかな。えっと、何とかマンデェイ。」


 「ストーミー マンデェイ、嵐の月曜日。」


 「それ、その曲。意味わからなかったけど、後半の方、涙でちゃった。だってギターが泣いてるんだもの。そして、貴方も泣いてるの。あんな風にして、感情触れられたら、誰だって恋しちゃう。グルーピーだっけ、順子ちゃんみたいな子、彼女らの気持ち、良くわかる。全部聞きたい、全部知りたいって気持ち。」


 「でも、彼女らが知ってる僕は、ステージや、曲の中の僕で、それは、ほんの1部なんだ。本当の僕は、もっと、ドロドロしてる。」


  「それでも、この気持ち、、、後に戻れないかも、」と今日子さんは少し紅潮して静かに言う。


 その時、心臓がとても早く打つのを感じた。


 「ごめん、今日ちゃん、また、始まった。」と言いながら、体から力が抜けていく僕は、倒れた。


 今日子さんが、すぐさま腕をつかんだので、頭を打つ事はなかっが、心拍数が非常に上がり、心臓がパクパク鳴り出し、不規則に身体が震えだした。


 今日子さんは、とても不安そうな顔つきで、

「病院は、救急車、呼ぼうか?」と言うが、


 「大丈夫、直ぐ治まります、横になっていれば。」と答えて、僕は深呼吸を繰り返す。


 今日子さんは、僕の頭をゆっくりと彼女の膝に移し、その暖かい手を軽く胸の上にのせ、もう1つの手を額に当てている。


 「心臓、弾けそう、本当に大丈夫? 死んだりしないよね?」と今にも泣きだしそうな声。


 僕は、目を閉じたままの作り笑いで、

「心配しないで、すぐ治まるから。」と答えた。



 その発作が治まるまでの約30分間、彼女は、僕の胸に手を当てながら、頭や顔をなでていた。


 らくになった僕は、彼女の手を、そっとにぎり、

「大丈夫、もう終わった。」と言うが、


 「もうちょっと、こうしていよう。よくあるの、この発作?」


 「昔は、よくライブが終わった後、気が抜けた瞬間に。ここ3、4ヶ月はなかったんだけど。」


 「じゃあ、どうしてたの、そんな時?」


 「さっき、順子ちゃんが言ってた、小さい子、アミてゆうんですけど、彼女が僕を見てくれてました。いま、今日ちゃんがしてるように。その前は、エンジェルかな、本名は知らないけど。」


 「その子達って、りょう君の彼女なの?」


 「簡単には、説明できないんですけど、アミも僕も精神的に疲れてて、自立神経が少し壊れてるんです。僕の方が軽いけど。それでお互い助け合うっていうか、そんな感じ。

 

 1年半位前かな、エンジェルが始めに僕の発作に気ずいたんです。彼女とは関係があります。彼女、中3の時レープされて、それ以来、女として感じなくて、濡れないらしです、僕以外とは。

 

 アミが僕を好きだからと言って、アミには関係を否定しるけど、アミは、僕とエンジェルの関係を知ってます。

 

 でも、変えたくて、そうゆう生活。だからそんな事もあったんで街を出たんです、バンドも無くなったし。何となく、潮時かなって。もちろん、今でも気がかりです、2人の事が。特にアミ、あいつ、気が短いし、症状そうとう重いから。」と答えた。

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