8.事務室では、

 事務室では、副社長と専務が僕を待っていた。


 「おっ、来たね。そこに座って。」と専務はソファーを指しながら言う。


 「失礼します。」と言って、浅く腰掛けた僕に、


 「りょう君は礼儀正しく、人当たりがよく、仕事が出来ると、みんな噂してるみたいですが、」と副社長。


 「有難うございます。」


 すると専務が、コホッと小さな咳をして、

「それで、急な話しなんですが、フロントデスクで、働く気はありませんか?」と真面目な顔で聞く。


 「その様な接客は経験がありませんので、私にデスクが務まるかどうかは、わかりません。」


 「確かに、ですが、私達はいいんですよ。それに、眼が気に入りました。専務、後は任せます。社長に呼ばれていますので、それでは、私は失礼します。」と副社長は言うと、部屋から出て行ってしまった。


 専務は、

「どうでしょう?自給は配膳会の取り分も入れて千三百円で、週一休暇で、八時間シフト。配膳会の方には、何かの理由で行けなくなったと、伝えておいて下さい。こちらも、話は合わせておきますので。」と言う。


 「それで、いつからデスクですか?」


 「明日の朝からです。」


 「えっ、食堂の方は?」


 「新しい人が、先ほど付きましたので、その人に、今晩から入ってもらいます。」


 「私に務まるでしょうか、フロントデスク?」


 「大丈夫です。」と専務と谷口さんは同時に言う。


 「それじゃ、フロントの方に行きましょう。」と専務に誘われ、彼に付いて事務室を出た。



 フロントで、専務は、

「森口君、昨日話していた、りょう君です、明日からフロントに入りますから。この森口君がここの責任者ですので、後の事は彼から聞いてください、じゃあ。」と言って、事務室とは逆の方へ歩いて行った。


 「君、バイク乗るんだって?んん、若いね、歳いくつ?」とチーフの森口さん。


 「来月、十八歳に成ります。それとバイクに乗ると言っても僕の場合は、原付ですし、たんに交通手段だったので、、」と答えると、


 「バイクは?」


 「スズキのスクーターです。」


 「スズキ, んん、君、いい趣味してるね。スズキ、吹け上がりが速くて、立ち上がりがいんだよね、んん。」とチーフ。


 こんな感じで、チーフ一人がバイクの話で盛り上がっていると、谷口さんが、コツコツと靴音を立ててやって来た。


 「どうしたの、今日子?今日はきめてるね。」とチーフがからかうように言うと、


 「叔父さん、これは仕事ですから。」とウインクをしながら答え、


 「りょう君、五時半頃、事務室に来てください、仕事の話が有りますので。」と感情のない声で言い、踵を返して行ってしまった。


 「あいつ、何、緊張してるんだ?ところで、君、服装はそれでいいんだけど、黒のネクタイ持ってる?」


 「すみません。蝶ネクタイしか持ってないです。」


 「あっそう、んん、三沢君、彼に合いそうなベストとスペアーのネクタイ、持ってきて。」


 そう言われた、三沢と呼ばれる二十代後半位の男性は、裏から持って来た黒いベストとネクタイを僕に手渡した。


 僕は、二人に、 

「明日からよろしく、お願いします。」と言って頭を下げた。




 部屋に戻ると、健二さんは、

「りょうちゃん、新しい人。徹君だって。彼も福岡らしいよ。ところで、りょうちゃん、仕事って、何だったの?」とちゃかす様に聞くので、


 「食堂、首になっちゃいました。明日からフロントです。」


 「え、マジで?それって、どんな意味か分かってるの、りょう?」


 「いいえ。」


 「あのね、君はこのホテルに、スカウトされたって事なの、わかる?」


 「そうなんですか?」


 「なるほど、だから黒服達は、君の事、毛嫌いしてたのか。これでなっとくできたよ、たぶん履歴書の時点で決めてたんじゃないかな。それで、この三日、きっと、テストだったんだよ。徹君、先生みたいな女の人と事務室で会ったでしょ?」


 「ええ。」


 「その時さぁ、個人的な事、色々質問された?」


 「いえ、そげな事なかったですよ。事務的な事だけです。」


 「なぁ、俺もなかったんだよ、でもりょうは、根掘り葉掘り質問されたんだよな。やっぱりそうだよ、決まりじゃん、この優等生。でも、よかったじゃん、りょうちゃん、あの先生、タイプなんでしょう?」


 「それは、そうですけど、、、でも僕は、ここに永久就職する気ありませんよ。今年の冬か、長くても、来年の春までは、ここに居たいですけど、その後は、東京に移る予定ですから。」


 「え、そうだったの?俺はてっきり就職組だと想ってたんだけど。」


 「そりゃ、僕は就職組ですけど、でも、本職はあっちですから。」と言って僕はギターを指差した。


 「えー、マジで、それって、すごく難しいと思うけど。」


 「だから、ここで金貯めてから、行くんですよ。それに、健二さんも僕と似た様なもんでしょう?」


 「えっ、俺、音楽だめだよ」


 「違いますよ。服飾でしょう、見りゃわかりますよ。だって、絵描きだったら、違った絵を画くけど、健二さんは、服ばっかりじゃないですか。」


 「りょう、お前、人の事よく見てるね。まぁ、いいや、とりあえず、予言しとくけど、お前、先生から誘われるよ。」


 「もう遅いですよ、誘われてるのは、初日からです。」


 すると、健二さんは真面目な顔で、

「そう、じゃぁ、もう1つ、あれする時は、ゴム、ちゃんと使えよ。今日、安全日だからって言葉に騙されたら、お前、絶対、永久就職だからな。」と忠告をする。


 「脅かさないで下さいよ、健二さん。」



 こんな会話が通ずく中、その3人目の徹さんは、目を点にして、僕たちの会話を聞いていた。


 僕は普段着に、彼らは、仕事着に着替え、

「じゃぁ、りょうちゃん、お兄さん達は仕事に行くけど、ちゃんと1人で、大人しくしてなさいよ。終わったら、飯一緒に食べようよ。」と健二さんは茶化しながら誘うが、


 「それは、ちょっと、わかりません。谷口さんに事務室に来るよう言われてますから。たぶん、また、食事しながら話しましょう、って言うと思うんですよね。」と答えると、


 徹さんが、

「谷口さんって?」と聞くが、


 僕が答える前に

「先生!」と健二さんが答えて、


 「もろ、決まりだな、気を付けろよ、りょうちゃん。」と言ので、


 「分かってますよ、ちゃんと使いますよ、ゴム。」と笑いながら答えた。




 事務室に行くと、専務は既に帰宅しており、谷口さんが1人で僕を待っていた。


 「仕事の事ですか?」


 「仕事と個人的な事が微妙に絡んでいるのよ。いずれ、りょう君の耳にも入ると思うから、だから、私から直接話したかったの。君の仕事の採用の事なんだけど、、、」と人差し指で眼鏡を直しながら言う。


 ヤバイ、目が本気だと思った。


 ホテルを経営する家族で、次の世代の経営陣になる年齢の人は、谷口さんと、今留学している副社長の長男しかいない。もし彼女が気に入った、仕事の出来そうな従業員と個人的に付き合い、結婚でもする事にでもなればな、と言われたらしい。



 「前にも言った通り、ここには、私に会いそうな人がいないし、、、だから、この夏のバイトの履歴書の中から、なんとなく、君を選んだの。


 3日間、彼方の仕事ぶりを見て確認した。彼方は仕事ができそうだって。それで叔父に話しをしたの、彼方で、試したいって。この事を知っているのは、副社長と専務と私だけ。


 もちろん、噂はされてるけどね、、、


 それで、、、次は、私達がもっとお互いの事を知り合うこと。だから、彼方と友達に成りたいの。そこから関係が先に進めば良いし、成らなかったら、仕方ないじゃない。


 私だって、好きでもない人と、結婚なんてしたくないもの、、、どう思う?」と僕の目を覗きながら、優しく、そして少し悲しそうな声で、ゆっくりと語り、上げていた髪を下ろす。


 彼女はその白い肌を少し紅潮させて、

「あのね、いくら年上でも、こんな事言うのは、とても恥ずかしいのよ。こんなの初めてだし。」と少女の様に恥じらいながら言う。


 僕は、1度大きく息を吸って、

「じゃあ、ストレートに答えます。愛していた彼女がいました。僕達は、とても愛し合っていたんです、、、その彼女は他界しました。それと、1人気になる女の子がいますが、彼女を心から求める事ができないんです。まだ心の整理ができていないんだと思っています。」


 谷口さんは、真剣なまなざしで、僕を見ている。


 「本当の事を言うと、谷口さん、あなたは僕のタイプなんです。でも、あなた自身と言うより、その亡くなった彼女に感じがとても似ているからだと思います。だから、そういう感情を、あなたに持つのは失礼だと思っています。そういう事ですので、僕とあなたの関係は今は進まないと思います。すみません。」と付け加えた。


 彼女は、うつむきながら

「そう、でも、今は進まない、と言う事は、可能性は、あるって事かな、、、」と言う。


 「別に期待させる気はありませんが、谷口さん、貴女はとても魅力的な女性です。」


 彼女の目に涙が少し浮かんでいる。このとても可愛いらしい女性を、抱きしめたい衝動に駆られたが、それは、何とか抑える。


 「有難う、わかったわ。でも今はだめでも、私の事、女としては見てくれるのかしら?」

 「心を求められたら、無理です。嘘は付きたくないですから。」


 「彼方、すごく真面目なのね。」


 「いいえ、自分勝手なだけです。」


 「凄く個人的な質問してもいいかしら?」とあの好奇心深い目つき。


 「どうぞ、大体のことはお答えします。」


 「彼方若いのに、女性との会話、とても上手。今までに、、、何人の女性と関係したの?」


 「7、8人です。」


 「そう、、、ちゃんと憶えてないんだ。」


 「ライブハウスで知り合って、彼女のアパートで飲んでて、酔っぱらった勢いでの Sex って、したくないんですけど、朝起きたら、ベッドの中で裸でした。でも、した記憶も、した様子もないんです。」


 「いくつ位の人?」


 「さぁ、それきり合ってないんで、でも大学生だと思います。」


 「りょう君、彼方、年上にもてるでしょう?」


 「さぁ、もてるかどうかは、わからないですけど、みんな、僕より年上でした。」


 「でしょうね、、、私も年上なのよね。」と僕の眼を覗きながら言い、


「じゃあ、私と Sex だけなら、、、付き会ってくれる?」と恥ずかしそうに聞くので、


 「たぶん、しないと思います。ここは僕の職場ですし、遊びに来てるんじゃないですから。これ以上、複雑な環境に自分を置きたくないんです。いずれ、僕がここを辞めるか、心の整理が終われば、話は別ですが。」


 そして僕は席を立ち、

「今度、散歩に誘っても、良いですか?」と聞くと、


 彼女は、ちょっと意地悪っぽく、

「本気じゃないと嫌。」と言ったが、すぐに笑みを浮かべて、


 「もちろん、いいに決まってるじゃない、私もこれで、1歩前進。」と言って立ち上がり、僕の頬に軽くキスをする。


 「駄目ですよ、そんな事したら。僕の押さえがきかなくなったら、どうするんですか?」と言うと、


 「私達は、落ちる所まで落ちるのよ。」と笑いながら答えるので、


 「嫌ですよ、1人で落ちてください。」


 「連れないのね。」


 「すみません。」


 彼女はモジモジしながら、

「私ってそんなに魅力ない? 胸、小っさすぎる?」とつぶやく様に言うので、


 「これが最後です、ちゃんと聞いていて下さい。」と言って、彼女の手を握り、眼をじっと見ると、


 彼女は、びっくりしたように、

「何かしら?」と言って身体を少し硬くしている。


 「今度は、ちゃんと聞いてて下さいね。谷口さんはとても魅力的で、可愛い人です。もし、僕が普通の状態なら今にでも抱きしめます。もしかしら、押し倒すかもしれません。最初に会った時から、ひかれてますから。だから、大切にしたいんです。それと、貴女の胸、小さくないですよ。あと、あまり大きいのは好みじゃないいですし。」


 「彼方、そんな事よく真顔で言えるわね。」


 「ちゃんと言わないと、伝わらないでしょう。」


 彼女は真赤に成りながら、

「ありがとう。」と言った。




 部屋に戻り、Bob Marley の No Woman No Cry や Stones の Fool to Cry 等の曲を歌っていたら、2人がシフトから戻ってきた。



 「その感じだと、ふられたね、りょうちゃん」と言う健二さんを、


 「食事まだなんで、行きましょうよ。」とはぐらかす。



 1階の自動販売機でカップ酒を買って、3人で食事をした。


 健二さんが

「りょう、ウィスキーじゃないの」と聞くので、


 「だって合わないですよ、ここの食事と。」


 「確かに、それで、何だった、話しって?」と、また聞いてきたので、


 「単なる事務的な事でした。配膳会の事と、給料や保険の事など。」と話をまた、はぐらかす。


 「本当にそれだけ? だって、もう噂に成ってるよ、りょうが、未来の専務だとかって。」


 あまりにも唐突だったので、僕は吹き出してしまい、即答できなかったが、すぐに水を飲んで、

「違いますよ、いい加減にしてくださいよ、健二さん。」と誤魔化す。


 「なんだ、違うの、つまんね。 ところでさ、さっき、歌ってたじゃん、りょう、結構、歌もギターも上手いね、なぁ徹。」


 「うん、上手かね。」


 「えー、聞いてたんですか、2人とも?」


 「聞いてたも何も、外までまる聞こえだったよ。今度、カラオケにでも行こうよ。」


 「あの、カラオケ駄目なんですよ。」


 「なしてね、歌、上手いやなかね。」


 「自分のギターでやったら歌えるけど、カラオケ下手なんで。」


 すると健二さんは、茶化すように、

「優等生のりょう君でも、苦手な事が有るんですね。」と言ので、


 「もういいですよ。」と言って、酒を飲み干し、


 「先に風呂、行きますね。」と言って、部屋を出た。



 簡単に行水をして、風呂を済ませた後、さっさと布団の中に逃げ込んだ。しばらくして、2人が風呂から帰ってきたが、寝たふりをして、その晩は健二さんから逃げのびた。




 翌朝、フロントデスクに行くと、チーフは既に入っていて、お茶を飲みながら,

「朝と深夜シフトは簡単だから」と言う。


 しばらくすると、昨日会った三沢さんが、眠そうな顔でやってきた。


 チーフは

「三沢君、またオールナイト?若いね。ところで、再来週から新しいシフトに成るけど、とりあえず、今週と来週、君とりょう君が朝シフトだから、彼の事、よろしく頼んだよ。」と言った。




 朝シフトは、午前8時から午後4時。

 まずフロントと玄関の掃除。朝食の特別料金の伝票を帳簿に書付、チェックアウトのゲストの請求書の作成。そして、チェックアウト。3時からのチェックインの準備。


 ゲストの部屋の振り分けは、基本的にチーフと副社長が行う。


 3時から2人が玄関に立ち、ゲストをデスクに通す。大概、副社長がゲスト待ちのポストに付き、ゲストの1人1人に、挨拶をしていた。



 夜シフトは午後3時から午後11時。

ゲストのチェックイン。翌日の朝食確認、和食の雑炊もしくは、ウエスタンの選択。そのリストを調理場に届ける。クーポン券の種分けと宿泊者リストの作成。夕食の特別料金の伝票を帳簿に書付。


 ゲストの部屋への案内は、仲居さんたちの仕事。


 深夜シフトは、午後11時から午前8時。

宿直の警備の三木さんと2人。三木さんは60歳で、いつも奥さんの手弁当を持って、10時50分に現れる。仕事は1時間毎にホテルを見回るだけで、基本的に、何もする事がない。


 食堂も簡単な仕事だったが、デスクの仕事はそれ以上に簡単だった。


 ただ、ゲストから、様々な質問を受けるので、観光名所、買い物、レストラン、その他の事を頭に入れておく必要があった。




 掃除をしていた8時半ごろ、

「おっはよう、りょう君。」と言って、谷口さんが元気よく出社してきた。


 この日は、タイトなジーンズに白の開襟シャツ。しゃがんで、上履きのヒールに履き替える時、ちらりと胸元が見えた。


 彼女は、僕の横を通りすぎる時、

「今、見たでしょ!」と小声で聞くので、


 僕は、

「すみません、つい見てしまいました。」とあやまったが、


 「違うわよ、わざと見せたのよ。」と言って、肩を軽く僕ぶつけ、事務室に歩いて行ってしまう。


 掃除を終わらせデスクに戻ると、三沢さんが

「ここに来て2年に成りますけど、あんなふうに、はしゃいでる谷口さんを見るの初めてですよ、チーフ。」


 チーフも、

「そうだね、んん、私も見た事がないね。」と話し合っている。


 そしてチーフは、

「気をつけなよ、りょう君、んん。 あの子、君に気があるのかもしれないよ!」と僕をからかった。



 3時に副社長が現れ、

「立ちは、私とりょう君でしますので。」と言って、僕を玄関前に連れ出した。


 そして、

「何事も初めが肝心です。大きな声と笑顔でお客様をお出迎えて下さい。」 


 「それと、今日子の事ですが、あまり気にしないで下さい。私はあの子の意見を尊重しますし、無理な結婚を押し付ける気は、さらさら有りませんから。」と言葉優しく言う。


 「はい、有難うございます。彼女にも言った様に、これは、僕自身の問題で、今は、特別な彼女を作る気はないんです。ただ、谷口さんはとても魅力的な女性ですから、もしかしたら、お付き合いする事に成るかもしれませんが、その時は、彼女と2人でご相談に伺います。」


 そして、この事は、どれ位の人が知っているのかと質問をする。やはり、彼と専務と彼女の3人だけだ、という返事だった。



 翌日も、このようにして彼と前立ちをしていた時、来週の月曜から、東京の女子高生が100人ほど来るのだが、その時、2晩、広場のログハウスを使うイベントがあって、それを手伝てほしいと頼まれた。


 断る必要もなかったので、

「もちろん、お手伝いさせていただきます。」と答える。



 その日の昼過ぎ、東京の女子大生2人がやってきた。2人共、派手さが無く,大人しそうな感じだったが、事務所と靴箱の事を説明すると、キャッキャッと言っていた。


 「りょう君、あんな感じの女の子はどう思いますか? 可愛らしいと思いますか?」


 「そうですね、でも、何か子供っぽくて、僕は、落ち着いた感じの女性が好みなんです。」


 「ほう、そうなんですか?」


 「キャアキャア言うのは、疲れますし、そんな柄じゃないですから。」




 その日のシフトが終わった後、僕は事務室に行き、谷口さんに、明日、買い物と、この辺りを案内して欲しいと頼んだ。


 彼女は、

「これは、デートのお誘い?」と上目ずかいに聞くので、


 「そうじゃないですけど、僕と谷口さんの事、かなり噂に成ってるみたいだし、僕が避けてるなんて事にでも成ったら、僕もここにいずらくなるし、谷口さんも嫌でしょう?」


 「りょう君、、、気を使ってくれてありがとう。11時位でいいかしら、駐車場で待っててね。」と彼女は嬉しそうに言う。


 こんな話しをしていると、専務と新しいバイトの女の子と思われる4人が入って来たので、彼女に

「じゃあ、明日、よろしくお願いします。」と言って部屋を出た。


 ドアーの後ろで、

「明日がどうした?」と言う専務の声と


「デート。」と言う、谷口さんの声が聞こえた。



 部屋に戻ると、健二さんと徹さんが、仕事に行く準備をしながら、2人の女子大生の事で、盛り上がっていたので、

「今、また4人来ましたよ。」と教えたら、


 徹さんが、

「どげんね、可愛か子、おったね?」と騒ぐので、


 「可愛いかどうかは、自分で決めて下さい。」と興味の無い返事をする。




 6時頃、谷口さんが、僕の部屋をノックして、夕飯を新しく来たバイトの女の子達と

「一緒に、食べない?」と誘ったが、集団行動が苦手なので、それは断った。



 翌朝、風呂を浴びながら、髭をそった。毎日、温泉に入っているので、肌が、ツルツルと、しっとりとしている。その後、仲居さんの作業場に行き、ちゃんと綺麗に使うのでと、コンロの使用許可を得た。


 作りたてのポップコーンが食べたくて仕方なかったからだ。



 11時に部屋を出て、表のパーキング場で、煙草を吸い、本を読みながら谷口さんが来るのを待つ。12時を過ぎた頃、赤い車が僕の前で急停車して、サングラスを取りながら

「ごめん、遅れちゃった。」と言って、谷口さんが現れた。


 彼女の長い髪は、バッサリとボブに切られている。


 僕は驚いて、

「男にでも振られたんですか?」と聞くと、


 彼女は、

「貴方によ。」と笑いながら答える。


 「それに、なんですか、その格好? それじや、まるで、ペアールックじゃないですか。」と彼女の白いシャツとジーンズの服装の事を言ったら、


 「りょう君のマネしてるのよ、だめだった?」と言ってまた笑う。


 僕は車に乗り込み、靴、ネクタイ、生活用品、ウィスキー、煙草、それとポップコーンが買いたいと伝え、ゲストの質問に答えるため、この辺りの食事と買い物の出来るところにも連れて行って欲しいと頼む。


 「靴、持ってるじゃない」


 「仕事用の靴を上と下で履き分けたいし、ネクタイも借り物ですから。」



 紳士服の店で靴を探していると、彼女は何も言わ無い僕に、ついに痺れを切らしたのか、

「どう、この髪、似合ってる? 今思ってる本当の事、言ってね。」と聞いてきた。


 「僕の本音ですか? そんなの、大きな声では言えませんよ、、、後で車の中で答えます。」と答えると、


 「じゃあ、さっさぁと買い物、済ませましょうよ。」と言い、僕の手を引っぱって、次のマーケットに急かせる。


 そこで、煙草、日用品、ポップコーンを購入。ウィスキーは安く買える店が少し離れた所にあるらしく、車で移動する事になった。


 そして、車に乗り込んだ瞬間、

「はい、今は車の中です。どう、感想は?」と彼女は僕の眼を覗き込むようにして聞いてきた。


 「じゃあ、、、あの長い髪は、もったいなかったけど、今のボブの方が、貴女の綺麗なうなじが見れて、僕は嬉しいです。それとタイトなジーンズ、貴女の腰から足首にかけてのラインが手に触れる様で、ちょっとエロチィックで、いいですね。」と正直な気持ちを伝えた。


 すると、彼女は紅潮しながら、

「りょう君、よくそんな事言えるわね、エッチ。」と呟く、少し怒っている。


 「だって、谷口さん、本音でって、言ったじゃないですか。」


 「普通、似合ってるとか、可愛いとか、綺麗とかじゃない。それなのに、うなじとか、ラインだなんて、、、それって、ホストの口説き文句みたいじゃない!それとも、君、ホストやってたの?」


 「やってないですよ、でも多分、これが僕なりのストレートな会話方法なんです。だって、家庭を築き、子供を作る為に、愛し合える自分に合ったパートナーを捜すのが人生だと思うから、だから、性を隠しながらの男女の会話なんて、変だと思うんです。僕達はそうやって会話してきたし、、、今更変えられないです。」と言葉を選びながらゆっくりと答えると、


 彼女は、車を脇道に駐車して、僕の目をじっと見つめながら、

「僕達って、亡くなった彼女の事?」


 僕はうなずき

「両親からは、笑われました。そんなマイホーム主義に育てた覚えはないって。でもね、お互いの夢や生き方、思想や理想を潰さずに、ちゃんとした経済力の元で、家庭を築くのは難しいと思います、もちろん、想像だけですけど。夢や理想だけじゃ、次の命は育てられないです。だから、ちゃんとした、パートナーが必要なんです。すみません、話しすぎました。」


 「私、そんな事、考えた事なかったわ。」


 「ちゃんと、家族やホテルの事を考えてるじゃないですか。」


 「そうじゃなくて、自分の存在理由を踏まえてって事よ。」


 「そんなに、大袈裟な事、言ってませんよ。でも、話を元の質問に戻します。今日も素敵ですよ。」と僕が言うと、


 彼女は、真赤に成って、うつむき、また少し怒った様に、

「もう、いいわ、私、恥かしい、、、そうやって、何人もの女の人をくどくいて来たんでしょう?」と小さな声で言うので、


 僕は、真面目な声で、

「女性を口説いた事なんてないです。彼女らに誘われて Sex してただけですから。でもね、少しずつ変わってきた。心から女性を求められる様に成りたいって。心も身体も愛し求め合えるパートナーに出会いたいって。」と答える。


 「じゃ、亡くなった彼女もそうなの? 口説かなかったの?」


 「彼女とは、自然発生というか、幼いながらにも、僕らは求め合っていましたから。僕が中2で、彼女は1つ上です。付き合ってたのは2年と5ヶ月。僕が高1の秋まで。でも、この話、今は止めません。」と言って、1呼吸置き、


 「覚えてますか、”貴女の事を大切にしたい、”って言った事。だから、本音で話してます。貴女にも時間をかけて、僕を知って欲しい。もし、貴女が、まだ望むなら、、、すみません、上手く言えなくて。」


 「謝らなくていいけど、、、でも、遊びじゃないのね?」


 「遊びじゃないです。Sex がしたいなら、僕はそう言います。でも、それだけじゃない。だから挑発してほしくない。僕はまだ未熟だから、自分の感情を理性で抑えられない時が有るから。」と答えると、


 彼女は、

「私、君の事、挑発してる?」と少し涙声で。


 「してました。」


 「りょう君の方が、私よりもずっと利口で大人かも。私があせり過ぎちゃったみたい、ごめんなさい。」と謝り、僕の顔をチラリチラリと横目で見る。


 しばらくの間、沈黙が続いたが、彼女は、右手を出して、

「谷口今日子です。私と友達に成って下さい。」と言う。


 僕は彼女の手をとり、

「りょうです、谷口さん。」と答えると、


 彼女は、

「2人っきりの時は、今日子と呼んで下さい。」と言う。



 車を停めて、ウィスキーを買った後、イタリアンパスタの店で食事をとり、街を散歩した。


 今日子さんは、

「ねぇ、りょう君、さっき、なんで私あんなに、感情的に成ったんだろう?」と聞くので、


 「そうですね、想像ですけど、最後まで聞いてて下さいね。誤解されたくないから、、、貴女が関係を持った男性は2、3人。1人は、高校の時。それで短大ですよね?」


 彼女はうなずきながら、

「よくわかるわね。」と答える。


 「短大に行く時、高校の彼とは別れた。そして、短大の時の年上の彼とも、ホテルの就職とともに、音信普通となって別れた。性的にはオープンな気性だけど、その後交際なし。こんな所ですか?」


 「何で分かるの?」


 「マスターベションで性欲は、処理しているつもりだが、少し欲求不満。」


 「りょう君、何それ、何よ、、憎たらしい」と言って、握っていた僕の手を軽く抓る。


 「年下の僕だと、少しは主導権があるかと思ったが、今一上手くいかず、心の中を読まれ、からかわれたと思い、恥かしさと怒りで感情的に成った。」


 「りょう君、人の事読みすぎ。でも、、、当たってる。もぉいや、、、私よりも4つも年下のくせに、、、、なんでそんなにわかるの?」と言って、早足で歩き出してしまった。


 ”本当に、愛らしい。 今日子さんといると、なんだか無邪気な気分に成れるし、肩から少し力が抜けるのもわかる。 とても、久しぶりだ、この感覚。たぶん、アキと散歩してた頃以来。 今日子さんなら、僕が何を言っても、受け止めてくれるだろうか?どんな間違いをしても、許してくれるだろうか?”


 ゆっくりと歩く、彼女に追い付き、

「今日子ちゃん、少し、落ち着いた?」と聞いたら、


 ウィンクしながら笑顔で、

「ちょっとだけね、、、」と答える。



 街外れの観光地を回ろうと提案した今日子さんに、車の免許は持ってないが、運転はできると言うと、運転は好きだし、少しぐらい年上の私に格好つけさせてと言う。


 僕は、車の中で、今日子さんに色んな質問をした。

甘いものは苦手、でも時々、やけで食べる。

洋食より和食。

音楽の趣味は、ニューミュージックや、ピアノ曲。

テレビよりラジオ。

趣味でラジオドラマを録音する。

あまり本は、読まないけれど、軽い小説は読む。

暇な休みは、1人でドライブ。

人ごみはあまり好きじゃない。



 観光地を回った後、峠の釜飯屋で夕食をとり、満天の星の下の展望台で、手をつないでいた。


 そして、今日子さんは、

「やっぱり、好きに成っちゃいそう、」と静かに言う。


 「僕もです、、でも、、、」と答えて言葉を濁した。


 すると彼女は、少し上ずった声で、

「スキンシップし過ぎて、誤解される事も有るんだけど、それって、やっぱり気になる?」


 「僕も、結構そうかも、、、抱いてくれますか?」


 彼女は、優しい声で、

「いいわよ、」と言い、僕の腰に両手を回して軽く抱きながら、


 「あまえん坊なんだ?」と言う。


 彼女の首筋に顔を近付け、

「甘い香りがする。」と言うと、その瞬間、身体からすべての力が抜けていくのを感じた。


 「何時もはこの逆で、こんな風に抱きしめられるのは、本当に久しぶりなんだ。ずっと気を張ってきたと思う、、、気を抜くと自分がバラバラに成りそうだった。」と言うと、急に涙が溢れ出した。


 「まだそんなに、彼女の事、好きなんだ。」と言って、その胸と両腕で僕を強く抱きしめる。


 しばらくの間、僕は今日子さんの胸の温もりを、頬で感じながら、涙し続けていた。


 彼女は、僕の頭を撫でていたが、

 「可哀想な子。」と言うと、頭にキスをし、


 「いつか、その人の事、話してくれる?」


 「でもまたこんな風になるかも。」


 「いいわよ、私でよければ、泣きたいだけ泣いてちょうだい。それに、私、りょう君に、そうして欲しい。そうじゃないと、君、窒息しちゃう。まだ、誰にも話してないんでしょう、その彼女の事?」



 今日子さんの声は、とても優しく、暖かい。その彼女の、優しさが僕の心に沁みこんで行く。




 








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