6.その駅に着いたのは、

 その駅に着いたのは、既に、午後2時を過ぎていた。懐かしい ”いい日旅立ち”のポスターがまだ構内に貼ってある。百恵さんの声が聞こえてきそうだった。


 駅の辺りには、バス停と雑家屋、酒屋、その他いくつかの店があったが、想像していたより、かなり田舎なかんじだ。


 駅員さんに、ホテルの行き方を聞くと、

「そこの道を10分位行くと、看板がありますから、そこを右に行ってください。20位で行けますよ。」と気安く答えてくれた。



 道の両側を木々が生い茂っていて、涼しい風が穏やかに吹いている。 言われた通り、10分位でホテルの看板に付いた。


 そこを曲がって、緩やかな坂道を登って行くと、木々の数が増し、空気はもっとヒンヤリとしている。避暑地と呼ばれるような所は初めてだったので、少し驚いた。本当に涼しい。

 

 しばらく行くと、こじんまりとした広場と、木造立てと言うよりログハウスと呼んだ方がふさわしい建物があり、その先の丘の上に、ホテルと思われる大きな建物があった。


 ホテルの前で、何処から入って行こうかと迷っていたら、

「いらっしゃいませ。」と声をかけられてしまう。


 僕は、少しあせりながら、

「すみません、客じゃないんです。あの、バイトで来たのですが、従業員用の出入り口は、どこでしょうか?」と尋ねたら、


 「ここから入っていいですよ。入って右に行って、突き当たりを右に。すぐに事務室は、見つかりますから。そこで専務と話してください。」とその50位の男性は答えた。


 後でわかったのだが、その人はホテルの副社長だった。


 「有難う御座います。失礼します」と言ってスリッパに履き替え、


 「靴、どうしましょうか?」


 「そこの靴箱の番号が無い所に入れといてください。」と丁寧に答える。


 僕は大人の人から、あんなにも丁寧な口調で話された経験がなかったので、少し当惑しながら、

「はい、わかりました。」とだけ答え、靴をしまった。


 板張りの廊下を汚さないよう、スーツケースを持ち上げて廊下を歩き、事務室の前で1呼吸し、扉をノックする。


 すると、中から、

「どうぞ、」と女の人の声。


 僕は扉を開け、

「すみません、お忙しいところ、昨日お電話した、りょうです。」と言って中に入る。


 「あ、はい、聞いています。専務は今外室中ですが、1時間位でもどられると思います。とりあえず、私が簡単にホテルを案内するよう言われてますので。えっ、私、谷口今日子です。荷物はそこに置いといて下さいね。」と少し緊張した声。


 「す、すいません、案内おねがいします。」と僕が頭を少し下げて言うと、


 谷口さんは、

「じゃ、行きましょうか。」と言って、扉を開けて1人歩き出してしまった。



 背は、あまり高くないが、その色白の肌、長い髪、そして眼鏡。どことなく、アキに感じが似ていて、つい見とれてしまう、、、少し、胸が苦しいい。


 「えーと、りょう君だっけ、少し、緊張してる?大丈夫よ、すぐに慣れるわよ。」


 「え、あっ、はい。」と答えたが、慣れるわけ無いと思った。


 そして、谷口さんは、

「この部屋は開かずの間なのよ。だから、この辺りの空気、冷たくて、少し重いのよ。」と小さな声で言う。


 自分の勘違いが、恥ずかしかった。

 


 ホテルの入り口から入ると、フロントデスクと、2階の食堂に続く階段。


 右に3階建の旧館。事務室は、旧館の1階の奥にあり、その横に、部屋が5つ。


 そして2、3階にある客室への階段。仲居さん達の作業室とランドーリールーム。フロントデスクの裏口と倉庫。


 入って左側には、男女別の大浴場が2つ、遊技場と娯楽室、混浴の露天風呂、そして4階建の新館へと、つながっていた。


 新館の1階には、3つの家族風呂と、大人数でも泊まれる部屋が3つ。そこは、宴会に使われる事もある。そしてエレヴェーター。


 大浴場の上にある2階の食堂は、旧館と新館とにつながっていて、前面のガラス張り。軽井沢の自然が見渡せる。


 食堂の裏には、調理場と従業員用の休憩室。その休憩室は、従業員用の社宅につながっている。


 400人以上の客を受け入れることの出来るそのホテルは、大きな旅館と呼ぶほうがふさわしい程、和風に落ち着いていた。



 ホテルを1回りして、事務室に戻ると、谷口さんは、お茶を淹れ、専務が戻って来るまでの約30分、長期のバイト希望、高校中退、家族、彼女、趣味、その他、色々な事を興味深かそうに、僕に質問した。


 まるで、お見合いでもしている様だ。


 そうこうしている内に、専務と思われる、五十代位の男性が部屋に入ってきたので、僕はすぐさま立ち上がって挨拶をし、谷口さんからの、質問攻めから逃れる事ができると、少しほっとした。


 「待ちましたか?すいませんな、急用ができまして、、まず、何か身分を証明できる物を見せてもらえますか。」と自分の机の前に、手招きしながら、穏やかな口調で言う。


 僕は二輪の運転免許書と配膳会の証明書を手渡す。


 「17歳、高校中退でしたね?」


 「はい、そうです。」


 「若いですね。」


 「もう、谷口君の質問攻めには遭いましたか?気にしないで下さい。君は配膳会の推薦ですから、こちらは、何も問題はありませんので。服装の事は、電話で説明しましたが?」


 「はい、ちゃんと用意しています。」


 「時間給は1300円ですが、300円ぶんは、直接向こうの方に送りますので、実際は、1000円です。給料は2週間毎、この谷口君から受け取って下さい。」


 「はい、わかりました。」


 「それと、寝泊りする所ですが、階段の横の106号室を使って下さい。既に東京の配膳から1人来てますが、あと男の子が3人来ますので、5人で使ってください。それと、女の子が8人アルバイトで来ますが、くれぐれも問題のない様お願いします。何か質問はありますか?」


 「いえ、別にありませんが、散髪屋さんは、何所にありますか?」


 「すみませんな、社長に呼ばれてますので、あとの事は谷口君、お願いします。」


 僕は、立ち上がり、

「よろしく、お願いします。」と言って頭を下げると、


 すると専務は、

「こちらこそ、よろしく頼むよ。」と言い部屋を出て行ってしまう。


 また、彼女と2人きりに成った。


 谷口さんは、

「とりあえず、こことここに、署名してね、一通は、配膳会の方に送りますから。」


 僕は、書類にサインした。


 「はい、事務はこれで終わり。それでぇ、散髪屋さんはね、駅前の雑家屋の裏にあるわ。他には?」


 「今は、これと言ってありません。」


 「じゃあ、私からいくつかの助言。自動販売機で飲み物とか売ってるけど、忙しい日は売り切れるから、早めに買ってた方がいいわ。


 それと、厨房でははきはきと礼儀よく、料理長、怖いわよ。仲居さん達とも、もめない様にね。彼女達を敵にすると、ここではやっていけないの。


 えーと、洗濯は、夜やってね。温泉は、24時間入れるわ。こんなとこかな。日曜日以外は、ここにいるから何かあったら、何時でもきてね。それでね、仕事は、月曜日からだから、後1日、のんびりして下さい。仕事始まったら、きついわよ。


、、、それとも、町を案内してあげましょうか?私、明日、休みだし。」と早口で言う。


 「有難うございます、でも、明日は散髪行って、それで、食堂の方、顔出そうと思ってますので。また今度、誘って下さい。」


 「私、嫌われたかな?」と谷口さんは僕の目を覗き込みながら言うので、


 「いや、そんな事、ぜんぜん、ないですよ、綺麗だし、なんか、昔の彼女に、感じが似てるし。」と答えて後悔をする。


 アキの事を見ず知らずの人に言うなんて。


 「冗談よ。でも、何かあったら、気兼ねせずに、いつでも、聞いてね。」と谷口さんは、笑顔で言う。


 「はい、有難う御座いましす。」

と僕は言って立ち上がり、スーツケースとギターを持って、部屋をでた。


 心臓が張り裂けそうに、痛かった。

 

 彼女のその笑顔が、アキの笑顔にそっくりだったから。




 アキの最後の言葉、

「りょう君、、、まだ私の事、好き?、、、私も、」が頭の中で響く。




 ノックをして、106号室のドア開くと、20代半ばの男性が服の雑誌を寝転んで読んでいた。


 「今日からこの部屋に入る、りょうです。よろしくお願いします。」と挨拶をすると、


 「健二です、よろしく。」と興味無さそうな声。


 僕は、荷物を部屋の奥の押入れの横において

「ここ、いいですよね?」と彼に聞いたら、


 「いいんじゃない。」とまた興味なさそうな返事。


 「健二さん、配膳ですよね、僕もです、よろしくお願いします。仕事は、あさってからなんですが、後で食堂に顔を出そうと思うんですけど?」


 「いいんじゃない。」とまた彼は言う。


 僕はスーツケースを開き、必要であると思われるズボン、シャツ、ネクタイを取り出す。


 「出る時には、声を掛けてください、僕も、行きますので。」


 「あぁー、、、」


 そして、しばらくして、

「君、本当に顔出すの?金、出ないよ。」と彼は言うので、


 「あまり人に迷惑、掛けたくないんで、」


 「真面目は損するんだよね。」


 「いいですよ、人に貸しは、作りたくないですから。」


 「5時25分に出るから。」と寝返りをしながら健二さんは答えた。




 サーバー服に着替え、健二さんに付いて食堂に行き、正規の黒服3人に挨拶をする。


 「あさってから入ります、りょうです、よろしくお願いします。」


 無視された。


 「しばらく、見学していきますが、邪魔にならない様しますので、、、」


 完璧に無視されている。


 すると、健二さんが耳元で、

「こいつら、皮肉れてるから気にしない方がいいよ。」と呟いた。



 1時間ほど、仕事を見ていたが、思ったより簡単そうなので

「明日の朝、また、お邪魔します。ありがとうございました。」と言って食堂を後にした が、自分の部屋に向かう途中、また谷口さんに捉まった。  


 「もう、食事した? まだなら、行きましょう。さっきは、なんか逃げられちゃったみたいだし、少し、話しがしたいの。」と食事に誘う。


 僕は彼女の誘いを断われず、従業員用の休憩室で、また2人っきりに成った。


 「そこの弁当箱2つ取って、私は、お茶淹れるわから、」


 彼女に言われるままに、弁当箱を取りテーブルに置くと、彼女はお茶とお箸を持ってきて、


 「はい、座って、、、食べましょう。ここの料理長さん、腕とってもいいのよ、美味しいわよ。」


 そして、小さな声で、

「毎日だと、飽きるけどね。」と言う。


 矢継ぎ早に話す彼女に返事もできないまま、彼女の話を聞く。


 「さっきね、色んな質問したでしょ、あれ、私の仕事なのよ、ごめんね。ここの社長、コントロールフリークで、従業員の事、全て知っておきたい人なの。私の仕事、ここの計理でね、従業員の給料の精算とかもするのね。


 それで、月に1回、従業員全員と会うから、何かあったら報告しろって言われてるのよ。もちろん、ここの人達は、その事知ってるから、わざと、色んな事を言う人もいるけど。


 だから、つい質問しすぎちゃうの。


 それとね、ちょっと考えたんだけど、りょう君は無口で繊細そうだから、、、私が個人的に質問する時は、そう言うから、私とは、もう少し力を抜いて話してほしいの。」とじっーと僕の目を覗き込みながら言う。


 しかし、彼女が、何を言おうとしてるのか今いち、理解できない僕は、逆に質問する事にした。


 「それは、仕事で質問する時と、個人的に質問する時がある、とゆう事ですか?」


 「そうよ」


 「それと、僕と気楽に話しをしたい、とゆう事ですね?」


 「そう、彼方とお友達に成りたいの。」


 「それって、誘ってるんですか?」


 「そうとられても、仕方ないけど、、、ホテルの仕事って、それだけに成りやすくて、外の人との関係、簡単に切れちゃうのよ。それに、みんな結婚してるし、、、」


 そして、1呼吸置いて、

「それに、君ってなんか、どことなく可愛くて、なんか、いいのよね。」と少し紅くなりながら言う。


 「それに、私達、そんなに年、離れてないのよ。と言っても、もうすぐ22に成るから、5歳違うけど。」


 「えっ、22って、もっと年上かと思いました。」


 「いくつ位だと思った?」


 「そんな質問には、答えられませんよ。それに、僕は無口でも、繊細でもないですよ。唯、ちゃんと状況を把握しときたいだけです。ところで、これは個人的な会話ですか?」


 「そう、これは個人的な会話。それでね、こんな感じで私と話して欲しいのよ。でも君、妙に落ち着いてるわね、、、本当は歳、誤魔化してない?」


 「そうですね、17と言いましたが、来月、18に成ります。だから谷口さんとの歳の差は四つです。」


 「じゃあ、りょう君、また個人的な質問です。

ギターは、どれ位弾けるの?

どんな音楽が好き?

好きな映画は?

好きな食べ物と、嫌いな食べ物は?

彼女、本当にいないの?」とこんな質問を、何度も繰り返し聞く。


 食後のお茶を飲みながら、

「でも、こんな事、職場でしてていいんですか?噂されちゃいますよ。」と僕が聞くと、


 谷口さんは、落ち着いた声で、

「私は全然気にしないけど。でも既に噂には成ってると思うし、でもね、そんな事、気にしなくていいのよ。私はある意味で、特別だから。」


 「特別て?」


 「あのね、このホテルは基本的に家族経営なの。専務は、社長や副社長の従兄弟で、私は、専務の姪子。重要なところは、みんな家族でやってるのよ。この意味、わかる?」


 「いや、ちょっと、わからないです。」


 「いずれ、わかるわよ。あらもうこんな時間、私、そろそろ帰らなきゃ。じゃあね、おやすみ。」と言って彼女は席を立つ。


 「おやすみなさい、それと夕飯、ご馳走様でした。」


 すると、谷口さんは、上目ずかいに僕の眼を覗き込みながら、

「君、やっぱり可愛いわね、私の彼氏にならない?」と言ってウインクをし、


 「冗談よ、、、じゃーね。」と手を振りながら、帰って行った。


 彼女の後ろ姿を見送りながら、完璧に彼女のペースに飲まれてる自分に気が付く。

 



 すでに8時半を過ぎていた。


 1階の娯楽室にある公衆電話から、アミに電話を掛けたのが、呼び鈴が鳴り続けるだけだった。


 部屋に戻る途中、フロントデスクに寄り、一応の挨拶をすませ、着替え、タオル、洗面道具を持って、温泉浴場に行ったのだが、全てそろっていたので、着替えだけでよかった。4、5人しか入っていないので、中はガランとしている。流石に大浴場と呼ぶだけはある。


 ゆっくり湯に浸かりながら、谷口さんとの会話を思い出してみる。


 僕をからかっているのか、それとも、本気なのか?いくら、ここの家族だとしても、職場であんな強引な誘惑は、普通しないだろ。でも、彼女は、ちょっと普通じゃないみたいだし、


 「しばらくは、2人きりに成らない方がいいな。」と自分に言った。


 「でも何所が、アキに似てるんだろう?あの好奇心旺盛なとこ、人の心を読むように眼を覗き込みながら話すとこ、あの笑顔かな?」


 でも、アキはアキで、彼女は彼女。谷口さんの中にアキを探すのは、いささか不公平で、ズルイきがした。そして僕は、彼女が気になっている事を自覚する。


 「やっぱり、2人きりには、成らない方が良い。」と自分に言い聞かせた。



 風呂から上がり、膝のとこから切り落としてある、洗いざらしのジーンズと、白いT-シャツに着替え、販売機で缶ビールを買う。それを飲みながら、もう1度、アミに電話を掛けたが、やっぱり、留守だった。


 飲み終わった缶をゴミ箱に捨て、もう1本、ビールを飲む。



 部屋に戻ると、健二さんはタバコを吸いながら横になっていて、

「あいつ等、気分悪いだろう?」と言う。


 「いいえ、あんの一々気にしてたら、配膳なんかできませんよ。」


 「まあ、確かに。」


 ビールがまわり始めて、眠気が差す。


 「もう寝ます、ところで、明日の朝、何時ですか?もう1度顔出します。」


 「7時、おやすみ、電気消そうか?」


 「いいえ、消さなくてもいいですよ、何処でも寝れますから、おやすみなさい。」と言って、少し湿った感じの布団をひき、すぐさま眠りに落ちた。



 翌朝、目覚まし時計で6時半に起き、共同の洗面上で顔を洗う。


 仕事用の服に着替え、また健二さんに付いて食堂に行き、1時間程仕事を見ていたのだが、これなら、12テーブルは出来るなと思った。


 それで、健二さんに礼を言いい、例の黒服の3人にも、

「明日から、お願いします。」と頭を下げて、食堂を出た。



 1階で仲居さん達が集まって雑談をしながら、仕事の準備をしていたので、一応の挨拶をし、自分の部屋へ戻る。


 10時半までギターを弾きながら時間を潰し、駅前の、老夫婦がやっている散髪屋で、さっぱりと、髪を切ってもらっい、雑家屋で煙草と洗濯洗剤を買い、ホテルに戻った。




 その日は、ホテルの裏にある山道を、時々、木陰にあるベンチに座り、ハーモニカを吹いたり、バーボンを飲んだりして散歩した。


 この前、山道を歩いたのはアキが入院する前だから、本当に久しぶりだ。



 アキの笑い声、笑顔、唇、肌の温もり、そして甘い香り。それらの記憶が、僕の5感を奪い獲る。


 まるで、あの頃の様に、アキが僕の側を歩いてるみたいだ。


 何を話していたんだろう?

 どんな服を着ていたんだろう?

 なぜ僕らはあんなにも早く、心を開け、受け容れ合えたのだろう?

 なぜ僕らは、あんなに心も身体も愛し合えたのだろう?

 僕が、求めたから?

 それとも、アキが求めたから?


 僕らは、愛し合い、求め合っていた。



 そして、その時も、僕はまだ、アキを求めていた。


 でも、アキは、もういない。その事を自覚する必要が、僕にはあった。


 たぶん、アキも望むだろう、僕が心を開けられるパートナーに出会える事を。そして、その女性と時間を過ごす事を。




 日が落ち始めたので、ホテルに戻り、1人で夕食を済ませる。その後、アミに電話を掛けたが、やっぱり、誰も出なかった。


 部屋に戻り、アミに、無事にバイト先に付いた事、電話が繋がらないので、心配している事、ここの住所に連絡して欲しい、等を、手短に書く。


 そして、

”元気でいる事を祈ります。”と付け足し、その手紙をフロントの横にある小さなポストに入れた。




 食堂の仕事は、とても簡単で単調だった。ゲストの部屋番号を確認し、テーブルに通す。ビール、ジュース等の特別料金のオーダーは、伝票に付け、食事後、サインをしてもらう。食事は、決められた物を運ぶだけだ。


 健二さんとは同室という事もり、それなりの話をしたが、例の黒服の3人は、必要な事意外、僕とは話さなかった。


 朝のシフトが終わると、健二さんと中食をとり、部屋に戻り休憩。5時半から夜のシフトに戻る。その後、夕食を済ませ、温泉に入る。日に何度か、アミに電話を掛けてみたが、1度も、誰とも、繋がらなかった。



 そんな日が3日過ぎ、やっと生活にリズムが出来てきた木曜日の朝のシフトが終わる頃、谷口さんが、食堂に現れた。


 彼女の長い髪は、一本挿しのくしで上げられ、その細くて白い首を浮かび上がらせる。白い開襟シャツに、濃紺で膝までのタイトなスカートと、少し高めのハイヒールは、彼女の美しい脚線美とプロポーションの良さを前面に押し出している。


 彼女は、板張りの床にコツコツと音を立て、そして僕の前で立ちどまり、少し冷たそうな声で、

「りょう君、シフトが終りしだい、事務室に来てください。これは仕事ですので、、、」と言うと、きびすを返して、またコツコツと音を立てながら、帰って行った。


 健二さんが、

「仕事だって。ところで、りょう、あんな美人、このホテルにいたっけ?」とあっけに盗られた様に聞く。


 「会計の谷口さんですよ、会いませんでした?」


 「え、そう?だって、全然別人じゃん。」


 「そうですね。でも、まずいな、、、もろに、僕のタイプですよ。」


 「え、お前、あーゆのが好みなんだ。もろ、先生って感じじゃん。」


 「健二さん、からかわないで下さいよ。」


 そんなジャレ事を言いながら、仕事を終わらせている間中、黒服の3人は、こちらを、ちらちら見ながら、何かこそこそと話し合っていた。


 仕事が終わると、健二さんは、

「早く、先生に会ってきなよ。それと、後でちゃんと報告してね、りょうちゃん。」とまた僕をからかった。


 



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