第13話 それぞれの誇り(下)
「もしかしたら会えるんじゃないか、とは思っていた」
行く手を遮るように飛び出したチャールズの姿を認めた彼女は、一瞬逃げ出そうとするかの様に身じろいだが、すぐに諦めて彼に向き直った。
防寒のためにかなりがっちりと着込んでいるせいか、少しふくよかになった様に見えるが、その緑の瞳は変わらない。まごう事なきクリスティーナである。
「なぜ……」
「それを聞いてどうするの?」
確かに、なぜ、の部分は今更問うたところでどうしようもない。では。
「これから、どこへ?」
「まだ分からないけど、とりあえず南を目指している。また大陸へ戻るかも。もともと、修行の旅の途中だったんだ。出発が早まっただけのこと、ともいえる。ダイモーク卿からははスクリーヴズビーに逗留を続ける提案もいただいたけれど、お断りしたんだ」
「なぜなんだ? スクリーヴズビーに居たって剣の修行はできるだろう?」
「……これ以上、ジェーン嬢を傷付けたくない」
彼女が伏し目がちに吐露した心情に、チャールズは声を詰まらせた。それは彼自身も背負わねばならない罪だ。
「それに、スクリーヴズビーに居ては、私たちはあくまでダイモーク家の指南役に過ぎない。私たち親娘の望むところは、別なところにある」
「なにを、」
言っているのか、というその言葉は彼女に遮られた。
「これから、乱世が来る。父の編み出した剣技を争乱の世に問い、立身を遂げるのが父の、そして私の望みだ」
新国王即位に際して演じる役割があることを理由に、ダイモークは王位を巡る争いからは距離を置いて来た。引き継がれてきた役目を守ってゆく上では、どちらの側からも中立であることが望ましい。
戦力としての重要性に乏しいダイモークに歴史と伝統を盾にとられれば、歴史と伝統の権化である王位を争う者たちとしては強引な引き込みは憚られたし、その必要性も高くはなかった。
だが、そうして争いから距離を置くダイモークの下では、立身出世の機会も遠のくのは必定だ。
クリスティーナの指摘はそのことを指していた。
だが。
「そんな……だが、君は女性じゃないか⁉ それに、その望みは君の父上のものであって、それを君が背負わなければならない理由なんか」
チャールズがそこまで口走ったところで、その頬を打つ音が響いた。周囲の者たちが何事かと目を向け、囃し立てる。
「おい、兄ちゃん! あんまりしつこくすると彼女に嫌われるぜぇ!」
ゲラゲラと嘲笑が浴びせられるが、構ってはいられない。
だが、彼が何かを言うのを、彼女は待たなかった。
「ダイモークを継ぐことになんの疑問を持たない貴方がそれを言うのか!」
彼の言葉は、喉を通ることもなく霧散した。
「確かに、六百年の時を重ねた名誉のお役目と比べれば、流浪の剣士の高々親子二代の
「だが、私は父の剣技にも、それを継ぎ育てることにも誇りを抱いている! この生き方を、捨てるつもりはない!」
彼女は剣士であって、その魂と誇りは金剛石のように光輝き、そして強靭だ。
そうか、だから惹かれたのか。
彼は、納得と理解と、そして別離の覚悟を得た。
「……分かった」
チャールズは襟に留めていた
それは、ダイモーク家の紋章とは別に、
アーサー王が血筋を証明するために引き抜いた、「石に刺さった剣」を意味している。ブリテンの王位を証立てる剣。それが国王の守護闘士だと。
「これを持って行ってくれ。……いつかきっと、貴女の教えを受けた剣士として、国王の守護闘士にふさわしい戦士となってそれを取り返しに行く、その時まで」
クリスティーナの手に記章を乗せると、彼は踵を返してその場を離れる。
決して背後を振り返りはしなかったが、目に涙を浮かべても凛として彼を見送る彼女の姿を、彼は信じて疑わなかった。
この五年後に先代ダイモーク卿が亡くなると、チャールズは第二十二代となるダイモーク卿の地位を継承した。そしてその翌年となる一六八九年、チャールズは国王の守護闘士として、即位大祝宴の場に臨むこととなった。
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