第十七話:対機動兵器模擬戦


『―――あれは一体どういうこと!?』

「いや、どういうことと聞かれてもだな……」

 一輝が入室するとそこには、携帯端末を掲げながらもどうしたものかという表情をした渚がいた。

「奈々さんから、ですか?」

「……よくわかったな」

「渚さんがそんな表情するの社長さんか奈々さんくらいでしょう?

それに、何となく何を言いに来たか分かるので」

「まぁ、それもそうか……」

 答えながら、渚は何かの操作をする。

 すると、

「初めて使うからな……一輝、そこから喋ってみてくれ」

 突然そう言いだした。

 スピーカー機能でも使ったのだろうか?

『えっ……物部君もいるの?』

 などと思っていたら思っていたら案の定、奈々の声が聞こえてきた。

「あーあー、聞こえますか?」

『本当にいるんだ……』

 入室して戸の前からあまり動いていない為少し離れていたが、思いのほか集音性能が良いのか結構聞こえていたらしい。

「何について話してたんですか?」

『それは……』

 なぜか言いよどむ奈々。

「実は奈々に好きな人ができてな~」

「───えっ、色恋の話だったんですか!!?」

 そこに何やらニヤついた渚がホラを吹く様に言ってきて、何かを察した一輝はやや大げさにリアクションを返した。

 すると―――

『違うから!!

甲王牙がについて話してただけ!!』

 二人の冗談に、ムキになる様に答えた。

「……やっぱりか」

『―――あっ……!!』

 途端に奈々の勢いが消える。同時に赤面しているのだろうか、声にならないうめき声が聞こえてきた。

「僕も見ましたよ、


 若干時間が遡る。

 それは今朝、一輝が渚と美優との三人で朝食を摂っていた時の事だ。

 先に前置きをしておくと、昨日、作業に集中しすぎて終電を逃してしまい、あと普段から固形糧食カロリーなんとかゼリー飲料ウィなんとかばかり食している一輝の栄養バランスを愁いた渚の誘いで蓼科内にあった藤間家の別荘に一晩泊めてもらう事になったのだ。

 追記になるが対して美優はというと以前から借りているらしい。というのも以前、誤認により死亡届が受理されていたのが現在は撤回されたのだが、例の如く出されたせいで借家が差し押さえられてしまっていた為に憐れんだ渚が貸したそうだ。

 若干だが顔が火照っているのを感じる。少々立て込んだ関係で顔を会わせ辛かったが、ご飯を用意してくれたからには呼ばれることにしたのだった。

 誰かと食卓を囲うのを随分久しいと感じていた一輝。そんな彼が一口運んだ、久しぶりに味わう白米の柔らかい甘味をのんびりと味わっていたところで、

『続いてのニュースです』

 渚が気まぐれにかけていたニュース番組のそれが耳に入ったのだ。

『昨日、横須賀司令部の緊急会見により―――』

「…………?」

『―――観音崎警備所に現れた亀型の機動兵器が、国防軍により開発された新型兵器であると正式に発表されました』

「…………!!?」

「今のって……!!?」

 美優もこの事を知らなかった様だ。

『機体コード GM-X01―――機体名を、我々は【甲王牙】と呼称しております』

 そう言うのは、なんと栗林だ。

『この機体は、自立稼働型でかつ簡単な命令による操作が可能であり、これにより機壊獣を認識させる事が出来、対称を攻撃可能としています』

 そんなことまで栗林は言い出した。が、事情を知る彼等からわかることだが、これは完全なハッタリである。

 確かに「国の一大企業(という皮を被った私設武装組織)が運用しています」や「民間人の少女女子高生が乗っています」などと言ったところで世間を混乱させるだけなのではあるが……。


 他にも色々とホラを吹かれていたが、ここでは割愛とする。

「……まぁ、こればかりはなんとも言い難いんですよね……」

『…………』

「正直、ありのまま伝えるよりはいい選択だとは思いますよ。

……解せないのはわかりますが」

 そう言っていると「あーそうそう」と渚が割り込む。

「今度の土曜日、栗林司令がうちに来るそうだ」

『そんな急に!?』

「あぁ、そういえば言ってましたね」

 一輝もその話を聞いていた。それを奈々に伝える。


 ディサイアの持つ甲王牙を国防軍のものと公言してしまった以上、国防軍は機壊獣対策部隊の設置をせざるを得ない状況になってしまったということは言うまでもないだろう。

 あくまでも表向きでは、甲王牙を軍が運用している様に仕立て上げなければならないからだ。

 どの道であろうと、機壊獣は国際問題レベルで取り上げられて可笑しくない存在だ。その為の配備を先駆的に行える絶好の機会と考えた為に栗林はこのカードを切ったのだ。

 そこで、対機壊獣用の新たな部隊を編制し、これをディサイアの監視も兼ねさせることでその行いを正当化しようというのだ。

 聞いていた奈々はというと、腑に落ちない点がありながらも承諾することにした。

 時間が遅かったこともあり、後の段取りをある程度まとめ、この場は解散することになった。



土曜日

 一輝の九十七式チハ改の改修も粗方が終わってから初の土曜日だ。


 この日、国防軍のある部隊が試験場にやってくることになった。

「あれが……」

 対機壊獣専門という触れ込みとディサイアの監視という裏任務を受けているであろう、栗林中将が各隊員を直々に選抜した司令部直轄部隊。

「【ヤマタノオロチ】……」

 その部隊名なまえを、一輝は口に出していた。


 その中にあった、灰色で塗装された一機の騎甲戦車。

 各所細かい位置の微妙な変更以外には、今までの国防軍機の機体形状からの大きな変化はない。というのも、機能性は勿論のこと「外見がヒロイックな方が若者受けが良い」というプロパガンダ的な側面重視の方針の為だ。

 双眼と単眼を組み合わせた三眼トライアイ方式のセンサーやスラリとした純人型の形態など他機種と同じ機体構造。その細かな違いとして。

 指揮官機用を想定してなのか、頭頂部の鶏冠状センサーカバーが九七式のそれと比べ大型化している。

 九七式以降の国防軍機の腰部には「可動防御装甲スカート」が備わっているが、この機体のものは特に左右両脇の腰部装甲が大型化しボックス状になっており、恐らく副兵装サブウェポン用のラックを兼ねているのだろう、と一輝に思わせた。

 さらに目立つ点といえば、肩部装甲後部に搭載されたアーム状の可動型アタッチメントに挟まれる様に備えられた、一際異彩を放つ得物。

 鍔元の峰部分を挟まれたそれの長さは騎甲戦車の体格から計算すれば剣に近いといえる。だがこれは剣と言うには無骨で、先端が平らで刃になっておらず、刃側の剣先部分が鎌の様に反り返っていた。

 四一式対物剣斧鉈マチェット―――「対物刀」とは違い機壊獣の厚い装甲を容易く破砕するべく、「斬る」ことよりも「叩き潰す」ことを優先して設計された武器だ。


 新たに開発されたそれを装備することとなった、新型試作機。


試製五式中型騎甲戦車


 技術部からは【試製五式チリ】と呼称されている。


「透が乗るのか?」

「あぁ」

 パイロットスーツ姿の透が近づいてきた為、もしかしたらと勘付いた一輝が尋ねると案の定であった。

「そんでまぁ、機体のテストをしたいんだが」

「……まぁ、そういうことだろうとは思ったけどね……」

 何故今パイロットスーツ姿なのか。それについても案の定であった。


 その後数分間で、一輝の九七式も用意を整えられた。

 お互いの機体の武装は訓練用のものに換装されている。

 5.56mm機関砲頭部機銃20.0mm機関砲灰燼、お互いの火器には着弾と同時に電気信号が流れる仕組みの電子マーカー弾が装填され、お互いの近接武装も刃抜きされマーカー弾と同様に電気信号が流れるものが装備されている。


 お互いに、準備が整う。


 それと同時に。

「―――いくよ」

「―――おう」

 白と灰。二色の機体が、ほぼ同時に走り出した。


 足裏に備えられた超電磁高速回転履帯リニアキャタピラによる加速で、一気に時速80キロ代まで加速する両者。

 すれ違いざまに得物―――方や対物ナイフ、方やは対物剣斧鉈を掲げた右腕を振るい、一閃。火花が弾けると同時に、勢いに任せて両者は横を通り過ぎる。

 そこからさらに立て続けにドリフトする様に無理矢理方向転換させた両者は、再び接近し得物を振るった。

 一発、二発、三発。もう一発───!

「―――っ!!!」

 その時、感じるままに一輝は機体の上半身を前のめりに傾けさせる―――すると透が左腕に携えたもう一振りの得物の横薙ぎ一閃を間一髪で回避。

「―――チッ!!!」

「―――やぁぁっ!!!」

 短く舌打ちを放つ透。一輝も負けじと突き進み対物ナイフをねじ込まんと右腕を伸ばしながらフルスロットルでアクセルを踏んだ。

 透はそれに対し剣斧鉈を交差し防御の体勢をとった。

 ガキンッ!!っと、凄まじい金属音が響き、その状態のまま数瞬だけ均衡する。

「―――やるな……!!!」

「―――どうも……!!!」

 互いの言葉が交錯した。その刹那、


 互いに距離を離し、そうしながら手にする火器の引き金を引いた。



「すっげぇ……あれが新型の性能……!!」

 その光景を目の当たりにしていた隊員の一人が呟く。

「それもすげぇけど……」

「相手の九七式もやべぇぞ……!!」

「いくら機動力が売りの機体とはいえ、九七式であの変態機動に付いていけるのかよ……」

 会話の間にも、激しい殺陣は続いている。

 密着する様に鍔迫り合い、時に離れながら、離した間を詰め、また遠ざかり、また肉薄。

 互いの刃が交錯する度、電気信号とは別のスパークが激しく迸る。避けられ空を斬る斬撃さえ、その描いた弧さえ、虚しさよりも美しさが勝る。

 力と力。それを操る人間的な思考と獣の様な直感。それらが織り成す舞台一騎討ち

 見る者達の悉くが、その光景に魅了されていた。

「あの白い九七式……まさかだけど、例の【白騎士】じゃ……」

「【白騎士】って?」

「物部一輝 元三尉。

若干15歳で士官になった、伊井戸三尉と並ぶ国防軍特一科騎甲戦車科創立以来の逸材と言われた一人だよ。

白いカラーで塗装された九七式を駆っていて、だから【白騎士】って呼ばれてたんだ……」

「でも元って、もう辞めたってことじゃ……」

「うーん、確かにそのはずなんだけどな……」

 【ヤマタノオロチ】隊員にはディサイアに関する情報を正しく伝えられており、隊員達も組織メンバーと一通り顔を合わせていた。クリスと一輝の二名を除いて。

 故に、終わった後に一輝に隊員達が群がっていくのは、少し後の事である。


「凄い……」

 少し離れた、隣の演習場で奈々は機体越しにその光景を目の当たりにしていた。

『それでは、稜江さん。

こちらも始めましょう』

 三式に搭乗する真弓に、通信越しで促されてようやく奈々は我に返った。

『見学も大事だとは思いますがね。

その機体の為にも動きましょう?』

「は、はい」

 返事を返し、甲王牙奈々三式真弓に向き直る。


 意識を集中させる奈々。


「……行くよ……───」


 PEISリアクターの回転数が上がっていくのを感じる。

 行こう―――


「───甲王牙ぁっ!!!」


 吠える奈々。それに応える様に、


『Ghah↑ra↓ra↑ra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』


 機械仕掛けの異形の守護者は、蒼穹へと轟咆を上げた。




 ……だがまぁ、やはり経験の差が勝るというのか。甲王牙は速攻で組み伏せられてしまうのだが。


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