第十八話:拒絶反応
少し暗い部屋の中に、カタカタとタイピングの音が虚しく木霊する。
【ヤマタノオロチ】隊員への挨拶もほどほどに、それ以来玲子は一週間弱の間───否、それ以前からずっとだが、一度挨拶の為に離席し再度ここに来てから一週間───ずっと部屋に、というかこの区画に閉じこもっていた。
その頬と口元が、わずかにだが綻んだ。
ようやくだ。ようやく、それは出来上がった。
我々の新たなる力。
【GM-X03 OH-GA】
その翌日のことだ。
渚から招集がかかり、奈々・一輝・美優の三人は地下ドックにやって来た。渚とダーディアーさん、さらに数名の整備士と、何故か休暇で泊まっていた透がいた。
それともう一つ。可動ハンガーとなっている台車の上に、巨大な布を被せられた何かが載せられていた。
「玲子さんからお知らせがあるって?」
「あぁ、つい昨日、新型機が完成したらしい」
「新型……?」
そこまで話が進んだところで「おまたせ~」と玲子が入って来たところで会話が中断される。
バサァァァッッ!!!(迫真)と音を立ててその幕が下ろされ、その中から出てきたものの姿が、今この場にいる全ての者達に曝される。
「───あ……あぁ……!!」
それを確認した奈々の表情がみるみるうちに青ざめていく。
それに反応する透。
「GM-X03」
気にすることなく、玲子は続ける。
「機体コードネーム───【
曰く、鬼の
鏃の様と形容できる、若葉マークを尖らせた様な変則六角形の頭部。
レンチ状の爪が中折れの間接部に備わった、
猛禽類を思わせる構造の、鋭い鉤爪が備わる脚部。
「まんまエリスじゃねぇか……!!!」
渚がそう突っ込むのも無理はない。
その機体は、かつての仇敵たる複合機壊獣【エリス】に非常に良く似た姿をしているのだった。
その時である。
「奈々さん……?」
ふと見た、それだけで一輝は奈々の異変に気付いた。具合が悪いのか、とその場で聞いてしまいそうになる程に青ざめ汗を浮かべていたのだ。
聞かなかったのは、
「───嫌…………!!」
奈々の口から、そう漏れたから…………ではない。
「え───?」
腰のポーチから何かを取り出して構えたからだ。
何を構えた?問うより先に答えは出た。軍に所属した経験があるなら誰もが最初に触れることになる代物―――拳銃だった。それも【サムライエッジ】と銘が付けられた、ベレッタ92F系ベースの国防軍正式採用自動拳銃。
「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!?」
「ちょ、奈々さん!!?」
発狂しながら、手にした拳銃を鷹鬼牙へ向け発砲する奈々。
パァァン!パァァン!と、乾いた発砲音が立て続けに鳴り響く。
そこまで来てようやく気づいた渚が「しまった」と言う様な表情をし、美優は「きゃぁっ!!?」と短く悲鳴を上げながらそれぞれ地面に服した。
そんな中、一輝が奈々に迫る。
「一輝―――!!!稜江(奈々)を止めろ!!!」
透と渚がほぼ同時に叫んだ。が、
「そんなんじゃ当たりませんよ!!!」
一輝はというと、煽る様にそう怒鳴りつつ、むしろ後ろから支え始めている。
「お前はどっちの味方なんだぁっ!!?」
「どっちに味方してんだお前はぁっ!!?」
渚、透がほぼ同時に突っ込みをかますことになった。
その時。
───ガチャン!!
「───ぁっ……!!!」
連続した銃声が鳴りを潜めた。
装填されていた弾を撃ち切り、開き切ったスライドがブローバックしなくなったのだ。
「あ……あぁ……!!!」
「……落ち着き、ましたか……?」
ペタンと力無く尻餅をついた奈々へと、諭す様に言う一輝。
だが、奈々は無言で立ち上がりそのまま走り去ろうとした。
「―――奈々さん……!!?」
出遅れた一輝が追い掛ける。
「甲王牙のロックを───!!!」
「───もう済んでるわ」
読んだ渚が指示を出すが、それを玲子は柄にもない程冷静に制した。
「どのみち、そんな気はないと思うけど……」
甲王牙に乗り込んで鷹鬼牙を破壊しようとした、と渚は思ったが、冷静になったことで読み違いと気付くことができた。
奈々が出ていったのは甲王牙の格納ブロックとは別方向───普段そちらに行かない渚には、たしか男女別用の御手洗いとロッカールームがあったのを辛うじて覚えてる程度だが、他に何かがあったとは思えない。
落としていった拳銃を、美優が拾うと、
「これ、私のだ……」
やや青ざめた表情でそう言い、
「あんたが始末書書くんだな」
透が無慈悲にもそう言ったことで、美優は大げさめに溜め息を吐くのだった。
「まさかあそこまで酷いとはね……っていうかあれ、甲王牙を与えてからむしろ悪化してない?」
冗談を交えたつもりなのか、そんなことを言い出した玲子へ、渚は胸ぐらに掴み掛かった。
「お前もお前で……何の冗談のつもりだよ……!!」
睨み付ける渚。だが玲子はそれに動じることはない。
「冗談でやったつもりはないわ。……まぁ少なくとも、奈々に見せて反応見るつもりだったことは除いてね」
「…………!!!」
「この機体はね、航空戦力を増強する為───牽いては航空技術発達の為に開発したのよ」
紡がれた言葉を、渚はただじっと聞いていた。
「第二次世界大戦から時を経る間、技術は随分変化していったわ。
航空機の登場もそれが影響を与えることはあった」
『巨大な艦艇に巨大な砲火器を積む』大艦巨砲主義は『航空機編隊に対応するべく、小口径だが多く砲火器を搭載し隙を減らす』大艦多砲主義に姿を変えた。
戦車では密林・市街地でのゲリラ戦に対応しきれず、航空機にも標的にされることから『より機動力が高く小回りも利き、かつ作戦ごとでの武装の汎用性を持たせることで歩兵戦術を応用することができる』騎甲戦車も発明された。
「だけど、ね」
そこまでで一度区切り、また続けた。
「初めて本格的な航空戦が行われた第二次世界大戦期以来107年、航空機の技術は多少の改良を除けば特に変化は無かったわ」
それも言われてみればそうだった。
2045年現在、それこそ100年前の機体と比べればずっと高性能といえるが、軍用航空機は未だレシプロ動力型の機体が主流だ。
軍用と区切ったが、民間でも同じくレシプロが主流である。というかレシプロしかない。
例外として、三種類。
一つ。最近になって開発された【噴進弾】。その、火薬を燃焼させることで推進エネルギーを得るシステム。
二つ目。甲王牙の推進器に使われている【超電磁推進システム】。これは電力や磁力を推進エネルギーとするシステムだ。放出するエネルギーはほとんどが光と静電気に還元される為、発生する蒼焔は物を燃やせる程も熱が出ず人体にもほぼ無害だ。
そしてもう一つ、それがエリスら一部の飛行型機壊獣が持つ力だ。生物の身体の仕組みを構造から動作まで再現した技術により、驚くべきことに羽撃たくことで空を飛ぶことができるというのだ。
「エリスは確かに倒した。
けどそれで終わりじゃないわ。
もっとやべぇ奴が近い内に現れるかもしれない───むしろ、万が一に今すぐにでも現れたらどうするの?
甲王牙一機で何とかなる?
凍豹牙の地上からの射撃で落としきれる?
私自身、二人の実力を疑うつもりは無いし、うちの技術力にも自負がある。
だけどね、我々は常に最悪の事態を想定しそれが起きても大丈夫でなければならないの」
熱烈に語る玲子を睨み続ける渚。その眼差しに宿る感情は怒気とは違う。
「そうでもなければ世界の守護者なんて務まらないわ」
思考も行動も違うのに、想うことは変わらない。
「敵の技術でも利用できるものは何でも使う、むしろ敵の情報は進んで探り暴く。
どこが利点でどこが欠点か。この構造上の弱点はどこか。
わからない敵だからこそ調べるしマネするしパクるんだよ!
この【
外見がエリス似なのは空間機動中の空気抵抗への配慮で各端部を極力鋭角にした為だ。
あと、茨城での七年前の惨劇にあった鳥型の機壊獣の技術も回収された残骸から解析できた分で使えそうなものはだいたい盛り込んだ。
想定しているのは機壊獣だけじゃない、対人戦も想定しているわ。
いつか今より優れた航空技術が誕生し、戦場で使われないとは限らないんだから」
それは
彼女は自分にできることの最大限をやっていたのだ。
それを再確認し、渚は溜め息を吐いた。
「言いたいことはわかった……」
そして息を吸い込み始めた。
「……あの……」
そこへ、挟まれた声があった。
美優だ。
「それはそうと、少しは見た目を変えてみたらどうでしょう?
奈々さん、怖がっていたみたいですし……」
それは丁度、渚が言いたかったことと重なっていた。
「まぁ、性能に変化が出ない程度になら……」
「───なら最初っから似せなきゃ良かったじゃねぇかぁぁぁぁぁッ!!!」
吸い込んだ息を、一気に怒声に変えた渚だった。
「いや~、変えたところで無理でしょあれじゃ。
あの調子だとあれよ、多分鳥型のやつそのものがトラウマになってるよ?」
「あの、奈々さんって昔鳥に何かあったんですか?」
もっともなことを尋ねる美優。するとここまで空気気味だった透が「さっきさらっと言ってなかったか?」と答えた。
「茨城の惨劇って知ってるよな?」
渚がそれに続く様に美優へ問う。
「それって確か、七年前に茨城で起きた鳥型機壊獣の……」
答えを言いかけ、
「……鳥型?」
その部分にようやく気がついた。
「……まさか!!!」
「……あぁ」
ようやく察した美優に、渚が肯定と答えた。
「あいつはその生き残りなんだ。
……健常者としては、唯一のな」
湿り気で出来ていた足跡を追い、一輝が辿り着いたのは女子トイレだった。
「───奈々さん!!?」
その一番奥の個室で、
「───げぼぉァッ……!!!」
扉も閉めずに奈々は洋式便座へと嘔吐していた。
「吐く程もダメだったんですか……!!?」
近付いた一輝は背中を擦ろうと手を当て、
「───っ!!!」
そこで気がついた。
失禁して漏れたのが股を伝って足跡を残し、汗と涙で彼女がぐちゃぐちゃに濡れてしまっていた。何より。
彼女は今、震えているのだ。それこそ、何かに脅えた様に。
「……ぁすけ、……!!……こぁ……!!」
呂律も録に回っていない。
そんな彼女を、
「───っ!!」
見ていられなくなった一輝は、そのままそっと抱き締めた。
反射的にかビクッと反応されるが、一輝は彼女の頭を撫でることでどうにか落ち着かせようとした。
「───大丈夫だよ」
胃液の臭いも気にせずこともなく、
「怖い思いをしたんだね」
諭す様に言い聞かせる一輝。
「安心して。
僕は君の味方だから」
その一言で、一輝を抱き返した奈々は、まるで塞き止めていたダムが決壊した様に、堪えていた嗚咽をさらけ出した。
涙が溢れて止まらなくても、一輝はそれを受け止める。
そうして泣き止むまで、彼は彼女の頭を撫で続けるのだった。
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