第十九話:癒えない傷痕

 【鷹鬼牙】公開奈々の発狂の件から二日後。

 この日になって当時その場に居なかった【ヤマタノオロチ】隊員を含めた上で、改めて【鷹鬼牙】が一同に公開されることとなった。


 その二日間の内に、【鷹鬼牙】は改装を施されたのだ。とはいえ手を加えたのはほぼ外装のみだが。


 鏃の如く尖っていた頭部は機能を損なわない程度に原型を留めつつ、角を取った様にやや丸みを帯びさせていた。

 そしてツインアイセンサーのバイザーには白いペイントを施し、左右目の中心部に南半球型に未ペイント部を残すことで漫画的なデフォルメで描かれたギョロ目を思わせる意匠が加えられている。


 翼はメインフレームごと腕部を転用していたが挙動可能な指は四本は確保されていた。


 上ばかりで目立たなかったが、部位ごとで一番変わったといえるのは形状だけでなく機能まで変化した脚部だろう。九七式チハの太股部及び前腕部の予備パーツを転用したことで逆間接が無くなった。その上で足に指型のマニュピレーターが追加されたことで、条件が限定的ではあるが足で物を掴むことができるようになっていた。


 何より全体的に印象を変えたのは、やはり機体色だろう。

 いつか見た【エリス】の如く錆びた鉄の様な赤茶けた色をしていた以前とは違い、広く澄みきった天穹そらの様な、鮮やかなブルーに塗装されていたのだ。


 若干涙目になりつつも、どうにか一輝が手を握っていたことも幸いしてか、奈々がその場で発狂することはなかった。



 一日だけ、時間が遡る。

「奈々さんの事で聞きたいことがあるんですが……」

 一輝が渚に問いかける。

「奈々さん、本当は戦いたくないんですよ」

「だろうな」

 考える間もなかったであろうタイミングで、渚は即答していた。

「───やっぱり知ってて戦わせてたんですか……っ!!!」

 その反応に対し、怒りに近い感情を覚えた。だが。


「お前が聞きたかったであろうことを三つ挙げてやろう」


 そう言って渚は手を前に出し、指を一本ずつ伸ばしながら指摘する。


 一つ、私が奈々の本心に気付いているか否か。

 二つ、私が彼女を戦わせているのか否か。

 三つ、何故彼女は戦うのか。


 否定することが無く一輝が頷くと、渚は続ける。

「そもそも甲王牙アレに乗りたいと言い出したのは奈々だ。

無理矢理戦わせてたつもりはない」

「は……?」

「むしろ引き留めようとしたさ。

だがあいつは戦う道を選んだ……いや、選ぶしかなかったんだろうな……」

 その答えを聞き、抑えるまでもなく一輝の怒りが鳴りを潜めていく。


「あいつの居た町には行ったことがあるんだ。

例の惨劇の後のボランティアでね」


 ボランティア、と言ったが、それは半分は建前であった。

 半分は、といったが実際にボランティア活動に参加していた。ただ本命は別だったというだけで。

 それは、その理由を調査する為。

 もう一つ、


「あの町の人達はほとんど機壊獣による虐殺で死に絶え、生きている者達も皆心身共に深い傷を負っていたよ。

奈々あいつや君と同じくらいの子供でも、ショックのあまり喋れなくなってしまった子も居たし、完全に心を砕かれて廃人同然になってる子も居た……というか、そんな子ばかりだったな。

そんな中に居たんだよ」

 語っている間、渚はどこか懐かしむ様な表情を見せていた。

「あちこちから送られてきた支援物資のうち、ぬいぐるみみたいな雑貨は子供から優先して配られていたんだがな……カメのぬいぐるみやら置物やらカメ柄の布団やら、挙げ句カメの剥製なんかまで持っていく変な子供がいる、ってね」

「カメ……?」

 やはり一輝もそこに食いついていた。

「心当たりがあるからこそ、私たちはそれに食い付いた。

そして、奈々あいつに出会った。

本当に周りがカメだらけの中に居てびっくりしたな……正直少し引いたわ」

 冗談交じりに言った、その表情はどこか苦味を感じられた。

「あいつを拾ったのは、ただ普通に生きて欲しかっただけだ」

「だったら、なぜ……」

 一輝は聞き返していた。

 ここまで聞いた一輝の心中には、怒りという感情は既に無くなっていた。

 代わりに芽生えたこれは、なんとも言えない感情。そうとしか言えない何か。

「サバイバーズギルトって知ってるか?」


 渚のその一言に、息を飲んだ。


「大勢の人間が無残にも殺戮されていくという極限状態の中、自分だけが『』ってことに罪悪感を抱いてるんだ」

「―――奈々さんがそうだっていうんですかっ……!!?」

 唖然とした表情で、一輝は渚を睨んでいた。


「死んでいった人達の為に自分が戦わなければならない。

そうでなければ自分が何のために助かったのか分からない」


 その言葉が、一輝の心に突き刺さる。

「そんな意図のことを言ったんだ」


 そこまで聞いて気付いた。気が付いてしまった。

 この感情の正体、あるいは辛うじて表現的に一番近い感情。


 それは―――『』。


 誰も望まない責務を、あるいはそれは誰にも罰する権利などない罪意識か。。それに気付くこともなく、否。気付くことすら許されないかの様に、自ら背負ってしまった哀れな少女への、『憐れみ』だった。


「皮肉なことに、偶然にもPEISリアクターへの適合適性もあった。

二年前のことだ。

今の形で完成した、というのもあったが……試験場で初めて起動していた奈々あいつが乗った甲王牙アレは、正直……守護者と呼ぶには程遠かった。

むしろ【破壊の権化】みたいだったさ」


 そう言う渚の頬を、いつからか涙が伝っていた。


「私だって、自分が乗れるくらいなら戦ってたさ……っ!!

でも私には適性が無かった……起動できる程度ならどれだけ適性値が低くても結果的には起動できるんだ、だけど!!

だけど……私が乗ったところで、何も反応しなかったんだ……っ!!」


 癇癪を起こす様に、嗚咽混じりになりながら渚は急に怒鳴り出した。


「私には、妹がいたんだ……」


 少し間を開けて、そう切り出した。


「名前は綾奈……生きてれば、今頃成人してるくらいの歳さ……。

当時はまだ中学に上がったばっかりだったけど、新たにスカウトしなければ唯一の適合者だった」

「…………っ!」


 その話を、ただ静かに一輝は耳を傾ける。


「あの日は、甲王牙のプロトタイプ機の実働テストをしていた……それも、高速巡航形態のだ。

他の動作試験は演習場でやればいいが、飛行試験だけは地形が入り組んでる立科でやるには相性が悪く、平野部上空でやることになったんだ」

 PEISリアクターが稼働中に発するエネルギーは電力だけではない。

 十六次元型エネルギー指数座標【スプリングマン=センターアイランド波形】を形成する、その特殊なエネルギー波は特定周波帯以外の電波や音波を妨害する効果がある。

 その話は一輝が以前、玲子から個人的に聞いていたことであった。現在はそれに妨害されない周波帯を国防軍に公開しているが、それがあるからこそ今の今までレーダーに感知されることもなく飛行することができたそうだ。

「……そんな時に、あの惨劇が起きた。

当時、【甲王こうおう】……プロトタイプ機の名前だ。

その機体には実弾を搭載していなかった」


 何らかの操作をすることで、ホログラフィックで空間に情報が表示される。

 その光景に驚きかけたが、それ以上に映された内容に衝撃を受けることとなった。


 全高:38.1m

 全長:45.8m

 重量:33.5t


 甲王牙のそれの四倍近い体躯を誇っていたというのだ。

 その機体には口部に200mm電磁砲が積まれていたが、その日は弾を積んでなかったらしい。

 搭載していたPEISリアクターもプロトタイプの物であり、現在のリアクターの二倍近いサイズがありながら出力は半分程しか出せない程に安定しない、そんなお粗末な性能だったそうだ。だから二基搭載した上で予備電源として核融合プラズマパックが幾つか積まれていたそうだ。その結果、機体の体積は現在の甲王牙の四倍近い体躯となったという。

 それに詰められた荷電粒子化重金属群マテリアルを砲弾として使えばプラズマ火球くらいは放てる様になっていたが、本来ならそれは弾切れを起こした等あくまで緊急時の手段であり、搭載限界分を全部注ぎ込んだって十六発しか撃てない。

 それが後の【烈熱焔咆ブラストエア】と名付けられる技の原型となっている、なんて皮肉をボソッと呟いたが。


「『』が出現するまでに、少なくとも四発は使用されたとされている」


「あいつ……?」


 問われ、渚はその忌々しい名を答える。



コードネーム、【ネメシス】


復讐の女神の名を冠した、複合機壊獣。



「遭遇してしばらく戦っていたが、突然膨大な量のエネルギー反応を確認し、直後に消息を絶ったよ」

 どちらがと聞く間もなく、二機とも、と追加する渚。


 そこからの説明を要約するとこうだ。


 二機の反応が消えた地点は現地の中学校のあった高台になっていたらしい。が、そこにはその高台を抉る様な巨大なクレーターが出来ていたというのだ。

 それも隕石が落ちたというよりはまるで、地上で核爆発でも起こしたみたいな、中心部だけ異様に深い形状をしていたという。


「状況から見て、不利を悟った綾奈が【甲王】を自爆させたんだろうと結論付けた」


 シミュレーターによるデータが同じく空間に表示される。それが記すところによると、爆心は丁度【甲王】の反応が消えた地点とほとんど誤差が無く、爆発の規模はプロトタイプリアクター二基の暴走稼働オーバーロードに核融合プラズマパック四発分を上乗せした数値に一致していた。


「そんなことが……」

「こんなことを頼むのは違うと思っている」

 渚が近づいてきた。そして、

「だがな……」

 一輝の肩を掴んだ。

「……お前にしか頼めないんだ、これは───っ!!」

 肩を掴む手の、力が段々強くなっていく。

 その手に、一輝はそっと自らの手を乗せた。

「言われなくても、そうします」

 渚の手を、そっと握る。

「彼女は、僕が───」



(奈々さん……)

 そこまで回想したところで、一輝の意識は現在に戻る。

(僕が、守らなきゃ……)

 いつの間にか、彼はそう誓っていた。

 彼女は優しい。恐らくそれは、根からの性格なのだろうと一輝は捉えていた。

 だがその反面、彼女は優し過ぎる。だから、なんでも一人で背負い込んでしまう。

 誰かが守ってそうしてやらねば、いつか彼女は壊れてしまう。

 どうせなら、


 その時であった。


 その凶報が伝わったのは。


『渚さん!!!』

 オペレーターが通信を入れてきた。

 何だ、と一言反応する間もなく、それは伝えられた。


『国防陸軍が演習中の東富士演習場に大型の機壊獣が出現!!!

戦闘を開始した模様!!!』

「―――何だって!!?」


 場が騒然とする中、渚の驚愕に満ちた悲鳴が木霊していった。

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