第二十話:災いの影は再び


 国防軍が強襲を受けた。

 その凶報しらせが戦慄させるのも無理は無かった。

「アマテラスに反応は無かったのか!!?」

『───アマテラス、動作履歴確認……感、ありませんっ!!!』

「───嘘だろ……!!?」

 オペレーターの答えに、渚が愕然とする。

「アマテラス?」

「日本神話か?」

 聞いていた【ヤマタノオロチ】隊員らがその言葉に引っ掛かった様子で、それに一輝が答えた。


 近未来予測式戦術支援演算処理システム【アマテラス】


「特定対象に対する未来を予測することでそこから次の最善の一手を導き出すシステム、だった気がします」

「そんなものがあるのか……」

「でも、元々そんなに精度が良かった訳ではありませんでしたよ……それの仕事はあくまで『予測』であって『予知』では無いですから」

 一輝の説明に奈々がそう付け足した。

「それはそうだ。だが……何故何の反応もしなかった……?」

 そこに渚が考察を巡らせかける、が、

「まぁ、いい……起きてしまったからにはなんとかするしかない!!」

 彼女はすぐに気を切り替えた。


「───奈々、甲王牙で出撃準備っ!!」

「うん!」

 頷く奈々。彼女はすぐに愛機の元へと向かう。

 既に私服の下に着ていたらしく、着ていた服をその場で脱ぎ捨てると専用パイロットスーツ姿になっていた。

「一輝、お前は鷹───」

九七式チハで出ます」

 言いかけたところで、釘を刺されるくらいの鋭さと勢いで押し返される。

「試運転どころか動作確認もしていない機体をいきなり実戦で乗りこなす自信は僕にはありませんよ」

「───お、おう……。

まぁ、それもそうだな……」

 正論ではあった。

 実際、運用試験や練習を実戦で兼ねるくらいなら安全な時にやった方がいいだろう。

 続けて、渚は真弓へと向き直る。

「【ヤマタノオロチ】隊もご協力願えますか?」

「もちろん、と言わせて頂きます」

 問いかけに真弓は快諾してくれた。



「同調、開始───」

 コクピットに入った奈々。

「───っ!!」

 ビリッ、と電流に似た衝撃が走る。直後───

「───ん、んぅっ……ぁあぁっ───!!!」

 下腹部に襲い来るその衝撃に、言葉にならない声を漏らした奈々は身体を仰け反らせた。

「───んあぁぁぁっ!!?」

 シートへと身体から熱い潮を迸らせながら、その領域へと導かれる奈々。

 PEISリアクター起動時に避けては通れない副作用───絶頂。

 起動に際し、一度機体と痛覚共有をしてからリアクターを起動させる方式となっている。だが、リアクターの配置が問題でこれは起きる。

 それは下腹部から腰部にかける辺り───丁度そこは女性でいう子宮か男性でいう前立腺のある辺りにあった。

 痛覚その他感覚を機体と共有している彼女の感覚としては子宮を心臓に置き換えられるも同然で、安定化するまで凄まじい脈動をそこに受けることになるが故の絶頂であった。

「……あっ……んんっ……んっ……!!」

 段々とリアクターの稼働が安定化していく、今のうちに余韻を味わいながらも息を整えていく奈々。

 リアクターの回転が安定していく内に、彼女の内側を襲う衝撃性的快感が鳴りを潜めていく。

「……行くよ―――甲王牙ぁっ!!!」

 双眼ツインアイがエメラルドの輝きを灯し、一度それを消すと、四肢と頭部・尻尾を折り畳み甲羅の中へと引っ込めた。



「火器管制制御・姿勢制御・通信・索敵……制御系統正常確認。

各部正常、確認。

各部油圧正常、確認。

バッテリー残量、確認……───」

 甲王牙のプロトタイプ機用に開発されていたものを再利用したらしい球状のコクピットの中。

 一輝はカチッカチッと鳴らしながらブツブツ呟く様に読み上げる各所のスイッチを押していく。

 そうしている内にレーダーが映る下部サブモニターが点灯する。

「レーダー確認。

識別───」


【甲王牙】確認。


【ヤマタノオロチ隊】……共有情報照合データリンク完了、確認。


【八九式】槌出内機一機。


【九七式】西住機・逸見機・赤星機・直下機・夏至機、計五機。


【三式】刑部機一機。


【試製五式】伊井戸機一機。


合計八機、友軍識別確認。


識別不明機……情報照合……アップデート、確認───【鷹鬼牙】登録、───


「───確認」

 左右の双眼型・額の単眼型のセンサーから送られてくる視覚を映すサブモニターが点灯。

『Awaken』

 その文字が画面に浮かび上がり、画面に投影が始まる。

「───全システム、起動アクティベート

 キュィィィン、という電子音を短く立てながら九七式の瞳型センサーが灯る。

 するとまもなくして、シャコッ、という音を立てて、瞳型センサー部をワイパーを兼ねたシャッターがまるで瞬きの様に一瞬だけ閉じて開いた。

 そして、オールビューモニターが点灯する。

「───行くよ、チハ───」

 【白騎士】の名に相応しい白を纏う騎士にも似た、一輝の九七式が立ち上がった。

「行きますよ、チヌ」

「試製五式、起動確認」

「八九式、起動した」

 立て続けに真弓、透、槌出内と順に機体が起動していく。

「そういえば物部、コールサインとかどうするんだ?」

「もう軍人ではないのですから名前でよろしいのでは?」

 ところで、とばかりに槌出内が一輝に問いかける。何か気遣う様に真弓が聞くが。

「差し支えがない様でしたら【F-11ファヴニール・エルフ】で。

……その方が、慣れてますから」

「うい」「……了解」

 一輝はそう答え、それに一同は応じた。

 そしてレーダーに映る全員分のコールサインを一輝は覚える。


「そういえば、どうやって蓼科ここから富士まで向かうんですか?」

 そこに直下梨黛りたい一士からふと投げかけられた質問。

「長距離ブースターがあるわ」

「長距離……」

「ブースター、……?」

 玲子の答えに、引っかかりを覚える各員。

 それに対しても玲子が追加で説明を入れた。

「旧陸軍の【一式陸攻】をヒントに開発したの。

日本軍の騎甲戦車には背部に共通の汎用アタッチメントが搭載されているわよね。

そこに無人の飛行機ブースターを接続することで長距離を飛行して運搬することができるわ」

 言っている傍から、一輝の九七式の背部にそれらしきものが搭載されていた。

 主翼の中腹に一基ずつ主機を搭載した大型航空機を腹部辺りで背負う様に搭載した九七式。

 そんな空挺機甲師団の様な真似事を単騎で行えるなんて、と驚愕していたところで、注意事項を課せられる。

「とはいえ未だ試作段階でね……高低調整・左右転換は騎甲戦車のマニュピレータ―越しで外部搭載型操縦桿を操作しなきゃならないし。

自力での離着陸は難しいから発進にはカタパルトが必須、かつ着地する場合は直前に切り離して騎甲戦車本体だけで着陸して。

あと何より、武装は積めなかった。

ので、交戦せざるを得ない場合は自前の武装で何とかしてください、以上」

「投げやりだな……」

 確かに主翼の根本辺りから操縦桿の様なものが伸び、それを九七式は両手で握っていた。様なもの、とは表現したがそれにはスイッチの類など無く、引いて押してで操作する簡単なものであることを窺わせた。

 そうこうしている内に、甲王牙はハッチが開くのを確認するなり四肢のあった位置はら蒼焔を噴きながら飛翔していく。

「いいなぁ……」

「無いものねだりはよしなさい……」

 【ヤマタノオロチ】隊員の一人、西住美緒みお一曹が羨ましそうに見上げ、ぼやいた一言に逸見椿つばき一曹が諫める中、甲王牙奈々は回転飛行により勝手に出撃していった。

 パンパン、と二回、自身の頬を叩く槌出内。

「ええい、今更腹に背は変えられん!!

……行くしかない……!!」

 何か決意する槌出内。それをよそに真弓が問う。

「とはいえ、そのブースターは何機あるんですか?」

「一応全員分の用意はあるわ。

まぁ、一度に九機も使うとは予想もしてなかったけどね」

 個数に限りがある様なら、と思っての発言だったが、それならと、

「ありがたく使わせていただきます」

 そう言い、全員でそれを使うこととなった。


「本当にこれで行くのか……!!?」

 カタパルトに自らの愛機が乗せられた状態になって今更怖気づく槌出内。

『さっきのは空元気ですか?』

「あのなぁ……」

 そんな彼を通信で煽る透。

 四基あったカタパルトの内二基により一輝と真弓は既に出撃していた。そこへ西住、逸見が続くべく作業を開始している。

 高いとこ、苦手なんだよなぁ……。

 そう言いたかったが、弄られそうだと判断した槌出内は、どうにか理性で押し込める。

「そろそろ、行くか……」

『了解』

 言いながらも悲鳴を上げながら射出されていく槌出内であった。



 先に出撃していた奈々は、既に数十km先というところまで来ていた。

 雲の上にいる甲王牙越しに伝わってくる砲撃の音。

 立て続けに爆発と、

「あそこか―――」

 雲をくぐり抜け、その下の戦場へ降り行く甲王牙―――。

「目標捕捉───えっ……!!?」

 オールビューモニターに合わせて空間に映し出されたホログラムによるアイコンが、標的の位置を割り出した。だが、

「―――あれは……!!?」

 奈々は信じられないものを見た様な反応を見せる。


 遠目で見てもわかる、その姿。


 翼竜に似た体躯。


 前に見た物よりも黒ずんでいる様に見えた体色が、彼女の傷痕トラウマを抉らんとする。


 以前と比べて。その姿は、何よりその特徴的な鏃の様な頭部の形状を、見間違える筈がない。


 それを報告すべく、奈々はすぐさま司令部へと通信を入れた。

「こちら甲王牙!!!

目標は【っ!!!」

 司令部の反応も奈々と同じだった。

『エリスっ……!!?』

『そんなバカな……倒したはずじゃ!!?』

『同型機、ってことでは……?』

『それはない』

 その場にいるらしい美優が反応するが、それを渚は一蹴した。


 【複合機壊獣】は機壊獣製造プラントが自ら生産した武装により自己強化し機壊獣化したか、機壊獣自らが小型の製造プラントを取り込むことでできるものである。

 完全に同一の機体になる、なんてことはそれこそ完全に同じ生活サイクルをしていなければなる訳がない。

 例え同じ様な稼働サイクルを経ていたとしても、生活していた環境や強化に必要な資材他、様々にある条件が少しでも違っていれば。

 むしろ『


「でも現に今、目の前にあるのは……」

 送られてきたのを元に精査した情報が届いたのであろう、

『細部に違いはあるが……間違いなく【エリス】と同型だ……』

 渚は、苦虫を噛み潰したように言った。


 その時である。

―――ピィィィィィィィィィィィィィンッッ!!!―――

「―――っ!!?」

 エリスに酷似した機壊獣が光線を吐き、まだ2km以上は離れているはずの甲王牙へと攻撃してきた。

「―――がぁっ……!!?」

 高低差も含めばもっとずっと離れているにも関わらず、あろうことか光線は甲王牙の腹部に届いており奈々はバランスを崩しかけた。

 どうにか持ち直し墜落は避けたが、失速し何より高度が随分と落ちてしまった。800mを差し掛かったところに居たはずが、現在の高度は40m以下だ。

「―――いったぁ……!!」

 意表を突かれ、直撃を貰った奈々。

 脇腹を抉られたかと錯覚する程の痛みに襲われていた。


 さらに高度を自ら下げ5.3~6.2mという超低空で飛行する奈々。幸いなことは一帯が小丘が多く民家もない荒野然とした地理なために奴から死角になっていたことだ。這うより早く、それでいて這うように進む。

 が―――。

「―――何……っ!!?」


 後ろから何かが迫って来た―――それが背甲に直撃して爆ぜた。


「───ぐっ……っ!!?」


 バランスを崩し墜落する直前―――立て続けにもう一発、その方角から何かが飛んでくる。


 それは【鳥雷】と呼ばれる、簡単に言えば翼の生えた魚雷の様な兵器だ。


「───嘘───」


 二発目の直撃を受け、


「―――嫌ぁぁぁっ!!?」


 甲王牙は盛大に墜落し、そのまま爆風に飲まれて数メートルほど吹っ飛ばされることとなった。


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