第十六話:素敵な仲間達……?


 一輝がディサイアに加わり、早くも一ヶ月が経とうとしていた。

「───はぁぁっ!!」

 一息の呼吸、その刹那に発した一声のもとで、彼の駆る機体は手に保持した対物ナイフで対象へと一閃───その動作による反動で、彼の襟元で一重に束ねられた、肩に掛かるほどに伸びた髪が揺れる。

 それが収まるのとほぼ同時に、切断された丸太が地面を転がった。

 一輝は現在、九七式チハの調整を兼ねた実機訓練を行っていた。

 スラッとした印象だった胸部装甲が若干だが肥大化してせり出すようになった以外、シルエットの大きな変化はない。だが、大きな変更点が二つ。

 一般兵用のカーキー色に塗装されていた機体装甲部は、彼が現役時代のパーソナルカラーだった白に塗装し直されていた。

 なにより―――

「……案外、慣れてみると便利だな……」

 そう呟く要因として、この機体最大の変化点であり、同時に胸部装甲の形状変化肥大化の要因。

 いずれは彼にPEISリアクター搭載機に乗ってもらう、その練習の為という渚と玲子の意図により、コクピットブロックを一新。その結果として全方位型オールビューモニターが搭載されたのだ。

 始めは慣れず曰く「なんか変な感じがする」らしかったが、だいぶ慣れてきた様だった。


「中々いい感じになってきたと思います。

凄いですね、やっぱり……」

 暫く操縦していた一輝は、休憩の為に機体を降りる。その際、丁度作業の為に近づいてきた色黒のやや筋肉質な男性整備士―――たしか『ダーディアーさん』とか呼ばれていた気がするその人物に話しかけ、称賛したのだった。

「ダーディアーさん、でしたっけ。

ここに入って結構経つんですか?」

そう尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「いや、ディサイアに入ったのは半年くらい前だ」

「……へ?」

 だいぶベテラン整備士の様な雰囲気をしていると思っていたので、意表を突かれることとなった。

「それじゃ、それまでは何を……?」

「……それはな……」



 それは、潜水艦の艦内でのこと。

「さぁて、これを日本の奴等に渡せば依頼達成だな!」

「「「おぉ!」」」

 なにか筒状のものを持った男が他のクルー達を仕切っていた。艦のクルーは総勢で七名。随分と少ないであろうが、一人一部署で充分に稼働できていた。

 この時、この男は実質的な艦長のポジションにいた。

「にしても、その日本人イエローモンキーは何でこんなもの欲しがるんすかね?」

「わかんねぇ、が、それだけすげぇもんなんだろう」

 実際のところ、これが何なのかを男達は知らされていない。

 まぁ、実際興味は無かったが。

「とりま、これで俺らは大儲かりだ!」

「あぁ!」

 彼らには、これを届けた後に大金が手に入ることになっている。

 それさえ手に入れられれば、彼らには他のことはどうでも良かったのだ。

 だが、その時。

「───ッ!!!」

 艦内が衝撃で揺れた。

「なんだ!!!」

 ソナー手が確認する。

 すると、艦底部に巨大な岩の様なものがぶつかったらしいことがわかった。

「岩礁……?」

 ソナー手が呟く。続けて彼は各計器類を確認した。


水深 452.3m

北緯 30.84 東経 128.25


 この辺り一帯は直径約1000km程のクレーターができており、比較的浅い大陸棚上にある東シナ海この海の中でも水深が異様に深くなっている。

 その端に近い位置ではあったが、クレーターの終わり───水深が約200mとなる浅い海域までまだおおよそ50kmはある筈だ。

「……何でこんなところに───」

 その時、ゴゴゴという鈍い音と共に小刻みの振動が艦を揺らした。

「な、何だ!!!

地震か!!?」

「───ち、違う!

これ、岩礁なんかじゃねぇぞ!」

 そして、船体に一際大きな衝撃が走り、それと同時にミシミシと嫌な音が艦内に響いた。

岩の様なものから出てきた何かに挟まれて───否、

「これは、『キカイジュー』!!?」

 驚愕を口にする隊員がいる中、その声は響いた。

『そんな下手物ゲテモノと一緒にしないでほしいですね』

 接触回線によるものか、この岩の様なものから発信されたとされる声が聞こえる。それも―――

「お、女ぁ……!!?」

 まだ若い女性の声だった。


 数刻前に遠征部隊から通信が入った。

 「間に合わず、潜水艦を一隻取り逃がした」、と。

 それ故に、奈々は急遽出撃することになったのだ。

 無銘となった潜水艦を咥える機械仕掛けの異形―――GM-X01【甲王牙】。そのコクピットから、奈々は潜水艦の乗組員達に呼びかけた。

「貴方達は、自分達が何を持っているのか知っているのですか?」

『ケッ!

んな事、知るかよ!』

『そうだ!

俺達はこれを運べとだけ言われたんだよ!

小切手で100万ドルをポンッってくれてな!』

『そうだよ』

 乗員達が思い思いのことを言い出し騒ぎ始めた。が、

「……哀れです」

 その一言で、その場が一瞬で凍りついた。

『何ぃ?』

『てめぇ今何っった!!!』

 艦員の罵声が浴びせられる。

だが、

小切手一枚そんなものの為に、が哀れだと言ったのですよ」

『……は?』

 返したのは、ただ冷ややかな返答。直後、奈々は火焔放射システムの出力を上げた。

『か、艦内温度上昇!!?

艦内のあちこちで火災が!!!』

 オペレーター席に座る男が、叫んでいた。

『何ぃ!!?

ここは海中だぞ!!!』

『しかし……』

『貴様、一体何をしている!!?』

 リーダー格の男が問い掛けた。まぁ、他に何かできるのは彼女奈々くらいだったが。

「火焔放射」

 奈々は正直に即答する。

『はぁ!!?』

『馬鹿野郎!!!

貴様、俺達を蒸し殺す気か!!?』

 その他数々の暴言が声の主に飛んでいくが、彼女は全く動じないばかりか、

「敢えて言うなら、私は貴方達をんですよ」

 自分でも酷く傲慢だと思いながらも、奈々は冷たく言い放った。

『どういうことだ!!?』

「貴方達に100万ドルの小切手渡したっていう人、マフィアの首領かしらって伺っていましたけどね」

 あまりに傲慢すぎて苦笑という体で少し吹き出してしまい、そのせいで途切れてしまう。

「さっきここに来る前に殺してきました」

 無慈悲な様に、そう紡いだ。

『なっ!!?』

「その仕切ってる組織とその領地をまるごと焼き払ってきました。

もう焦げ跡と燃え残ったカスくらいしか残ってませんね。

だから貴方達の小切手も今やただの紙屑です。

払う人はもう居ませんから」

 正直、こんなのはハッタリだった。実際奈々は蓼科から直接ここに来ておりこの者たちのアジトなど知らない。強いていうならクリスならやりかねないというくらい。

 驚愕、あるいは絶望か。衝撃を受け愕然としたのだろう乗組員達は黙って何も言わなくなった。

 効いたのか、ならばと奈々は畳みかけるように語りかける。

「それでいて貴方達は名も無い捨て犬同然……消えたところで悲しむ人はいないでしょう。

……というか、どのみちはずですね」

『なん、だと……!!!』

『それじゃ俺達……このまま焼き殺されなきゃなんねぇのかよ!!!』

 彼らが嘆いている間に、潜水艦の外壁は内部の空気の膨張により段々と隆起していく。

「えぇ、そのままではそうですね」

 それでなお、冷たい声は響いた。

『嫌だぁぁぁ!!!』

『ここから出してくれぇぇぇ!!!』

『ここまで来て………嫌だ、やめろ!

死にたくないぃ───!』


その時である。


「死にたくなかったら今すぐ手持ちのものを捨て隔壁を開放して、壁から離れてください」


 唐突に奈々はそう放ち、同時に火焔放射システムを止めた。


「―――!!!」

 すかさず、男たちは手荷物を捨て、隔壁を開いた。

 直後、海水が中に侵入してくる。

「うわぁぁ―――ってあれ……?」

 と思ったら、それによって起きた浸水も室内全体に行きわたりこそしたが、くるぶし辺りの深さまでで止まった。

次の瞬間―――

「―――何だっ……!!?」

強烈な

「吸い込まれる―――!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!!」

 暴力的なまでに男たちの体を持ち上げた風により、彼等は一人また一人と隔壁の開いた廊下へと吸い込まれていった。


 『轟咆』のシステムを応用することで、甲王牙はすさまじい勢いで潜水艦の内部を吸い込んでいった。

 そうしていて、七つの反応が喉を通っていく感覚を奈々は機体越しに感じていた。

「───ぅぐっ・・・!!」

 飲み込む動作をすると少し間を置いて、反応が起こる。



七名 収納完了


保護膜展開


対象保護 バイタル 生存確認


七名 保護膜 包装完了



 そうしてようやく、その時は訪れた。



『さようなら』


 火焔放射システムを再起動したことで、膨大な熱を帯び膨張した空気によって内部から引き裂かれ、溢れたそれによる水蒸気爆発で木っ端微塵のスクラップと化した無銘の潜水艦は、暗黒の海底へと沈んでいった。


 どこか悲しげに、奈々は潜水艦だったものの沈みゆく様を見届けると、回転飛行形態へと移行し機体を浮上させた。


「…………で?」

 その日、ディサイア地下基地 機体格納庫にて。

「―――これは一体どういうことだ奈々ァ!!」

 帰ってくるなり、渚が某エキサーイエキサーイな自称神の如く荒ぶっていた。

 保護膜に包められた七名の男たちがすっさまじい臭いを放っているのだから仕方がないといえば仕方がない。

「いやぁ……」

 そこまで激しく拒絶されるとは思っていなかったこともあり、どう答えればいいか分からなくなってしまった。……笑えばいいのだろうか?

「えへ……」

「えへじゃねぇわ!!!

私たちは難民を助ける慈善事業じゃないんだぞ!!?

捨て猫の一匹二匹なら構わんが国籍も分からん文無しの男とか拾ってきてどうするんだ!!!」

 盛大にぶち切れられた。

「人手少ないし、メカニックとして使ってみるのはどうかな?」

「あのな……」

 呆れる渚だったが、彼女は男たちに向き直る。

「試しに聞くが、この中で騎甲戦車かそれに準ずる特殊機械の整備経験のあるものはいるか?」

 少しして、その中で一人、彼だけが手を上げた。

「騎甲戦車はないが、作業用のワークローダーくらいなら……」

「そうか……」

 聞くなり、渚は少し考え、

「甲王牙のメンテナンスがまだ途中だったんだ。

試験を兼ねて手伝ってもらう」

 そう言って、彼は整備を手伝うこととなった。


 しばらくして、

「……案外すんなり終わった……」

 どうやら筋は悪くないらしい。少なくともそう受け取れる発言を独り言のように続けた。

「アンタ名前は?」

 渚が問うと、男は答えた。

「ダグラス・フォン・ディアボロッサ」

「待ってなんで無駄に格好いいの!?」

 聞いた途端に突っ込んだ。

「面倒だから『ダーディアーさん』でいい?」

「奈々お前少しは自重しろなんだそのタチバナさんみたいな響き」

そんな感じで、皆受け入れられることとなったのだった。



「そうだったんですか……」

「あぁ」

 時は現在に戻る。

「我々は彼女によって救われた。

彼女が手を差し伸べなければ、どうあれ今ごろ死んでたであろう命だ。

だから、この組織の為にずっと技術を磨き続けてきたのさ」

 そう言って、ダーディアーさんは一輝の肩を軽く叩く。

「君は何のために技術を磨く?」

「…………」

 少し考えた一輝は、

、かな……」

 そうとだけ答えた。



その頃、

ディサイアの利用する、とある別の施設にて。

「お久し振りですね、玲子・杉野谷・メイトリクスさん」

「深雪ちゃんおひさ~♪」

 数台やってきた大型トラックの、先頭の一輛から降りた女性が、出迎えた玲子と挨拶を交わしあった。

 やや茶色がかった黒髪のセミロング。さらにその髪型の影響もあるのか、まだ幼さが残る顔立ちをしたお淑やかそうな雰囲気の女性。

 彼女の名は吹野 深雪───ディサイアの前身組織と源流を同じくするNPO組織【TCテクノ・クレイドル】の総帥を務めている。

「そんじゃそんじゃ早速だけど例のものは~?」

「勿論ご用意は出来ております」

 そう言っている間にも、運搬は進んでいた。

「物部一輝の報告にあった超音波収束兵器……思っていたより小型化には手こずりましたが、これくらいならPEISリアクターの重力制御下で何とかなるでしょう」

「うんうん、ありがとありがと~」

返事しながら、嬉々として端末を操作する。


チラリとだけ確認したその時、丁度その画面にその名前は映った。


『GM-X03 【OH-GA】』

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