第二章:the Great Monster's Dogfight in the Azure

第二章プロローグ:仮初めの日常


 期間は少し遡る。

 それは木曽山脈での一件の、次の日のことだった。

 今日次の日が月曜日であり、学生の身である奈々はあの後すぐ藤沢に帰り、可能な限り普通に過ごした。

 それで現在、時刻は06:38。辛うじて学校が開いている、という時間帯。

「おっはよー!」

「おはよう」

 奈々は門をくぐり教室に向かおうというところで、クラスメイトの少女に話しかけられたのであった。

「葛木さん早いんだね」

「それはまぁ私は新聞部があるので!」

 少女の名は葛木 青葉。転入初日に、奈々に対して興味津々に質問していた娘だ。

「あれ……ところで、稜江さんは?

部活に入られたのですか??」

 その質問を彼女は奈々にかけた。彼女が疑問に思うのも無理はない。SHRショートホームルームまでまだ二時間近くあるのだ。部活に所属して朝練でもしているか、目覚まし時計が一時間以上進んででもいなければ普通こんな時間に来るわけがないから。

 だが、奈々がこんな時間に登校するのは、その例外であったからだったが。

「土日が忙しかったから宿題やってなくて……早めに教室で終わらせようと思ってたんだ」

「えーっ!!!

あのプリントの山をですかー!!?

あれ、結構量ありますよ!!?

あとあの先生案外怖いですよ!!?」

 その答えを聞き、飛びっきりに驚愕した青葉の表情が何故か青白くなっていた。過去に何かあったんだろうか。

「まぁその時はその時かな」

「……なんか稜江さんって、結構肝が据わってますよね」

「そうかな?」

 そこまで話したところで、二人が別れるところが来ていた。

「それじゃ稜江さん、ご健闘を」

「どうも」

 まぁその後、奈々は宣言通りSHRが始まるまでの間に計十五枚あったA4プリントを全部片付けるのだが。



 時刻 15:45

 特にこれといったことも無く、平穏だった一日。その帰り際のことである。

 青葉に呼び止められ、奈々は二人で下校することになったのだ。

「いやーそれにしても稜江さんってすごいですねー!」

「そうかなぁ……」

「そりゃもう凄いですよ!」

 自覚は無かったが、奈々は結構勉強ができる方だ。とはいえ勉強が好きな訳ではなく、より正確に言うなら「勉強ができる」というよりか「要領よく勉強ができる」と言った方が正しいのかもしれないが。

「浅黄ちゃんもすっごく驚いてましたよ」

「藤代さん?

へぇ……」

 ここでクラスメイトの名前が出てきて、意外とばかりに驚いてしまう。

 暗い、という訳でもないが、人付き合いがあまり得意ではないせいで、奈々には新しい友人と呼べる存在がいない。それどころか話し相手自体、誰にでもフレンドリーに話しかけられる青葉くらいだった。故に自分が話題になるというのが奈々には意外に思えたのだ。

 それからというもの、二人は他愛もない話をしばらく続ける。

 まだ続けるつもりで、何か言おうとした───その時だった。

「───きゃぁっ……!!?」

「───うわっ……!!」

 二人の間を何かが掠めていった。

 突然のことに驚愕の声を上げ、二人して左右に倒れ尻餅を着いてしまう。

「あー……鳶か……」

 いてて、と腰を擦り、青葉は夕焼けの空へと飛び去る犯人を視線で追っていた。

「横須賀辺りからたまぁにこっちの方まで飛んでくるんですよね。

でも珍しいですね、食べ物持ってない人に向かってくるなんて……」

 そういう気性なのだろう、誰に聞かれるでもなく青葉は一人言葉を紡いでいた。だがそこまで口にしたところで、

「稜江さん……?」

 丁度そちらを向いたから、であろう。奈々の様子がおかしいことに気が付いた。

 ぺたんと座った状態だった奈々は体を小刻みに震わせており、いつもなら飄々とした様に澄ましている表情も今は心なしか青ざめている様に見えた。

「大丈夫……?どこかケガとか……」

「へいき……だいじょうぶ、だから……」

 そうは答えるが、やはりというかその台詞はどこか弱々しい。それに何故か息が上がっているみたいに途切れ途切れになっていた。

「ちょっと、驚いただけだから……」

 そう言いながらも、奈々は立ち上がる。が、確かに立ててはいるがその脚も微かに震えていた。

「稜江さん、まさか……」

 何かを言いかけた青葉は言葉を区切り、奈々の気を休ませるため、どこか寄り道しようと誘うことにするのだった。

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