第十五話:守護者の在り方


 そんなこんなあり、槌出内達四人は来たときとは別のエレベーターに乗せられることになった。

「あの……」

 階層がぐんぐん下がっていくのを見ながら、一輝が渚へと問いかけた。

「僕達、何階まで降りるのですか?」

「最下階だ……といってももうすぐつくさ」

「は、はぁ……」

 一輝が溜め息を吐くのも仕方がないことではあった。

 現在、エレベーターは地下18階を下回ったあたりである。

「まさか国内にこんな大規模な秘密基地があったなんて……」

「それが国内第一位の工業機器会社が所有していた、なんて余計信じられないだろうな」

 一輝の一言に返す様に放たれた渚の一言によって、これが現実だ、と再認識させられることとなった。



「なんだ、先客さんまだいたのか……」

 最下層───地下22階に到着し、エレベーターの扉が開かれたのとほぼ同時に渚が呟いた。

「先客さん?」

「あぁ、確か母さんの昔っからの知り合いって言ってたな」

 予想外だったのか玲子が問うと渚はそう答えた。

 確かに入った先の部屋では壮年の男女が何やら楽しげに会話を弾ませていたではないか。秘密基地でこれ、とは明らかに場違いな気がするが、実際地下にしては中々に広いこの部屋のデスクの前に設けられた接客席で二人がそうしているのだから何とも言えない。

「…………?」

 ただこの男性、少なくとも真弓にはどこかで聞いた声と似ている様な気がしてならなかった。

 そこまで考えていたところで、

「……物部くん?」

「───っ……!!?」

 真弓の視界の端にいた一輝の顔色が蒼白になっているのに気がつき、そちらに意識が行ってしまう。

「どうした、物部くん。

顔色悪いぞ」

 渚に問われ、一輝は返そうとした。が、

「おや?」

 先に、こちらを振り向いた男性に気付かれてしまう。

 その男性は、仮装パーティー用の仮面染みた装飾まみれのサングラスをつけ、サンタばりに白髭を蓄えた丸鼻が特徴的だった。

「おぉ、これはまた珍妙なお客さんだねぇ」

「……いえ、お初に御目に掛かります」




「栗林中将殿」




 その一言によって生じた、一瞬の沈黙。




「…………は?」

 渚のすっとんきょうな声が漏れ、

「───嘘っ!!?」

「───なっ!!?」

「───っ!!?」

 その直後、軍人三人は盛大に驚愕の一声を上げた。

 仮面の様なやたら大きいサングラスを壮年の男性が外す。すると、なんとのだ。

 そこから出てきた顔は、栗林中将。男性軍人にしては珍しく肩まで伸ばした癖の強い髪をそのままにしている、神父服と麻婆豆腐が似合いそうなその男性は、軍人である三人にはつい半日前に会っていた横須賀司令部の司令官であった。

「く、栗林司令……!!?」

「なんで司令がこんなところに……!!」

 真弓と槌出内が動揺し、辛うじて言葉に出来た思考を漏らす。

「いや、気にすることはない。

彼女とは旧来からの付き合いでね、今日はプライベートで来ていた」

 知ってか知らずか、栗林は澄ました微笑みを向けながら答える。

「いやーそれにしても大変よねぇ。

仮面被ってないと録に出歩けないでしょう」

「いや明らかに仮面被ってる方が怪しいでしょ」

「そこは多分突っ込んじゃいけないんじゃないかな……」

 同情を含んだ様な治美の言い分に透が小言を挟み、一輝はそれに突っ込むことになってしまった。

「それで」

 そこへ、仕切り直す様な一声を上げると、

「これでという訳だ」

 先程までのお茶目な態度から一変、真剣な眼差しを栗林は治美へと向けた。

「なぁ、治美ハルちゃん」

 そんな彼につられる様に、他のメンバーも表情が引き締まる。

「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないかな?」

「……そうね」


「貴方にも、詳しくは言わなかったものね」


我々ディサイアのことを───」




 私設武装組織 ディサイア


 世界の静穏を願う者達が集い、脅威と成り得る存在の悉くに敵対する武装組織守護者


 だがその行動理念の本質にあるのは、正しい表現で言うなら惑星ほしである。



 彼女の口から語られたその言葉が何を意味するのか、理解できない者がこの場にいるだろうか。否、いない。

「それって、つまり……!!」

「平和の妨げになると判断すれば、一国すらも敵として対処するつもりだと言うのですか!!?」

 槌出内がそれへと食って掛かる。

「有り体に言ってしまえばそうだ」

 それに答えたのは渚だった。

「現に我々は既にいくつものギャングやテロ組織、ひいてはPMCとも敵対し武力介入を行ってきた。

もちろん私や母さん自身が戦場に出た訳ではないが、潰した組織の数は末端も含めば100や200は下らない」

 それを聞き、一同は息を飲む。

「大半をやったのはクリス……もとい、凍豹牙とうがを主戦力とした遠征部隊だ。

基本的に遠征部隊には定期的に、かつ長期的な遠征をやらせ、遠方で紛争や武装組織の決起が起これば即行で武力介入させる。

日本近海でそれがされれば本拠地ここに残した甲王牙こうがで同じく武力介入。

……とまぁ、そういう訳さ」

「……栗林中将は、この事を知っていたんですか」

 一輝が、栗林に問いかける。

「流石にそこまでやってるとは思ってなかったがね……機壊獣やその他様々な世界情勢の資料を貰う代わりに内緒にしていた」

 特に彼女らとの繋がりで得た機壊獣に関する情報は、それを元に対機壊獣用マニュアルがと言っても過言ではないらしい。とはいえ、特に活用できる場が無かったが。

「……犯罪ですよ」

「まぁ、我々も間接的にではあるがテロの脅威から守られているんだ。

うぃんうぃん、というやつではないかな」

「軍人としては間違えている様な、けど合理的といえば合理的な様な……」

「さすがにダメじゃないかなぁ……」

 本来『守るべき立場』たる国防軍が『守られている』ということを認めていいのだろうか。突っ込みたいところではあったが何処からまず突っ込めばいいのか迷ってしまう。

「それじゃ、機壊獣は……」

 一輝はやはり問いかける。

「貴女達は、機壊獣と?」

「勿論、機壊獣も我々の敵───」

 それに答えたのも渚だ。だが、

「───いや、違うな」

 一度言葉を区切った渚は、撤回する様に否定すると、

「敵というよりは、寧ろ『最優先駆逐対象』とでも言うべきかな」

そう訂正を入れた。

「駆逐、対象……?」

 その返答を一輝は意外と感じてしまう。

 流石に『ディサイアによる自作自演』だなどの安直な発想こそ無かったが、それ程まで重大だと思っていなかったからだ。

 まるで機壊獣を『敵対組織』というより、むしろ『害獣』扱いする様な言い方であった。

「そもそも君は機壊獣アレが何故補食を行うのか知っているか?」

「いえ……」

 一輝の返答に「まぁ、そうだろうな」とだけ返すと、渚は悩む様な間を少し開けつつも、続ける。


「機壊獣には、主動力として【有機・エネルギー変換炉】が搭載されているからだ」


「───ッ!!?」

「…………!!」

 その一言に、驚愕の反応をしたのは一輝と、意外なことに栗林もだ。

「何だ、その有機なんたらって?」

「炉というからには、発電機の類いなのは分かりますが……」

「…………」

 一方で、槌出内と真弓はそれについて知らないらしい反応を見せ、透は相変わらず沈黙している。

「名前から何となく察することはできた」

 その透を見やった一輝と目が合うなり、彼はそう答えた。

「まずそっからか……」

 後頭部を少し掻いた渚は、ぼやきながらも仕方ないと解説することにした。



有機・エネルギー変換炉


 それは、有機物を燃焼などさせずにそのまま電力などのエネルギーに変換する特殊なシステムだ。


 燃焼させるわけではない為に温室効果ガス等の有害物質を発生させることなく電力を得られ、かつ雑草や可燃ゴミといったありふれたもので賄えるので、発表された時には画期的な発電システムとして注目を浴びていた。


 だが、これにも欠点があった。


 コストの割りに、効率が悪い。その一点。


 この炉で発生できるエネルギー量は通常の燃焼でも充分に得られる上、炉の設計自体も『偶然生まれた産物』と呼ばれる程にブラックボックス的な要素が多々あり製造が困難であった。


 それ故に、一昔前に開発されたそれは少しばかりの間もなく歴史の闇に消えてしまった。筈であった。


「つまり、奴等が補食を行うのは……!!」

 ここまでの説明があれば、誰でもその結論に至るのは容易いだろう。

「内蔵バッテリーの電力量が一定値を下回ると、エネルギー補給の為に人や生物を襲い、補食する、という訳だ」

 そう、あくまで淡々と答えた渚。

「奴等がそうしていくとどうなるか、わかるか?」

 さらに、この有機・エネルギー変換炉には未だに解明されてない点があった。


「最終的に地球上から有機物がなくなり、地球は完全に死の星になる」


 炉心内に入れられた有機物が、という点だ。燃焼とは違い、化合して別の物質に変わる、などではなく、完全に計測不能になる。言い返せば、これによって失われた資源が完全に再生不能となるのである。


「だから我々は最優先で、奴等を駆逐しなければならない」


 ここで一つ例えるとしよう。もし、人類を守るだけで機壊獣を無視してみようものならどうなるか。そうなれば、最終的に『もし人類以外の生物が全て地球上から居なくなったら』という状況になりかねない。

 それ以前に植物が無くなってしまえば光合成が行われず、大気中の酸素濃度を維持できなくなり嫌気性細菌以外の生物の殆どが死に絶える未来が目に見える。


「……とはいえ、一部メンバーには私怨で戦っているのもあるがな」

 その一人言の様な、あるいは心の内で止めていたつもりだったのであろう余計な一言に一輝はふと首を傾げる。

 ここまで民意だなんだと言っておきながら、私怨?

「大日本帝国が日本共和国に変わり、間もなくソビエトの宣戦布告で開戦はじまった極東亜細亜戦争の終結から今年で丁度百年。

その百年間、世間は平和でも一人一人はそうだった訳じゃないのさ」

 遠回しな言い分であったが、言いたいことは察する。

 多分、


「何か思ってたよりスケールがでかすぎて、着いていくのがやっとだな……」

「まさか世界規模で活動していたとは……」

 槌出内と真弓は半ば呆然とし、やはりというかなお透は澄ました顔のまま黙っていた。

「大体話したが……どうかな、物部 一輝くん」

 何故かそこで、渚は一輝へと話を振り始める。

「こんな場で堂々と言うのもアレなんだが……君、ディサイアに入る気にはなったか?」

 すると、そう突然言い出したのだ。

「君が何故軍を辞めたのか、私は詳しくは知らない」

 真弓が引き留めようとするも、渚はそれに重ねる様に続ける。

「だが、君の実力は評価している。

先程の戦闘でも充分に活躍してくれていたのはログを見れば分かる。

それに、ただでさえこちらは兵力が少ないんだ。

無理に言える立場ではないが、どうか君の力を貸して貰えないか」

「…………」

 数瞬、迷う様に視線を落とす一輝。だが、

「……分かりました」

 それが、一輝が出した答えだった。

「入ります。

ディサイアに」

、そう言いかけたものの、それは告げずに。



時刻 一八二〇


 辺りがもうだいぶ暗くなるその時間帯になって、ようやく栗林達は地上へと戻った。

 そして、何故かトラックの荷台から起動した九七式騎甲戦車が下ろされる。その様子をニコニコしながら「何も見ていない何も見ていない」と言いつつがっつり見ている栗林。

「あれ……」

 と、槌出内がふと何かに気付く。

「そういや、俺を知ってる奴がいるって……」

「───あ!忘れてた……」

 すると渚は慌ててエレベーターに駆け込み、降りていく。中の人員に連絡すれば、などいう間もなく、その様子を眺める槌出内は苦笑いを浮かべた。

 しばらくして、再度エレベーターの扉が開く。

「───槌出内三等陸尉……!!」

 開いた直後、少なくとも槌出内には聞き慣れた声が響いた。

 別の所に視線を向けていた槌出内が振り向くと、

「おま、……河田っ!!?」

 やはり見慣れていた人物がそこにいた。

 河田 美優───かつて槌出内の居た観音崎警備所に同じく所属していた兵士。既に戦死したと思われていた、槌出内の後輩の一人だった。

「河田、って……まさか河田一等海士!」

 その名を聞いた真弓が、驚く様な反応を見せる。

 当然、といえば当然だろう。三日前の戦闘で戦死したと思われていたのだから。

「せっかくだから彼女を連れて帰って貰えるかな」

「とは言っても……」

 何故か渋る槌出内。渋りながらも彼はその訳を応える。

「もう死亡届と除隊届出しちゃったぞ」

「ふぇえええっ!!?」

 次の瞬間、美優の絶叫が迸り、あと真弓と渚は苦笑いを浮かべた。

「どうするんですか!!!

私文無し無職になっちゃいますよ!!!」

「そうは言うが、あの状況で生きてると思えなくてな……。

すまん、後でどっちも取り消しとく」

 涙目で抗議する美優に、槌出内は両手を合わせ謝る。

「ほぉ、君が河田くんか!」

「くっ、栗林中将っ!!?」

 そこに割り込んできたのは、栗林。これはと思った槌出内が斯々然々事情を説明すると、

「そうだぁ」

 何か名案でも閃いたらしい栗林は、それを美優に提案する。

「国防軍から一人、ディサイアに監視を兼ねて派遣しよう」

「え゛っ!!?」

 それに驚愕したのは、本人ではなく槌出内だ。いや、本人以上に槌出内が驚愕した。

「お言葉ですが、そういって彼女の転属だなんだの手配をうやむやにするつもりではありませんよね?」

「はて?何のことやら」

 真弓も冷静に突っ込んだが、かわされてしまう。

「ははは……」

 そんな状況の中、美優も、ただ苦笑いするしかなかった。



「搬入終わりました!」

「おう、お疲れさん」

 国防軍の者達が帰りしばらくした後。一輝が九七式を地下ドックへと搬入し終えたところだった。

 組織のメンバーとして迎えてくれた証なのだろうか、渚の態度も幾分かフランクになった様に感じられる。

 ちなみに、美優は与えられた個室で今頃寝ているとされる。いや、実際何をしているかは知らないが。

「せっかくだし、何か雑談でもするかい?」

「そうですね……」

 何か話題を探そうとドックを見渡す一輝。地下だということを忘れてしまいそうなこのドックにはこれから甲王牙、凍豹牙と並んで、九七式が置かれることになる。

「あの機体……甲王牙、ですけど」

 ふと甲王牙が目に留まったから、または小腹が空いていたという理由でか、

「なんか、こうやって見てるとどら焼きみたいだなぁって」

 本当に『ふと思った』程度の、そんなことを口にしてしまった。

 そう言われた渚は、限りなくニュートラルな表情でポカーンとしてしまった。どんな表情かと聞かれれば、どう例えよう。強いていうなら『例の顔』と言って伝わるだろうか。そんな表情をしていた。

「……その言葉を奈々以外の口から聞くことになるとは思わなかったぞ」

 数秒、間を開けて、ようやく返ってきた返答。どうやら同意見を既に聞いていたらしい。

「そういえば」

 何かを思い出す様に、一輝は渚に問う。

「あの、その奈々さんって人、甲王牙のパイロットですよね?

今どうしていますか?」

「あぁ、あいつなら明日学校があるからって帰ったぞ」

「あぁ、そうですか……」

 そこまで言ったところで、一輝は言葉を止めた。

「なんだ?伝言なら受けるよ」

 そんな彼に渚は聞くが、

「いえ、言いたかったことはあるのですが……また後でにします」

「そうか?」

 そう言って断ったられたからか、渚はそれ以上は聞かなかった。



───小話 電話にて───



「───というわけなんだわ」


『そう言われてもねぇ……』


「ところで、奈々……」


「お前の考えた台詞、言ってみると中々に清々しいもんだな……」


『どうしたの、急に』


「いや、なんとなく言いたかっただけだ」


『……?』


『……変なの』



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