第十四話:防人と守護者
上空約10,500m付近
甲王牙は相変わらずヒュンヒュンヒュンヒュンと甲高い風斬音を立て回転しながら飛行していた。
『なぁ、奈々……』
「……何?」
通信が入り、奈々は反応する。発信源は司令部であり、相手は渚だった。
『さっき、いつ来る様にとは聞いてたか?』
「…………」
聞かれた内容を反芻するべく一瞬考えたつもりだったが、数瞬の沈黙がコクピット内を通り過ぎた。
そういえばそうだった。彼女は時間及び日時を指定していない。
「あっ……」
『
同じく回線を開いていたクリスにすら呆れられてしまった。
『そんじゃ
「いや、それが目的なんじゃ……」
何とか取り繕おうと、奈々は言葉を紡ぐ。
「いつまでも美優……さんを、うちに置いておく訳にもいかないし」
すると一瞬間を開けてクリスが問う。
『誰だ、ミユって』
『こないだの戦闘で、奈々が助けた国防軍の兵士だ』
それに答えたのは渚だ。
『はぁ!!?
お前まぁた人連れてきたのかよ!!!』
「しょうがないでしょ……他に助ける方法無かったんだし」
『どんだけ切羽詰まってたんだよお前……』
その時である。
『そういえばお前ら、玲子の奴には会わなかったか?』
何の気なしに放たれた渚のその一言に、一瞬しんと静まり返る。
「玲子さん?いや、見てないけど」
『いたのか?』
返ってきたその一言に、渚はただ『……お前ら……』と呻くしかなかった。
現役だった頃から手慣れていた様に九七式を片足立ちでしゃがませると、コクピットハッチを開け一輝は機体の外に出た。
機体の足元には透が居り、また八九式のパイロットとされる男性隊員と紅い機体のパイロットとされる女性隊員も近寄ってきていた。
「───あら……」
彼の容姿を見てか、女性兵士が反応する。
「やはり乗っていたのは貴方でしたか……」
どうやら彼女は一輝のことを知っていた様である。それでいて、一輝も彼女のことを知識程度ではあるが知っていた。
「こうして会うのは初めましてですね、物部三尉……っと、失礼。
現在は退役なさってるのでしたね」
嫌味は無さそうに、その女性は笑顔でそう言った。
「刑部二尉……」
「あら、私の事をご存知でしたのね」
彼女の名前と階級を口に出すと、そう返ってきた。「人事資料などで知る限りですが……」とだけ付け加える一輝。
「それで、何故貴方がここに?」
「それは、実は……」
「……なるほど」
訳を話すと、一輝は割りとすんなり受け入れられた。
「つまり貴方とは目的地が同じなのですね」
まぁそういうわけだからなのだろう、とは察していたが。
「はい。
あ、それともう一人……」
「もう一人……?」
そう言って一輝は上を向くと、真弓達もその方向を釣られる様に振り向いた。
日本共和国防衛陸軍という文字が堂々と書かれた大型輸送用トラックに乗り、五人はそこへと向かうことになった。
「いやー悪いですねぇ、送って貰っちゃって」
「あ、いえ」
玲子に礼を言われ、槌出内は短く応える。
「「「…………」」」
その横では、全く会話をしない三人が座席に座り対面していた。
「…………」
その中でも、一輝は特に気まずそうな表情であちらこちらにと視線を動かしている。
「……一輝」
透に名を呼ばれ、ビクッ、と体を強ばらせてしまう。
「コミュ障かよ……」
「……ごめん」
呆れられ、謝ってしまう一輝。そんな彼らの姿を見て、真弓は苦笑いを浮かべてしまう。
「物部……くん」
三尉、と言いかけたのだろう、真弓はそれを訂正するとさらに続ける。
「物部くんは、現在何をなさってるのでしょうか?」
「仕事のことなら、何もしてませんよ。
……というか、求職中でした」
「そうですか……」
一輝のその答えに、真弓は短く応えた。
なぜ軍を辞めたのか、真弓は聞くべきかと悩んでいた。
辞めた理由までは悟れなくても辞める切っ掛けとなったであろう、とある事件を、真弓は知っていたから。
「あのレポート、拝見させて貰いました」
「……あれ、てっきり捨てられたと思ってましたよ」
少し間を空けて、一輝は答える。
「訓練中に、機壊獣が発生なんて……誰も信じたくないでしょうから」
「確か貴方以外に生存者は居なかったのですよね?
それと、現れた機壊獣は……」
全機破壊されていたのですよね、と聞こうとしていた。
「よく覚えていないんですよね、実は……」
そこへ、一輝は食い気味で答えた。まるで汚物に蓋を被せる様に。その表情も愛想笑いをしたつもりなのだろうが、苦笑いと呼べる程も笑えていない。
「そう、ですか……」
辛い経験であったのだろう、という位は察すると、真弓はこの話を一度区切った。
これ以上は彼の心の古傷を抉ることになるかもしれない、という配慮からだった。のではあるが、ここで一つ問題が生じる。
こちらから出せる話題がほぼないということだ。
「……そんで、再就職先は決まったのか?」
その時、そう尋ねたのは透だった。
「まぁ、決まってないからここにいるんだろうがな」
「……まぁね」
嫌味と取れる発言を受けてか、一輝は少し俯き気味で苦笑いを返した。
「僕、結局中学までしか出てないから……あんまりいい職が見つからなくてね」
「そんなもんだろうな……」
そこまでで、再び沈黙が訪れる。
しばらくして、
「……久しぶりに
透がそう一輝へと問いかけた。
一瞬キョトンとした一輝だったが、少し考え「思ってたよりは動けたかな……」と答える。
「さっきお前が言ってた例の組織」
何を思ったのか少し間を開けると、透は続けて言う。
「入るっていうならあの機体、くれてやってもいいぞ」
その一言に反応した真弓が突っ込みかけるが、
「先の戦闘で作戦区域に機壊獣が乱入、戦闘になり大破した為機体は放棄した。
報告書にはそう書かせて貰います」
彼女に透はそう返す。
「正直あの機体の操縦は面倒だから、別の機体にする調度良い機会だと思っただけだ」
そう続けた透に、微笑んだ一輝は「ありがとう」と短く返すが、
「けど、入るかって言われたら別だな」
そう続けて返した。
その一言に何か感じるものがあったのか、真弓と透の表情も僅かにだが引き締まる。
「どんなところか、何をしているのか……もう少しでも分からなければ」
木曾山脈から蓼科への道程は、高速道路の恩恵もあり大して時間を掛けることはなかった。
「ここか……」
少なくとも外見上は閉鎖されている廃工場の当然すっからかんとなっていた駐車場の一画に輸送用トラックを停車させると、槌出内は一言つく。
降りるなり真っ先に先頭に立った玲子によって案内されたのは。
「こ↑こ↓」
玲子が左腕を挙げ、妙なイントネーションで肯定する発言をしながらそれへ指を指す。それを一瞥した一輝は「はえぇ、すっごいおっきい……」と素直な感想を述べた。
『資材倉庫』
入口にある看板に書かれていた文字が、消えかかってはいたがそう読み取ることは辛うじてできた。
「何となくエレベーターで地下に降りるパターンだと予想した」
「あらぁ~正解~」
透の呟きに(そりゃ、一階しかないみたいだし)と内心突っ込む一輝。
扉を開き、薄暗い伽藍堂の中を進んでいくと、たどり着いたら最奥に透の予想した通りエレベーターがあった。
エレベーター、と言ってもそれは資材運搬用のもので小型のフォークリフトなら一台丸々入る程のかなり大型のものだ。
全員が入ったのを確認すると、玲子は指定の階数を入力する。そしてやはりというべきか、エレベーターは下へと降りていった。
「───っ!!」
たどり着いた階で扉が開くなり、目の前に現れたその姿に、一輝達は一瞬気圧されてしまった。
目の前にあったのは、爬虫類の様な巨大な顔
ピントが合った途端、その背後にさらに巨大な甲羅が姿を見せる
GM-X01
そう名付けられていたらしい、この組織で運用されている機体。
亀の様な姿をした、異形───そして異質な機動兵器。
今は動かないその機体は、角張った部位が少ないこともあってか幾分か愛嬌がある様にも見える。
さらにその左隣には別の機体も横たわっていた。
GM-X02
こちらは確か、そう呼ばれていた筈だ。
先の甲王牙が亀なら、こちらの姿は蜥蜴に似ている。国防軍の騎甲戦車にも採用されていた超電磁高速回転履帯を四肢に装備しているらしいこの機体は、スラリとした全身が棘だらけで甲王牙よりもずっと攻撃的な印象を見る者達へと与えていた。
そこへふと一輝が視線を向けた先。そこは凍豹牙の首元辺りで、車椅子に乗った長い銀髪の少女が男性の整備士へと怒鳴っているのか拳を作った両腕を上げて肩を上下させ、そんな彼女を車椅子を押していたであろう作務衣姿の少女が嗜めている。それなりに離れておりよく聞き取れないが「違うだろこのハゲー!」「まぁまぁ落ち着いてよー」的な、そんな台詞が想像できた。余談だが男性整備士は別に禿げてなどいない。
「何やってるんですかね……」
「あーあれ?
帰ってきたらいつものことだから気にしないでいいわよ」
「そうなんですか?」
「いつもやってる整備士と勝手が違うからね」
「あー、そういわれると気持ち分かる気がしますね……」
玲子と言い合いながらも、一輝はその少女の姿をマジマジと見てしまう。
車椅子に乗っているとはいえ、その服装からして彼女があの機体のパイロットなのだろうというのが理解できたからだ。先の戦闘で甲王牙のパイロットの姿を見ていたから、それをパイロットスーツと認識できたのもあるが。
「あのスーツ寒くないのかな……」
固定具で固定される部位の肌が完全に露出しており、そこから肌色が見えてしまっている。黒いスーツに対し色白の肌は余計にハッキリ見えてしまうのだ。
「特殊な繊維で出来てるから余程のことでもなければパイロットの体感温度は常に適温で保たれるわよ。
あとその繊維は通気性と保湿性のバランスが極めて良くてしかもサラッサラだから肌触りも結構いいわ」
気になっていると玲子がそう教えてくれた。流石に露出している部分はアレであろうが、着心地は問題ないらしい。自称でも健全な男子から見れば目に毒ではあったが。
すると、
「やっと来たか」
そんな声がかかり、一同はそちらを振り向いた。
「渚ちゃーんおひさー!
元気してたー?」
「元気してたー、じゃないわっ!!
一体どこを何週間ほっつき歩ってたんだ!!
てか何であんなとこにいきなり現れた!!?」
玲子に渚と呼ばれたその女性は、彼女の反応に早速突っ込み、そして説教を始めてまた突っ込んだ。そんな何週間も顔出さなかったのか、などと思っていると、
「いやーごめんねー!
気になる子が何人かいたからちょい会いに行ってたのー。
あとTCからもちょいと頼まれ事あってー」
宥める様に、というか言い訳がましくそう言いくるめた。
「全く……んで」
呆れて片手で頭を押さえていた渚だったが、すぐに切り替える。
「そこの人達は国防軍の方々、の様だな?」
そう言われ、呆気に囚われていた槌出内と真弓の二人の顔が引き締まる。興味無さそうに茶番を拝んでいた透も同様に、だ。既に退役している一輝だけは正直どうすればいいか分からなかったが。
「後で実質的なボス役に説明してもらうが、敢えて言わせて貰いましょうか」
改めて、とばかりに渚は口を開いた。
「我々の組織の名は【ディサイア】───」
語り掛ける様、高らかに。
「───世界の静穏を願う、武装組織です」
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